Tale 9. グリュトシルデ鉱山深層(1)
グリュトシルデの街の医務室の一角。
ベッドには今も意識を失っているアルマ。彼女の側には彼女の友人、リスティーとユエラがいた。
二人は不安だった。そして悔しくも思った。この状況で、ただアルマを見守ることしかできなかったからだ。
今、その不安をさらに煽るかの如く、アルマに変化が起こっていた。
「せ、先生……。アルマの様子がおかしいです!」
その変化にいち早く気付いたのは、アルマの手を握っていたリスティーだった。
アルマの顔は青白く、心なしか険しくなっている気がした。その体温は低下し始め、呪いは彼女の身体を蝕み続けている。
医者は机で作業をしていた。
その上には幾つもの書類や薬品が置かれている。アルマのために色々と対策を打ってくれていたのだ。
医者はアルマの方へ駆けつけると、その様子を見て声色を変えた。
「これは……。魔力欠乏に陥り始めていますね」
病魔彼女の魔力の殆どを枯らしたことを意味していた。つまり、今後吸収されるのは彼女の生命力であるということだ。
「そんな……! 何か方法はないんですか?」
「……私の力ではどうすることもできません」
「ユエ!」
リスティーは指示を出すように、対面にいたユエラに向かって叫んだ。
しかし、相方の頼みをユエラはあっけなく弾き返した。
「無理。それはリスティーも分かってるはず」
「くそっ……!」
ユエラには呪いを解消できるような魔術を行使できず、生命力の減衰に対抗できるだけの回復魔術も扱えない。
「今は信じるしかありません。アルマさんと、お二人を」
窓から差す光も空の色も橙色。日暮れが近づいていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グリュトシルデ鉱山内。
ライとレイネールは無事に第三層まで下りてきていた。
彼らの前には、それまでの鉱山内の雰囲気にはそぐわない、灰色の重厚な石壁が阻んでいた。
その周囲が粗雑に掘り進められてきた道中と比べて綺麗に整備されていて、ライは逆に不自然に感じていた。
「これは……?」
石壁をよく見ると、中央に縦向きの亀裂が入っているのが分かった。
どうやら扉のようだった。しかしそのどこにも手をかけられそうな箇所はない。
「扉なのか?」
ライはその扉に近づいて拳で叩いてみる。
もちろん、道が続いているであろう向こう側から返事はない。
そしてよく見ると、石壁には模様が刻まれていた。中心には長方形を描くように線が彫られている。その長方形は他に比べてへこんでいるわけでもなく、何かをはめられそうな深さはない。そこから延びる様に模様は石壁に浅い溝を作りながらその全体に広がっていた。
ライはそれを見ても、これが何であるかはピンとこなかった。
扉は力ずくで攻撃すれば開く、もしかすれば壊れるのかもしれない。しかしそれをしてしまっては、この扉を築いた者の意思を傷つけることになってしまう。そう思って、少し調べただけに留めた。
「深層へと続く扉です」
レイネールが後ろからそう言うと、ローブの内側から何かを取り出した。
「それは?」
彼女の手には一枚の赤い札が握られていた。その大きさは、丁度扉の長方形の刻印と一致していた。
「これは封印解除の札……とでも言えばいいでしょうか。この扉を開ける唯一の鍵となっています」
レイネールはその札を扉の長方形に押し当てる。
長方形と札はピタリと一致した。
すると、灰色の扉は赤紫の光を発した。やがてその光は扉全体の溝に行き渡り、次第に二人の足元が揺れ始める。
鈍い音と共に石壁が左右に引いていく。
地響きが収まると、その先にはやはり道が続いていた。これまでとは異なり、備え付けの明かりは一切なかった。
「さあ、行きましょう」
「なんだか時間がないような気がする……」
二人は先へ進むために再び歩き始めた。
「ところで、何であんな仕掛けを? あれを作ったのはレイネールさん?」
「仰る通り、あの扉は私が作りました。深層は地表よりもずっと下にあるのです。それだけ深くなると、出現するモンスターにも大きな変化があります」
「危険なモンスターが上の層に来ないようにってことか」
メタルゴーレムもフローズメアも厄介な敵に該当したが、それらを凌駕するモンスターたちが蔓延っているというのだろうか。彼女の言葉はまさしくそれを意味しているように感じた。
「はい。加えて、深層部は鉱石の採取を目的として訪れることはまずありません」
「それはどうして?」
「金銭的価値の高い鉱石は沢山眠っています。しかし……深層は白竜の領域なのです。その領域を踏み荒らす者は皆、白竜に殺されてしまいました」
レイネールは悲しそうに言った。
裏口の番人の言っていた、過去の犠牲。それと関連があるだろうとライは踏んでいたが、このことに関してはレイネール本人から言及を止められているので、口には出さず心に留めておいた。
「白竜……そこまで危険なモンスターなのか」
「危険なんて言葉では生ぬるいです。白竜の領域に足を踏み入れると、特殊な力とでも言えばいいでしょうか……。それが人間を侵すのです」
「具体的には?」
ライは心配で仕方がなかった。声色にはそれを出さなかったが、白竜は遠隔で人を殺せるというのだ。自動殺人兵器にどうやって勝てというのだろうか。いや、それ以前に白竜の場所まで辿り着けるかさえ怪しい。
「軽い症状ですと、幻覚や頭痛ですね。酷い場合だと、錯乱に陥って仲間内で殺し合いを始めたり、光となって空に消えたりですね……」
レイネールが最後に言ったことを、ライは理解ができなかった。
「光になって消える?」
「出発前に、白竜の吐息に当てられると無に帰すということをお話ししましたよね。悪魔が黒い粉となって虚空に消えるように、似たような現象が発生するということです」
ライは言葉が出なかった。
鉱山内に二人の足音が無情に反響する。
「あの……ほんとに大丈夫なんですか?」
遂にライの弱音ともとれる本音が漏れた。
超越した存在を相手に、命がいくつあっても足りない。ただそう思ったのだ。
「きっと……大丈夫です。私とライさんでならば、白竜の元へ行けるでしょう」
レイネールにも確固たる自信があるわけではないらしい。だが、彼女がライのことを心配してここまでついて来たことは確かだ。
ライは彼女を信じるしかなかった。
その後も歩き続けると、遂に道が途切れた。
ライは行き止まりかと思ってしまったが、よく見ると足元に穴が広がっていた。
その付近には強く打ちつけられた杭があり、そこからロープが垂れていた。
「さあ、参りましょう」
レイネールがそう言ったので、ライは嫌な予感がした。
「もしかして……」
「はい。ここを下りれば深層です」
彼は苦笑した。
2021/12/28 全体的に少し修正しました。




