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Tale 6 侵蝕熱(1)

 時刻はまだ昼過ぎ。昼食を取り終えて、眠くなってくる時間。


 しかしライは全く悠長な状況ではなかった。


 必死に走るライは、やっと街の門を捉えた。


「もう少しだ。頑張れ……!」


 ライは背負っているアルマを気にするも、道中で彼女が気を取り戻すことはなかった。


 街付近はやはりモンスターがおらず、何事もなく街に到着することが出来た。


 門を(くぐ)ると、見張りの兵士が顔色を変えて近づいて来る。


「こ、これは一体……」


 酷く発汗しているアルマと、彼女とライの服を赤く染める鮮血に兵士は動揺していた。


 その事情を兵士に説明している時間が惜しい。ライは自分の冒険者カードを見せて押し切った。


「説明は後! レイネールさんを呼んで!」


 ライにとって今一番頼れる存在はレイネールだった。


 彼女がギルドマスターという地位に就いており、怪しむことなく自身の冒険者登録も全て請け負ってくれたからだ。


「は、はい! お前は医務室に案内しろ」


 その兵士はそれだけ言い残し、ギルド方面へと走って行った。


 もう一人の兵士が残りの対応を請け負った。


「こちらです」


 彼に案内され、ライはアルマを医務室まで運んだ。


 医務室には、専門の医者が常駐していた。ライは医学的なことは全くお手上げだったので、その医者に全て任せた。医者による応急処置がなされたものの、病状の特定には時間がかかるらしく、ライは隣接する部屋で待っていた。


 その空間は机と椅子があるだけの小さな場所だったが、個室として捉えれば十分な広さだった。


 今、ライは一人でその机に向かっているわけではない。


「レイネールさん、正直に答えてください。今回のクエスト、クリムゾンウルフが現れることが分かっていたのでは?」


「なぜそのように思われるのでしょうか……?」


 事情を聞いたレイネールは表情一つ変えることなく、質問に質問で返す。


「あの書類の山です。最初は適当にクエストを選んでくれたのかと思いました。……でも、こう捉えることもできなくはない。悩むふりをしてあのクエストを始めからそれを受けさせる算段だった、俺と会った昨夜から。……どうでしょうか?」


「……」


「あれだけ発行前のクエストがあったならば、幾つかを提示して俺たちに選択させることだってできたはずです」


 レイネールは重い吐息の後、観念した。


「流石、勘が鋭いですね。……はい。ライさんが受けて下さることを期待して、レッドウルフの件をお任せしたことは間違いありません」


 ライは強い眼差しでレイネールを見つめる。まだクリムゾンウルフについての弁解を聞いていないからだ。


 レイネールはまたしばらく黙っていたが、彼の圧に耐えかねたのかやがて白状し始めた。


「近頃、レッドウルフの活動が活発化していることは耳にしておりました。そして彼らの群れが統率力を増していることも把握しておりました」


「統率が強化されたのは、リーダーが現れたからだと思ったんですね」


「はい。クリムゾンウルフの件については、その時点でクエストを作成していました。しかしここのギルドは現在人員不足でして、その件を任せられる方がいなかったのです」


 確かに森の主の討伐も満足に行えない、現在のグリュトシルデの冒険者たちには、あの巨大狼の相手は難しいかもしれない。


「だからあのタイミングで新規のクエストを装って、俺たちに依頼したわけですか」


「はい」


 クリムゾンウルフのことはこれで解決した。しかしライにはもう一つ引っ掛かっていることがあった。


「じゃあ、どうしてそのクエストをブロンズに制限して発行したんですか?」


 クリムゾンウルフが乱入することが予想できていたなら、クエスト内容がレッドウルフの殲滅でも、受注をそれ相応に制限するはずだ。それをしなかったことには必ずレイネールに思惑があるとライは思っていた。


「アルマさんの成長に、良い経験になればと思ったのです」


 レイネールは後悔を含んだ声を発した。


(やっぱりか……)


 ライはこの返答を予想していた。自分もクリムゾンウルフとの戦闘中に同じことを思ってしまったからだ。


「レッドウルフの相手をするにはブロンズが最低条件。レッドウルフを隠れ(みの)にして、ギルドの規則の穴を突いたという訳ですね」


「お恥ずかしながら。ギルドマスターとしては取るべきではない行動だったのは理解しています。アルマさんは人一倍努力家で、勉強熱心な方です。ライさんと一緒なら、乗り越えてくれると思っておりました」


「……俺もそう思ってました。でも実際は駄目だった。アルマがこうなってしまったのは、同行者として俺が力不足だったからです」


「私にも責任があります」


 互いを責めたって何も解決しない。


 そんな中、時は刻一刻と進み、やがて隣接する部屋のカーテンが開いた。


「お待たせしました」


「ア、アルマは!?」


 ライは立ち上がった。一刻も早くアルマの容体を知りたかった。


 姿を現した医者の片手には一枚の紙。アルマの病状について書かれているであろうそれを見ながら、医者は話し出す。


「まず、アルマさんの状態についてですが……非常にまずいです。早く治療しなければ……死んでしまうでしょう」


 死という単語を聞いて、ライの胸は締め付けられた。普段は落ち着いた様子のレイネールもこれには流石に面食らっているようだった。


「どうすれば……どうすれば助けられるんだ!」


 ライは医者の肩を強く揺さぶった。白衣のような真っ白な服が皺だらけになる。


「……っ」


「ライさん、落ち着いて!」


 ライは発散したい思いを内に留め、医者に向き直った。


「アルマさんは今、侵蝕熱(しんしょくねつ)という病に侵されています」


 聞くだけで嫌な予感が漂う言葉に、ライは胸騒ぎがした。

2021/12/25 会話の一部を微修正しました。

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