Tale 5 赤狼の大群(4)
二人は完全に道しるべを見失っていた。仕留め損なったレッドウルフの足が速すぎたのだ。
「見失ってしまいましたね……」
「速すぎだろ」
「人間と獣では体のつくりが全く違いますからね。仕方がないです」
アルマが正当な理由をつけようとしているが、ライにとっては今はそんなこと、どうでも良かった。
一刻も早くレッドウルフを見つけることが重要だ。
手負いのレッドウルフが、自分の属する集団の元へ帰ろうとしていることくらい分かっていたからだ。
その行方が分かれば目的の殲滅も目前。二人は焦りと、同じくらいの期待で支配される。
「何か、何かいい方法はありませんかね……」
悩むアルマを横目に、ライは一つ解決策が浮かんでいた。
(確か、クロス・ファンタジーで索敵スキルを習得していたはず。上手く機能するかは分からないけど、やってみるか)
「アルマ、少し静かにしてくれ」
「は、はい」
アルマは黙る。ライも黙り、目を瞑る。そして索敵能力を起動する。
(【捜索網羅の目】)
静かに念じると、目を瞑っているはずの真っ暗の空間に、景色が映し出された。
自分たちが今いる森の中のようだ。
(映った! ……でも、これだけじゃ分からないな)
自動的にゆっくり景色が動いていく。この動きが何を意味しているか、ライはそれを察した。
(これは……さっきのレッドウルフが通った場所なのか?)
ライはあのレッドウルフのことを思い浮かべていた。索敵能力は、使用者の思考を読み取ってくれるようだ。
そしてよく見ると、地面にはまだ通って間もない小さな足跡が残っていた。
(これを辿って行けば……。でも、ここからどの方角に向かって進めばいいんだ)
そう思った瞬間、ライの触覚に何かが訴える。
(何だろう……この引っ張られる感覚。この方向に奴がいるってことか……?)
ライは目を開けた。
クロス・ファンタジーでは、索敵スキルを使っても敵の位置がなんとなく分かるような感覚にしかならなかった。あとはマップ上に敵のアイコンが一定時間表示されるという効果もあった。
しかし今は全く異なる体験をした。敵の位置を把握できるという結果は同じだ。だが、自分の五感の一部を稼働して敵の位置を探るこの感覚はゲームでは味わえないものだった。
「何か分かりましたか?」
「こっちだ!」
ライは走り出した。
「ま、待って下さい!」
ライの視界には、つい先程映し出されたものと同じものが広がっていた。
引っ張られる感覚はまだまだ続く。この感覚が消えないうちにレッドウルフのもとへと行かねば、とライの足は段々加速する。
「は、速い……!」
二人の距離は次第に開いていく。
ライは今はアルマのことを気遣う余裕がなかった。申し訳ないと思いながらも、ただ前に進む。
そうして風を切ること数十秒。遂に、木々に狭められていた視界が広がった。
あろうことか、ライの呼吸は乱れていなかった。
ライは木陰に身を潜めた。その広がりにはレッドウルフの大群がいたからだ。
視認できる範囲に五十体は余裕で確認できた。奥には住処にしているであろう、洞穴の入り口が数箇所。
下手をすれば百匹を超えているかもしれないとライは気を引き締める。
そうして敵数を数えているところに、アルマが遅れてやって来た。
「はぁはぁ……」
ライにとって、濁点交じりの吐息が今は耳障りに聞こえる。レッドウルフたちに感付かれると面倒だからだ。無意識にアルマの口を手で塞いでしまう。
「悪い。気付かれると厄介だ。少し我慢してくれ」
「ごめんなさい……」
アルマは少し苦しそうだが、本人もレッドウルフの大群を目にして理解する。
「レッドウルフがこんなに……」
アルマは怯えていた。無理もない。先のレッドウルフとの戦いは彼女にとっては、一対一で五分五分の状態だったのだ。そんな狼を同時に何体も相手することになれば、アルマでは役者不足なのは明らか。ライもそれは理解していた。
だからこそ、ライはアルマの口を押さえていた手を緩め、そのまま頭を撫でた。
「俺がやる。アルマはここで休んでいてくれ」
「いえ。一匹くらいは私でも……」
そう言いかけたが、アルマは思い出した。出発前にライと約束したあのことを。
「……何でもありません。どうか気を付けて」
「ああ」
アルマは木陰に寄りかかった。
その様子で安心したライはレッドウルフの大群の前に姿を現した。
アルマにはその背中がとても大きく見えた。決して歳も体格は自分と変わりないのに、一匹たりとも獲物を逃がさないその自信に満ち溢れた弓使いがとても眩しい。
狼たちはテリトリーに敵が侵入したことに怒り、一斉に走って来た。
「よし……。【百万の放射矢】!」
手にかけて放たれた一本の矢は放物線を描く。頂点に達したところで、その矢は百本以上にも分散して雨のように降り注いだ。
狼たちはパタパタと倒れていく。
この一瞬で勢力の大半を削ぐことに成功した。
「残っちゃったか」
残党は左右正面に点在していた。矢でチマチマ仕留めるのは手間がかかる。
「【雷の蒼球】!」
ライは自分の手に、帯電した蒼い球を生成した。
こういう状況では魔術の方が役立つ。弓系のスキル以外にも雷魔術を習得していたライだからこそなしえる戦法だ。
雷球は精度良く一匹一匹に放たれ、狼たちは蒼電に身を焼かれながら地に倒れ込んだ。
「終わったぞ」
ライの合図でアルマは木陰から姿を現した。
「す、凄いです……! あんなにいたレッドウルフをこんなに早く片付けてしまうなんて……」
「大したことじゃないさ」
「どうしてそんなに強いんですか? 正直、羨ましいです……」
「それは……」
ライには説明できなかった。
ライの強さは、彼が獲得したものとは言い難い。ゲームをしている過程でどんどん強くなっていったに過ぎないから。
「ごめん。それには答えられない」
「……いえ。私の方こそすみません。強さは鍛錬の先にあるもの。それを人から盗もうだなんて、駄目ですよね」
アルマは反省していた。
「それは違うんじゃないかな? 強さの秘訣は決して盗んじゃいけないものなんかじゃないよ。尊敬する人の技を見よう見まねで修得しようとすることはあることだろ?」
「うーん……」
「コピーでも自分のものになれば結果オーライ。だからさ、さっきはああ言ったけど、俺にできそうなことがあったら言ってくれ。アルマの修行に付き合うよ」
「ありがとうございます。じゃあそのためにも、まずは目先のことから、ですね!」
「そうだな。クエストはこれで終わりでいいのか?」
二人は周囲を見る。手短に済ませた反面、派手にやってしまったかもしれないとライは振り返った。
「そうですね。レッドウルフが残っているのならば、この惨状にじっとしているわけがありません。あとは帰って報告するだけですね!」
そう言って二人が引き返そうとした時。
一番大きな洞穴から数発の火球が飛んできた。
爆発音が二人の間近で発生した。
その時、偶然にもライはアルマを庇うように立っていて、その火球全てをライが受けてしまった。
アルマにとっては、大きな音の後にライの背後に煙が上がったようにしか見えなかった。それでも突然のことだったので、血相を変えた。
「だ、大丈夫ですか!?」
ライの背中を見るも、その外套には傷一つついていなかった。見た目はただの外套だが、防御性能は特別であるに違いない。もちろん、装備に守られていたライの体にも実害はなかった。
「問題ない。それよりも、警戒しておけ」
二人は洞穴の先を見る。火球はそこから飛んできたのだ。当然、襲撃者もそこに潜んでいると踏んでいた。
暗い暗い穴を覗いていると、見つめ返すように紅い光が一つ。レッドウルフの瞳の色に似ていたが、それよりもずっとずっと深紅の、燃え尽きることのなさそうな瞳だった。
2021/12/24 アルマとライの会話、狼との戦闘シーンの一部に変更を加えました。
2022/4/17 能力名称を変更:【スプレッドアロー】→【百万の放射矢】※矢が百万本発生する訳ではありません。
【エレキスフィア】→【雷の蒼球】




