Tale 6 侵蝕熱(2)
「侵蝕熱?」
病名だけでは想像がつかなかった。
ストラティア特有の病気について、ライは尋ねた。
「侵蝕熱とは体内に存在する魔力が蝕まれてしまう、呪いの類の病です。恐らくですが、クリムゾンウルフの爪で皮膚を掠めた時に術式が掛けられたかと思います」
ライはアルマの傷を思い出す。
出血は確かに酷かったが、その傷を塞ぎさえすれば、彼女が助かると思っていた。
しかし医者はその患部から呪いが掛けられたと言う。
それを聞いて、ライは益々自分を責める気持ちになった。
「魔力がなくなるとどうなるんですか?」
「私たち人間は誰であっても微量は魔力を有しています。それを主に魔術という形で消費するわけですが、体内の魔力がなくなればそれ以上魔力を介した行為は不可能になります」
「魔力は有限ってことですか?」
「確かに、個人差はあっても体内に保有できる魔力は有限です。しかし、魔力は休息を取ることで時間を掛けて回復することが可能です」
「い、今のアルマは……?」
魔力の自然回復速度と、呪いによって減少する速度。前者が上回っていれば良いが、医者は死に直結すると言っているのだ。そんなはずはなかった。
ライはその予想を含め、医者の説明を自分なりに解釈した。
しかし、彼の解釈は甘かった。
「魔力がなくなってしまうと言いましたが、それだけならばまだマシな状況です。実際には、魔力が尽きても魔力を介した行為は可能なのです」
『マシ』という単語に、ライの嫌な予感は強まる。
「どういうことですか?」
「使える魔力がなければ、生命力を代替物として消費することになります」
「そんな……」
生命力が尽きれば死んでしまう。アルマから聞いたことがライの頭を過った。
「アルマさんの魔力が全て蝕まれてしまえば、病は次に生命力を蝕み始めます。魔力の回復速度が浸食速度を上回れば猶予時間は長くなりますが、そんな人間は例外中の例外です」
「それで、どうすれば治せるんですか?」
ライは再び医者に尋ねる。
「先ほども申した通り、浸食熱は呪いです。浄化結晶をご存じですか?」
「浄化結晶?」
「浄化結晶は呪い全般を治せる鉱石です」
「鉱石……。洞窟に行けばあるんですか?」
鉱石=洞窟。
普通ならばこの発想になる。だが、ライの考えは甘かった。それをレイネールに諭される。
「浄化結晶は確かに鉱石ですが、天然には存在しません。白竜というモンスターの体内で生成される特殊な鉱石、それが浄化結晶です。その由来から、浄化結晶は別名白竜石とも言われています」
レイネールが説明を終えた時、ライは既に弓を担ぎ医務室を出ようとしていた。
解決方法が分かってしまえば、一分一秒が惜しかった。ゆえに自然と体が動いてしまっていた。
「いけません! 白竜は人とは比べ物にならない位に一線を画すモンスター。白竜の吐息に触れたものは無に帰ってしまうと言われています。……一人で行くのは危険です!」
レイネールはこれまでにない程の圧をかけた。
そして彼女の声は少し震えていた。
「じゃあ誰がアルマを助けるんだ!?」
ライの鋭い声が放たれる。もはや相手がレイネールであっても、感情を抑えることはできなかった。
例え白竜が未知数な存在であっても行くしかない。アルマを見殺しにする選択肢は元よりないのだから。
「神に仕える神官ならば、解呪の魔術を使えるかもしれません」
「なるほど。それで、神官はこの街にいるんですか?」
「……」
レイネールは下を向いている。それが全てだった。
確かにライを危険な場所へと行かせるのは、彼女としても心苦しい。それを避けるために彼女は代案を用意してくれるが、不確定要素に期待するわけにはいかない。
やはり手っ取り早いのは直接白竜から手に入れることだった。危険は承知の上。ライは覚悟を決めていた。
「……白竜は街の裏口から出て進んだ、グリュトシルデ鉱山にいます。私にも責任があります。私も同行します」
「レイネールさん……」
「準備をして参ります。十分後にギルドの建物の前でお会いしましょう」
レイネールは颯爽とギルドへ駆けて行った。
ライは残る時間を有効に使うため、開かれたカーテンの先へと進んだ。
そこにはアルマが眠っていた。腹には包帯が巻かれていて、今も意識を失っている。
今朝のように、寝相悪く自分の腕に抱きついていたことを懐かしく感じる。もう一度、あの寝顔が見たいとライは思った。
加えて思い出してしまった。昨晩言いたかった礼を、ライはまだ言えていなかったことを。
何としても彼女の耳に自分の気持ちを届けたいと思った。
「今、アルマさんには生命力と魔力回復促進の薬を投与しています。どれだけお力になれるか分かりませんが、私もできる限りのことをします」
「ありがとうございます。アルマのこと、よろしくお願いします」
「はい」
ライはもう一度アルマを見る。そして、
「必ず助けるからな」
優しく告げた後、待ち合わせ場所へ向かった。
その道中、女子二人組がダッシュでこちらに駆けてきた。
「おーい! ライー!」
「リスティーにユエラ!」
二人は息を切らしていた。
「今、ギルドで聞いてきた。アルマ、ピンチだって」
ユエラはどこかしょぼくれていた。
「悪い……。お前たちとの約束、守れなかった……」
今朝、あれほどの啖呵を切っていた自分を情けなく思った。
「気にすんな。ライがいても駄目だっただけだ。それよりも、私たちにできることはないか?」
切羽詰まった状況でも、サッパリしているのはリスティーの良い所だ。彼女のおかげで、心のモヤモヤは少し晴れた。
「あいつの近くにいてやってくれ。医務室にいるからさ」
ライは元気を振り絞って二人に言った。
今一番つらいのはアルマだ。支える側が弱気になってちゃいけないと思った。
「分かった。ライはどうするんだ?」
「俺は浄化結晶を取りに行く」
「浄化結晶!?」
「白竜……危険」
白竜が危険な存在であるのは共通認識で、肯定的な反応は得られない。
「分かってる」
「でも……ライ君ならできる」
「そうだな。あいつを助けてやってくれ」
二人に背中を押され、ライは少し安心した。気休め程度だったが、今はそれが十分ありがたかった。
そして二人と別れ、ギルドの建物前で待つこと数分。
「お待たせ致しました」
レイネールが姿を現した。
2021/12/26 医務室での会話を微修正しました。




