Tale 7 グリュトシルデ鉱山(4)
二人の背後は壁。
目指していた出口も今は遠い。
ライは必死に思考を巡らせ、突破方法を見出そうとしていた。
(全力で走れば行けるか……? いや、俺はいけるだろうけど、レイネールさんが間に合わない。それにあの氷塊が邪魔だ。壊すのに少し時間を取られる)
ライはこれまでレイネールと行動を共にして、彼女の機動力はある程度把握していた。
敵を圧倒する魔術と対応力。それは彼女がこの世界の者であり、多数の経験と知識を積んできたからに違いない。その点ではレイネールはライよりも上手だった。
しかしそんな彼女に不足していたのは持久力だ。
足の速さは人並み以上だった。最初に出口を目指して走っていた時、レイネールはライの真横を確かに走っていた。
それは彼女がライについて行こうとしていたからだ。実際は、彼女の息が乱れているのをライはあの時感じ取っていた。
次の作戦は。
(じゃあメタルゴーレムを盾にして動けば、なんとかなるか……? いや、これも駄目だ。メタルゴーレムが俺たちの誘導に乗るか分からないし、そもそもあの悪魔の動きが速すぎて背後を取られるのがオチだ)
メタルゴーレムと凍結の悪魔フローズメア。この二体の動きのキレは雲泥の差だった。
この状況を打破するには、最低限凍結の悪魔だけは倒さなくてはならない。
そう思った時、
(いや、ちょっと待てよ……。そう言えばさっき……)
ライは自身に雷を纏った時、
(メタルゴーレムは全身が金属。……そうか!)
電流が金属体にしっかりと流れていたことを思い出した。
そして、状況を打破できる妙案も浮かんだ。
「レイネールさん、メタルゴーレムを水で覆えますか?」
【冷水の流弾】以外の水魔術も行使できるはずとライは踏んでいた。
「はい。可能ですよ」
案の定、自信ある肯定が返って来た。
「俺が合図を出したら魔術をお願いします」
「分かりました」
ライは悪魔へと走り出した。
時間が惜しい。矢筒には手を掛けずに、瞬時に矢を生成した。
悪魔に躱されたが、気を引ければそれで十分だった。
次に反撃の氷の礫が迫る。
ライは時に礫を躱し、時に魔力の矢で相殺した。
「……!?」
しかし頭上から冷気を感じ取った。
目を向ければ、彼目指して鋭い氷柱が落ちてきていた。
「……っ!」
僅かでも反応が遅れていれば貫かれていたかもしれない。
そんな一進一退の攻防が続き、先に悪魔の動きが止まった。
「今だ!」
ライが叫んで合図を出した。
その時、レイネールはメタルゴーレムと戯れていた。
ライの行動は悪魔がレイネールへとヘイトを向けないよう、そして彼女が安全に魔術を唱えるためのものだったのだ。
「はい! 【水魔の螺旋】!」
レイネールの右手の指全てからにゅるにゅるとした形状の水糸が湧き出た。
それはメタルゴーレムに巻き付き、やがて全身に絡んだ。
「よし……これでも食らえっ!」
ライは帯電した矢を巨大な鉛に撃った。
普通の矢なら金属のボディに弾かれて終わっていただろう。
しかし今は違う。
電撃は巻き付く水に移って行く。やがてメタルゴーレムはその電撃に包まれ、蒼く光り輝いていた。
「なるほど。そういうことでしたか」
その様子を見て、レイネールはライの思惑に気が付いた。
彼の狙いはこれだけではない。ここからが本番だということを悟り、
(いきますっ!)
心の中で唱えた合図で自らの手を動かす。まるで何かを操作しているかの如く。
ほどなくして、悪魔も同じ糸に絡めとられた。そうしてメタルゴーレムから伸びた水糸から瞬時に電流が襲い、
「ギィイイイッ……!」
おぞましい断末魔を上げ、焼け落ちた。
メタルゴーレムも機能停止を仄めかしながら、俯いてその場に座った。
雷撃が収まった頃、両モンスターからは蒸気がモクモク発されていた。
「終わった……か」
ライは弓を納めた。
あの恐ろしい目をしていた鬱陶しいまでの凍結の悪魔。やがてその身体が消えていくと同時、黒い粉を発した。
その粉は空中に溶けるように消え行き、悪魔は跡形もなく姿がなくなった。
「ライさん」
レイネールとライは合流した。
「レイネールさん、ありがとう」
「いえ。ライさんの作戦が功を奏したまでです」
二人は安堵から笑みを浮かべた。
「それであの悪魔、消えたけど大丈夫なんですか?」
「はい。フローズメアに限らず、悪魔は命が尽きるとあのように黒い粉を発し、虚空へと還っていくのです」
「それじゃあ、あっちは?」
ライが指し示したメタルゴーレム。その金属体は全体的に焼け焦げ、場所によっては融けかけていた。動きはしないことから、息の根は止まっているのだろうとライは思っていた。
「ゴーレム種は生命というよりも機械に近い存在です。歯車などで動くものはそれを直してエネルギーを与えてしまえば再起可能です」
「あのゴーレムは?」
「メタルゴーレムの動力源は金属エネルギーです。機械的な構造は持たず、全身が金属と言ってもいいくらいです。周囲からそのエネルギーを吸収して、時間が立てば復活することでしょう」
「そうなんだ。……じゃあ今のうちに先に進みましょうか」
「はい」
二人は塞がれた出口に向かう。
「思ったよりも分厚いな」
ライは氷柱を叩く。冷たく厚いその氷を自然融解させるのは途方もない時間が必要だと感じた。
「下がって」
ライは氷柱を観察していたレイネールを後退させた。
そして、先の一撃にも劣らない蒼電の矢を放つ。
雷が氷を撃ち砕くその様はイルミネーションのように美しかった。粉砕された氷の小さな粒が空中で輝き、道が開かれた。
戦闘の疲労を癒しながら二人は坑道を進んでいた。
「そう言えばライさん、お気付きですか? 私たちはとっくに第二層まで下りてきていたのですね」
「そう言えばそうですね」
二人はその後も静かに探索して行く。
第二層ということもあって、モンスターとの遭遇も想定しながら今まで以上に警戒していた。
「ん……。これは?」
ライは足を止めた。目に見慣れない鉱物が映ったからだ。
黒みを帯びた鉄鉱石のような見た目のそれからは、他にない力を感じた。
ライが鉱石を覗き込んでいると、周囲が急に暗くなった。何事かと思い確認すると、ライの近くを照らしていた光の玉の一つの光が弱まっていた。
「これは……黒煌鉄ですね」
「黒煌鉄……。確か、暗い場所で魔力を蓄える特殊な鉄だったはず」
ライはフェイズの説明を思い出し、光の玉が消えかけた原因にも思考が行きついた。
「はい。この子たちも魔力を吸い取られていますね。あまり近づけないでおきましょう」
光の三つ玉に黒煌鉄から距離を取らせる。すると輝きを取り戻した。
もちろんレイネールがより多くの魔力を玉に送り込めば、黒煌鉄との距離も気にする必要はないだろう。
しかしまだ探索が続くかもしれない今、魔力の浪費は避けたい。そのような想いがレイネールにはあった。
「折角なので採って行きますか? 見たところ、ライさんがお使いの物にも役立ちそうですが……」
「いや、やめておきましょう。道具がないし、それに俺たちが今ここにいる理由はそんな物のためじゃない」
「そうですね。失言でした。先を急ぎましょうか」
「ああ」
そうして進む先々で黒煌鉄は現れる。他にも見慣れぬ鉱石があった。
採掘師にとっては宝の山に違いなかった。
「ところで、あとどのくらいで第二層を抜けられるか分かりますか?」
ライは今の時間が気になっていた。
外とは隔絶されている鉱山内。空の色も分からなければ、街の皆の様子も分からない。
逸る思いは、ライの中で再び大きくなり始めていた。
「黒煌鉄は第二層の深い場所と第三層にあります。ですので、ここは第三層に近いはずです。きっともうすぐですよ」
「黒煌鉄はこの先にもあるということですよね。……レイネールさん。ちょっといいですか?」
レイネールの発言からヒントを得たライは一つ試みる。
近くにあった黒煌鉄に向かって手をかざし、【雷の蒼球】を放った。
強い魔力を込めて放たれた雷。魔力を吸収した黒煌鉄が黒色に発光し、さらに雷の影響で鉱床と周囲が蒼く輝いた。
その輝きは隣の鉱床へと連鎖していき、やがて坑道内を幻想的に照らした。
「上手くいった……! こっちです!」
ライが先導し、レイネールも走り出す。
進むべき道は黒煌鉄が示している。
二人は迷うことなく、さらに深くへと下りていった。
2021/12/27 戦闘描写を中心に少し修正しました。
2022/4/17 能力名称を変更:【アクアスパイラル】→【水魔の螺旋】




