Tale 8. 小村の一家族(3)
アルマが眠りについてから数時間後。
その体が揺さぶられる。
「アルマ、起きて」
アルマがゆっくりと目を覚ますと、目の前には母がいた。
「随分ぐっすりと寝てたわね」
「うん……」
アルマは目を擦っている。まだ半分寝ていた。
「さあ、ご飯にしましょう」
母はそう言うと部屋を出て行ってしまった。
アルマは部屋の窓から外を覗く。
外は既に暗く、日は沈んでいた。自分を苦しめた熱気ももう感じられなかった。
そうして情景を確認する中で目をはっきりと開け、彼女は遅れて母を追いかけた。
部屋を出て食卓に向かうと、先客が何人かいた。
片側に男二人と、アルマの座る予定の隣に母だ。
既に賑やかな食卓で、そこに近づくアルマにいち早く気付いたのは背丈の高い快活な男性だった。
昼間に姿を見せなかった彼は、アルマに向かって手を小さく振った。
「おおっ! ようやく起きてきたな」
その顔にはやはり見覚えがあった。
黒髪の短髪で細いラインの頬。それ以外には特徴のない人だったが、大切なアルマの父だ。
「お父さん……だよね?」
アルマは自分の椅子に座りながら確認を求めた。
「ははは! そうだぞ! 久しぶりで忘れちゃったか?」
父の笑い声が家中に響く。
「はいはい。話は後にしましょう。ご飯が冷めちゃうわ」
父と娘の再会を母は遮った。
「そうだな。それじゃあ……」
「「いただきます!」」
一家の晩御飯の時間が始まった。
食卓の御馳走に手が伸びる。この四人の中ではアレクが食欲旺盛だった。彼は自分の気が満足するまで口に御馳走を頬張っていた。
「むごむご……!」
当然アレクは言葉を発することができなかった。
「ちゃんと飲み込んでから喋りなさい」
「んー!」
「アレクは相変わらずだなあ! ん……? アルマは元気がなさそうだなあ」
アルマはカップに入った料理を、寂しそうにスプーンで掬って飲んでいた。
その中には、昼間に皮を剝いた野菜がゴロゴロと入っていた。
「アルマは今日、外に出て倒れちゃったのよ。お昼に眠れないって言うから少し手伝いをして貰ったんだけど、体調が悪化したのかも……」
「そうか。それは無理させちゃったっみたいだな」
「ううん。大丈夫」
まだどこか寂しげなアルマ。彼女は確かに笑って返事をしたが、父に偽りは通用しなかった。
「よし! じゃあ今日と明日はいっぱい遊んでやるぞ!」
アルマを元気づける声が再び聞こえ、
「ほんと!? やったー!」
それに反応したのはアレクだった。肝心の姉の方は状況変わらずといった感じで、俯きがちに食事を取っていた。
それからも団欒な食事は続き、
「それで、いつ頃行くの?」
ふとそんなことを言ったのは母だった。
「明日の昼過ぎには出発しようと思う。次帰ってくるのは、多分一月後とかになると思う」
「えー! また会えなくなるの?」
アレクはフォークに肉を突き刺したまま、隣の父を見上げた。
「そうだぞ。だからいっぱい遊んでやるって言っただろ」
「むー……。だったら剣の稽古してよ!」
「別にいいけど、アレクは相変わらずだなあ。でも、アルマとも遊んでやりたいからちょっとだけだぞ」
「うん! 成人したら冒険者になっていろんな場所に行くんだ!」
それはそれは夢と希望に満ち溢れた、子供らしい無邪気な喜び声でアレクは宣言した。
父はそれにうんうんと頷いているが、母は違った。
「冒険者ねぇ……。そんな危険なものになる必要ないと思うけど」
「俺はなりたいんだ!」
「そうだ! 子供の夢を親が応援しなくてどうする!」
「はぁ……」
母は眼前の男コンビにため息をつく。彼らは浪漫派だ。
「そういえば、姉ちゃんは何かやりたいこととかないのか?」
アレクは自分の話を差し置き、アルマに話の種を撒いた。
彼女は手元の料理から目を離し、弟を見た。
「私? 私は……」
(どうしたいんだろう……)
答えることができなかった。
代わりにアルマは頭を撫でられた。
「アルマは体が弱いからね……。無理しなくていいのよ」
アルマは母の温もりを感じながら、冷めかけた料理を完食した。
その後はアレクが大皿に残った料理をバクバク食べていた。
もはや暴食の域だが、彼のおかげでこの家庭においては料理が次の日に持ち越されることは珍しかった。最も、冷蔵庫は存在せず魔術による文明の発展も皆無なこの村では、生ものなどの食料を保存する方法などないが。
姉が食事を終えて五分後、ようやく弟の腹も満たされた。
食事が終わってからも会話は続いた。
村の日常、父の土産話。アルマはそのどれもを懐かしく感じた。
その後は父の宣言通り、アルマは遊んだ。といっても時刻は夜。外遊びは厳禁だ。狭い屋内ではしゃぐこともあまり許されなかった。ゆえに大した遊びはできなかったが、アルマは大切に時間を使えた。
父もアレクも超絶から元気なのだ。遊んでいる最中は、アルマは自身の俯く理由も忘れてしまっていた。
そうして疲労が溜まって子供部屋に戻った。
正確にはベッドの中。明かりの消された暗い部屋で、アルマは寂寥感と喪失感を抱いていた。
もう一つのベッドにはアレクがいた。ついさっきまで暴れに暴れていたのだ。電池が抜かれたかのように元気を失っていた。
十分に昼寝をしたせいだろうか、アルマは全く眠くなかった。
それでも「横になっていればいつかは眠くなる」と母に言われ、今こうしているわけだが。
そうして変化の訪れることのない、薄暗い天井を見つめてしばらくが経った。
「姉ちゃん」
目の前にはアレクがいた。
アルマよりも先に眠っていたはずなのに、一体いつの間にベッドを抜けてきたのだろう、と彼女は思う。
「ア、アレク?」
アルマは暗闇のせいで前がよく見えない。しかしアレクは真っ直ぐな強い眼で姉を見ている。それだけは分かった。
「こんなところで負けちゃだめだよ」
「何を……言ってるの?」
アルマは脈絡のない彼の言葉を理解できなかった。
その意味を考える暇なく、次の瞬間、彼女の意識は再び遠のいていく。
周囲の景色が歪み始め、目の前の弟が離れていく。
「待って……。待って、アレク!」
体を起こし、弟に手を伸ばすアルマ。
だが、その手は何かに触れることなく、最後にこう聞こえた。
「頑張って。応援してるから」
【キャラクター紹介】
◇アレク……元気いっぱいなアルマの弟。将来の夢は冒険者になることで、遠方に勤める父が帰省する度に剣の扱い方を教わっている。
2021/12/28 全体的に少し修正しました。




