Tale 5 赤狼の大群(3)
武具店を出た二人。時刻はまだ昼前だったが、フェイズとの長話のせいで予定よりも時間を食ってしまった。
「さあ、クエストに行きましょう!」
心機一転、アルマは街の空気を胸いっぱいに吸う。日射が不十分な薄暗い空間にいたからだろう。
ライはそのような雰囲気の場所はゲームで慣れていたのでなんてことなかった。
しかし、街の空気の方が美味しいのは確かだった。
二人は門番の兵士たちに見送られ、街を出発して平原に出た。
「この辺りって、モンスターはいないのか?」
ライは周囲を確認するも、街付近にはモンスターはいないようだった。それは昨日の帰り道でもそうだったが、明るい時間帯も同じ様子だった。
「街の近くにはモンスターは滅多に見かけませんね。街の近くは危険という認識があるのでしょうか?」
モンスターも己の生存をかけて日々暮らしている。モンスターの討伐が仕事の一つの冒険者が拠点にする場所には近づきたくないのだろう。
そんな休戦地区のような野原を、二人は武器も構えずのんびりと歩いている。
だが全ての旅路が緩やかな雰囲気ならば、冒険者などという職業は存在していない。世界に危険や厄介事が存在する限りは、冒険者は必要とされるのだ。
「そういえば、レッドウルフってどんなモンスターだ?」
「レッドウルフという名前の由来は、赤い目と毛皮にあります。鋭い爪を持ち攻撃性が非常に強く、しっかりと装備を整えなければ一撃で致命傷になる場合もあります」
「狂暴というわけか。他にはどんな特徴があるんだ?」
「身体能力も、モンスターの中では平均くらいはありますね。素早いので精度の高い攻撃を求められます。そんな理由で、冒険者始めたての人はなんだかんだ苦戦します。私も苦戦しました」
「それが群れを成してるってわけか……。俺も切り裂かれないようにしなきゃな……」
「そうですね。っていうか、ライの装備って何か丈夫そうには見えませんね」
アルマは立ち止まってライの装備を眺める。そこに向けられる視線には慣れていた。さっき体験したばかりだ。
「俺の装備は機動力が売りなんだ。だからフェイズみたいな目をするな」
「ええっ!? そんな顔でしたか……」
アルマは自分に幻滅したような反応を見せる。中年のおじさんに似ているといわれることがショックだったに違いない。
「た、確かに、全部躱せば守りなんて必要ありませんよね」
その言葉からは、自分もそうできたらいいのにという願望が感じられた。
「さ、行こうぜ。レッドウルフがいるって場所はもうすぐなんだろ?」
「はい。行きましょう」
群青色が広がり雲が流れる空。温かな日差しが差す中、二人は再び歩き始めた。
「……そうだ。戦闘になる前にこれだけは伝えておこうと思ってたことがあるんでした」
アルマはそう言うと、腰に着けているポーチを開けて中から小瓶を取り出した。
薄い緑色の液体が瓶一杯に詰まっていた。
ゲームをプレイしていた者ならば、それが何であるかは大体予想がつく。もちろんライにも分かっていた。
「これはポーションです。傷を受けた時に飲めば、生命力が少しずつ回復していきます」
「生命力? 傷が治るのか?」
聞き慣れない言い回しを、ライは疑問に思う。
「うーん……ちょっと違います。何て言ったらいいんですかね……。例えば、ライが膝を擦りむいたとします」
「うん」
ライは脳内でもう一人の自分をイメージする。
「その時、擦りむいた場所が傷となるわけですが、傷からは出血が見られますよね?」
「そうだな」
「実は出血と同時に、生命力の損失という現象が発生しているんです」
「生命力の損失?」
「はい。ストラティアの生物全てが持つ、生きるための活力……みたいなものですかね。隙間のない大きな入れ物をイメージするといいかもしれません。そこに一杯の液体が入っているとしましょう」
「液体を生命力に見立てているんだな?」
「はい。そして何らかの怪我をした時、その入れ物にひびが入ります。そうすると、そこから液体が漏れてしまいますよね?」
「ああ」
「それが生命力の損失というものです。もちろん、その入れ物の大きさは歳を取れば自然に小さくなりますし、生命力が底を尽きてしまえば死そのものに繋がります」
(ゲームで言うHPってことか……)
「つまり、ポーションを飲めば流れ出た分の生命力を補充できるってことだな?」
「はい。傷が塞がるわけではないので、ポーションを飲んだ後も生命力は減り続けますが。なので傷の処置も同時に行えるのが理想ですね。まあ擦り傷程度では生命力の損失はほぼゼロに近いですから、致命傷を負わないようにするという心持が大切です」
「なるほど……。勉強になったよ」
「いえいえ。それで何本かお渡ししたいんですけど、そういえば鞄持ってないんですね」
ライは武器こそ持っているものの、ポーチ類は一切持ち歩いていなかった。
それこそクロス・ファンタジーでは、アイテム画面から使いたいアイテムを選択すればよかったので、システム上の空間が無限容量を持つポーチと言っても良かった。
クロス・ファンタジー内ではアバター装備という、いわゆるお洒落専用の装備として鞄類が存在していたが、ライはそこまでアバターの見た目には拘っていなかったので、今の姿になっているというわけだ。
「そうだな……これからは鞄があった方がいいよな。街に戻ったら、一緒に鞄、見てくれないか?」
「はい、喜んで! じゃあ今は私がポーション持ってるので、必要になったら言って下さい」
「ありがとう」
アルマはポーションを鞄に仕舞った。
しばらく経つと、大自然だけだった草原地帯に動物が現れ始めた。
グリュトシルデの街からは大分遠ざかった。つまり、モンスターが現れてもおかしくないぐらいには距離を歩いたということだった。
「あそこにいるモンスターはなんていうんだ?」
ライが遠方に小さく見える動物を指差す。白色のもふもふとした体毛が特徴のモンスターだった。
「あれはビスケットシープですね」
真っ白な羊は何頭かで集まって、草を食べているように見えた。
「何でビスケットってついてるんだ?」
ライはビスケットと羊にどんな関連があるのだと不思議でたまらなかった。
「ビスケットシープは穏やかなモンスターです。こちらが攻撃しても反撃してきません。それどころか逃げてしまいます。ビスケットという名前がついているのは、ビスケットが好物だからです」
「は?」
ビスケットシープが穏便な性格であることは、眼前に広がる光景からも分かる。
しかし羊がビスケットを食べるなんて、そんなことがあってたまるか。ライはアルマの最後の情報をにわかには信じることができなかった。
「ビスケットをあげると喜んで食べるんです。この習性を利用して、ペットにするのは難しいですが、一時的に手懐けることも可能です」
アルマはその経験があるのだろう。楽しそうな顔でライに解説を続けた。
「おかしなモンスターもいるんだな」
「……」
さらっと発された一言にアルマは黙ってしまった。
ライは決して狙って言ったわけではない。この偶然の重なりに無意識だったライは気付いてからはっとした。
「その……すまん」
場の空気的には寒くなってしまった。
今、ライの味方でいられるのは定期的に吹く温かな風だけだった。
しかし、そんな気まずさも束の間だった。
視界内のビスケットシープに夢中で、そこから外れた刺客に気が付いていなかったのだ。
「危ないっ!」
「ええっ!?」
ライはアルマを押し倒し、二人は地面に倒れ込んだ。
咄嗟のことで少し乱暴になってしまったが、着地先は柔らかい草地だったので深い傷を負わずに済んだ。
そのすぐ後で、二人のいた位置を一匹の狼が突き抜けていく。その狼は嗅覚で獲物の位置を再把握し、二人に向いた。
狼は赤目で全体的に赤色の体をしていた。アルマから聞いた通りの情報だった。
「こいつがレッドウルフか!」
「気を付けてください!」
レッドウルフは二人に突進してくる。それをアルマが剣で食い止める。
勢いよく噛まれる剣の刃。ギシギシと不安な音を立てていた。
その隙にライは素早く後方へ下がり、調達したばかりの矢を一本手に取り、狙いを定める。
(うん。良い矢だ)
黒煌鉄製の矢は自然とライの手に馴染んだ。元々使用していた矢には決して及ばなかったが、今は十分だった。
アルマとレッドウルフは力が拮抗しており、仕留めるのは造作もなかった。
胴体に矢が深く刺さり、レッドウルフは短い悲鳴をあげながら横に倒れた。
「大丈夫か!?」
「は、はい」
ライがアルマの持つ剣を見ると、少し刃こぼれしていた。真面目な彼女のことだ。剣の手入れを怠っていたとは考えにくい。つまり今の数秒のやり取りで破損してしまったということだ。
「レッドウルフっておっかないな……」
ライはもう動かないレッドウルフを見た。今も開いている赤い目を見ていると、呪われそうで怖かった。
「レッドウルフをただの射撃一発で倒すなんて、やっぱりあなたは凄いです」
「アルマが引きつけていてくれたおかげだ。むしろ、動かない的を外すようじゃ弓使い失格だ」
ライは自虐的に笑っていた。
だが、ライの目つきは鋭くなった。
気配のする方に矢を放つと、掠れる音を立てながら茂みに刺さった。
正確には、その向こうに身を潜めていた狼を仕留めた。
「もう一匹いたか……」
「いえ。そこにもいます」
アルマは投げナイフを素早く投げる。直線を描き、それは見事命中したようだが、仕留めるには殺傷性が足りなかった。
手負いのレッドウルフは百八十度向きを変え、走って逃げて行く。
「追うぞ!」
「はい!」
二人は森へ続くであろう茂みに突進して行った。




