Tale 8 小村の一家族(2)
しかし彼女の鼓動は大きく鳴り、寝付けなかった。
母と弟を目にして、彼らと会話して、胸がドキドキしていたのだ。彼女は嬉しさを確かに感じてはいたが、それと同じくらい寂しさも感じていた。
それからもじっとしているが、やはり眠れない。
とうとう落ち着かなさに負けて、アルマは薄い毛布を蹴ったぐってしまった。
「んー! 眠れなーい!」
悪戯っぽく放たれた少女の声。それに反応する者はいなかった。
アルマはベッドを抜け出した。
立ち上がると少しふらついたが、それも一瞬だった。やがて体のバランスを取れるようになると、歩き出した。
まだ少し体が重かったが、炎天にさらされていた時と比べれば大したことはない。
部屋に空調設備という文明の利器はなかったが、それでも涼しさをある程度感じられるくらいにはまともな室温だった。
部屋にはアルマが寝ていた寝具の他に、もう一つ同じ物があった。
「このベッド……。アレクのだったかな」
アルマは自分の半信半疑の記憶を頼りに考察する。
その近くにはおもちゃ箱が置いてあった。乱雑に入れられていた多数のおもちゃ。その箱の中には、一つだけ気を引く物があった。
彼女はそれに手を伸ばした。
「これは……剣?」
金属の剣ではない。木で作られた剣だ。
木の削りは荒く、ごつごつした感触が無骨さを強調していた。使われている木の材質は決して良いものではなく、密度も小さく感じる。しかしその剣からは、贈り主からの優しい想いを感じた。
アルマはその剣を持ち上げようとした。
「よい……しょ」
持つことはできたが、剣に遊ばれている感覚がした。腕の筋肉が次第にこわばり、十秒、良くて二十秒というのが彼女の限界だった。
アルマはおもちゃ箱に剣を戻した。
他に目を引くものはなかったので、アルマは扉の方に向かった。
自分の目線よりも高い位置にあるノブに手を伸ばし、上手く掴んで扉を開けた。
そして、何とか作り出した隙間に身を入れて部屋を出た。
アルマがいた部屋の隣には、もう一つ小部屋があった。
それは両親の使う部屋だ。
アルマは同じようにしてその部屋に入るが、窓から差す日差しに一瞬目が眩んだ。
部屋の構成は子供部屋と大体で、違いと言えば作業用の机が一つあるくらいだ。
机上には特に何もない。しかし自分よりも高い位置にあるので、そのことをアルマが知ることはなかった。
アルマは机の引き出しのうちの、手が届きそうな方に手を掛けた。
そして手前に引いて中を確認する。
「地図だ」
世界地図が一枚、そこに入っていた。四つの大陸が描かれている、書き込みも皺も一切ない新品同様の地図だった。
特に面白くもなく、アルマは地図を戻そうとした。
だがその前に、
「アルマ、駄目じゃない。寝てなきゃ」
と母に地図を没収された。
振り返れば彼女はエプロン姿だった。まだ真昼間だというのに料理をしていた。
「だって、眠くないから……」
少し不機嫌そうにアルマは言う。
「うーん、そうね……。熱はもうないの?」
母はアルマの額に手を当てた。
「……熱は引いたみたいね。じゃあ、ちょっとお手伝いしてもらおうかな」
笑いながらそう言う母。合わせてアルマの顔も晴れるように明るくなる。
「何すればいいの?」
「ついて来て」
アルマたちはリビングともいえる空間に向かっていく。
その場所には外への出入り口もあった。この家の構造はリビングのような広い空間に小さな部屋が二つの平屋だった。
その家の簡素な台所に二人はいた。
「野菜の皮剥きを手伝ってくれる?」
「うん」
アルマは母から二つ重なった木製ボウルを受け取る。
中を覗くと、不揃いなジャガイモのような野菜が転がっていた。
(ユーク芋だ。お母さんの芋料理、美味しいんだよなあ)
アルマはそれを部屋中央の大きな机まで持って行く。
机には椅子が四つ仕舞われていて、そのうちの一つを片手で引っ張り出すとそこに座った。
重なっているボウルをばらばらにして皮剥きを始めた。
ピーラーのような器具を小さな手に持ち、ケガに気をつけながらゆっくりと皮を剥く。
「アレクはどこに行ってるの?」
作業に慣れてきたアルマはふとそんなことを口にした。
「さあ。友達と遊んでるんじゃないの?」
「遊んでるって、外で? 大丈夫なの?」
「大丈夫よ。アレクはアルマよりも体が強いから。ちょっとやそっとじゃ倒れないわよ」
「そっか。なら安心だね」
アルマは作業を再開した。
皮は芋の入っていない方のボウルに入れ、皮剥きが終わった芋は他方のボウルに戻す。
そうして作業を進めていくことで、ボウルの中は皮を剥かれた芋で一杯になった。
「終わったよ」
ボウルを両手にアルマは母の元へと歩み寄った。
そして母はそれを受け取ると、中身を確認し始める。
無骨な形状の野菜は、アルマにとっては難易度が高かった。
だから皮が少し残っていた箇所も見受けられたが、その程度のことは母は気に留めなかった。
「ありがとう。……うん、良くできました!」
母に頭を撫でられ、アルマは頬が上がり高揚する。
そして安心からか、欠伸が出た。
「疲れちゃったかな。少しお昼寝してきたら?」
「うん」
この一連の流れは、アルマを寝かせるための策だった。
アルマは母の思惑に気付いてはいなかったが、母の言う通り、部屋に戻ってベッドに潜る。
それから間もなく、今度は無事、アルマは眠りにつくことができた。
2021/12/28 全体的に少し修正しました。




