Tale 9 グリュトシルデ鉱山深層(3)
十数年前のグリュトシルデ鉱山。
レイネールは四人の冒険者を率いて、グリュトシルデ鉱山第三層を進んでいた。
彼女は件のローブ姿。他の冒険者は女剣士一人と大剣を担ぐ男が一人、さらに男の槍使いが一人、残るはレイネールと同じ魔術師姿の男だった。
荒れ果てた坑道には、見ればモンスターたちも溢れんばかりに活動していて、進むだけで一苦労だった。
その原因は坑道に蔓延るゴブリンの集団。
しかし唯のゴブリンではない。地表から深く離れた地で暮らすゴブリンたちだ。知恵を働かせ、生存するための策を弄することのできる、言わば精鋭だ。
体を金属製鎧で守り、剣や弓など手製の武器を手に持ち、仲間のゴブリンたちと協調していた。
「おらよっと!」
大剣を担ぐ男。彼は列の先頭で来るモンスターを屠る。
重い一撃の前には、金属製の鎧の強度など関係ない。確かに刃はゴブリンの身体には届かなかったが、遠心力が十分作用する攻撃は、その鎧に十分な衝撃を伝えゴブリンたちを吹っ飛ばしていた。
背中から倒れるゴブリンたち。彼らは剣を装備した前衛部隊とでも言えば良いか。吹っ飛ばされた先には、弓兵のゴブリンたちと魔術師のゴブリンたちが構えていた。
彼らは足元の前衛ゴブリンたちを気に留めることもなく、攻撃を放つ。
多数の石の矢尻と火炎弾が五人に向かって来た。
「【大障壁】!」
雨のような攻撃に合わせて、レイネールが障壁を前方に展開する。
ゴブリンたちの遠距離攻撃は全てその壁によって止められた。
そして反撃の如く、雇った魔術師が魔術を唱える。
「【穿つ石片】!」
鋭利に加工された石片が彼の眼前に出現する。それは地面に水平に飛んでいき、ゴブリン遠距離部隊を殲滅した。
ゴブリンたちの加工技術は不十分だった。鎧の繋ぎ目に刃を通すだけの隙があった。
そして残るは後退させられた前衛剣兵だけとなる。彼らは遠距離の攻撃手段を持っていなかった。強いて言えば、そこら辺に転がる石ころを投げつけるくらいだろう。
剣を持つゴブリンたちは突進して来た。石投げ作戦を敢行するよりは、相手を攻撃するのには良いだろう。しかしそれは自分たちを危険に晒すことと同義だ。
「はあっ! 【連撃剣】!」
女剣士は前に一歩踏み出すと、最も近いゴブリンに急接近した。
そのゴブリンにとっては瞬間移動したように見えたに違いない。驚く暇もなく、ゴブリンは斬り捨てられた。その呻き声だけが彼女の剣に対する解答として得られた。
しかし女剣士の攻撃はまだ終わらない。“連撃”と言っているのだから当然だ。
彼女は剣を振った後、再び一歩踏み出した。すると、同じように最も近いゴブリンに急接近した。
そのゴブリンも一太刀で斬り捨てられた。
その後も彼女は二体のゴブリンを仕留め、計四体のゴブリン前衛兵を倒した。
そしてゴブリンの残党は逃げるように、縦横無尽に分岐する坑道へと散って行った。
追撃はしない。彼らの目的はあくまで深層へと進むこと。断じてゴブリン討伐ではない。
「さあ、行こうぜ」
大剣使いの冒険者は、その武器を担ぎ直して道を進み始めた。
他の四人も後に続く。
「皆さん、ご協力ありがとうございます」
レイネールは歩きながら言った。
「いいってことよ。あんたは依頼主、俺たちは依頼の報酬に惹かれて集まっただけだ。報酬の分はしっかりと働かせてもらうぜ」
槍使いの男が快く返事をすると、他の冒険者三人も頷いた。
当時、レイネールはギルドマスターでもなかったし、冒険者でもなかった。彼女は目的があって、グリュトシルデの街を訪れていた、唯の一人の一般女性だった。
その目的とは言うまでもない。浄化結晶だ。
レイネールは街に着くなり、冒険者ギルドへ向かった。
浄化結晶がグリュトシルデ鉱山にあるという情報は事前に把握済みだった。
ギルドに着くと、彼女は受付にてクエストを発行してもらった。依頼内容はグリュトシルデ鉱山の危険区域の探索。危険区域とは深層やそこに近い場所のこと。この依頼内容はそう簡単には通らなかった。
レイネールは職員に連れられ、当時のギルドマスターと緊急に会談することとなった。
ギルドの長は老年の男性だった。彼はレイネールに、クエストを発行する目的や彼女の旅路など、多様なことを聞いた。
そしてしばらく考え込んだ後、彼はその嘆願を聞き入れることにした。
晴れてクエスト発行に成功したレイネールは多額の報酬金を用意し、その日は宿に泊まることにした。
危険度の高いクエストだ。それに見合う実力の冒険者がすぐに集まるとも限らない。彼女にも心の準備をする時間が必要だった。
ところが翌日、なんと早朝に協力してくれる冒険者が四人集まったのだ。偶然にも、大陸中を転々と回る冒険者集団が街に滞在していたのだ。
四人は常に行動を共にするほど仲が良く、連携も取れていてモンスターとの戦闘に苦労することはなかった。レイネールと四人の間の連携だけ何とかすれば、戦闘面では問題なかった。
他に苦労させられたことと言えば、やはり鉱山の探索だった。分岐が多すぎる坑道。第二層に進むだけでも三時間程を要した。
しかし五人は第三層に下りて、既に何時間も探索を進めている。第三層探索の終わりも近いと思っていた。
「うーん……。それにしても見つからないわね」
「そのうち見つかるんじゃねーの。確実に下には進んでるんだからよ」
剣使いの女と魔術師の男が会話する。真剣に悩む彼女と適当そうな口ぶりの彼を比べると、どこか温度差を感じてしまう。
それでも、レイネールは彼らの関係が羨ましかった。毎日が賑やかで、一人寂しく旅をしている彼女とは対照的だったからだ。彼女は近いうちに自分もその輝かしい日常を取り戻したいと思った。
五人はその後も歩き続けた。道中で遭遇する者は皆ゴブリン。周辺に生息しているのは彼らだけらしい。そのせいか、彼らの間で情報網が巡らされていたようだ。
時に特攻、時に挟撃、時に罠攻撃など多彩な作戦で五人は襲われた。
しかし彼らとて、戦闘素人ではない。中堅もしくはそれ以上の実力を持っていて、対処には困らなかった。
そうしてゴブリンを蹴散らす最中、五人は遂に異様な雰囲気を放つ場所に辿り着く。
「おい! 見つけたぞ!」
大剣を担ぐ大男が大声を放った。
五人は真っ暗な下り坂を前にして、探索の進展を実感していた。
その坂はこれまでよりも急勾配で、深層への道を確実に示しているように感じた。
「やっと見つかったー」
女剣士は疲れた様子だ。
「少し休憩していきましょうか?」
レイネールは彼女を心配する言葉をかけた。
「いや、進もうぜ。ここにいたらゴブリンどもが嗅ぎつけてくるかもしれない」
槍使いの男の言葉は最もだった。休憩中に戦闘になれば、休憩の意味がない。ただの時間の無駄だ。
「そうだな。面倒事は嫌いだから、とっとと先に進んじゃおうぜ」
そう言うのは魔術師の男。実はレイネールの依頼を厄介に思っているのかもしれない。
「ごめんね、気を遣わせちゃって。私は大丈夫だからさ、行きましょ」
女剣士はレイネールに謝るように言った。
「分かりました。では行きましょうか」
五人は暗い暗い深層への道を慎重に下りて行く。
下り坂は湾曲していて、先の光が見えなかった。光と言っても、物理的な光のこともあったが、終わりが見えないという意味も含まれている。
しかしあろうことか、五人の視界は明瞭になっていく気がした。五人の周囲は【ライトスフィア】によって照らされていたが、それよりも真っ白な光が視界に入ってきた。
そう。白竜の術による、超越的な白光のことだ。
「ん……? 光が……」
最初に気付いたのは、先頭の大剣使いだ。
「おー。ほんとだな……ってうわぁぁ!?」
槍使いの悲鳴。
五人の足元、それから天井の岩盤が崩れ、落下してしまったのだ。
「いってー……みんな大丈夫か?」
槍使いの周囲には瓦礫の山があった。たった今作られたものだ。
その山に埋もれている仲間はいなかった。
それどころか、全員の周囲には大きな石片は転がっていなかった。
レイネールと男魔術師が身を守るべく、魔術を使用した。
「なんとかな」
頭を押さえながら大剣使いは立ち上がる。大事には至ってない様子だ。
「ええ、大丈夫よ」
「私も大丈夫です」
女性二人は無事だ。
男魔術師は無言で土汚れを払っている。とりあえず無事なようだ。
五人がいる場所は白竜の領域。地面、壁、その至る箇所が白光に包まれている。
「なんか、綺麗な場所ね」
女剣士は情景に見とれているが、全員この白光が何であるかは事前に把握済みだ。
「察するに、ここが深層なんだな」
「遂に、辿り着きました……」
大剣使いの言葉に、レイネールは悲願の実現を少しばかり実感した。
「まだでしょ? あなたの目的は白竜に会うこと……じゃなかったっけ?」
「ええ……そうですね」
「じゃあとっとと進んじゃおーぜ」
男魔術師の声により、五人は深層部の探索を開始した。
2022/1/13 全体を少し修正
2022/4/17 能力名称を変更:【シャープストーン】→【穿つ石片】
【連撃剣】→【連撃剣】




