Tale 5 赤狼の大群(1)
二階のギルドエントランスに到達すると、ライは振り向いた。
「アルマ、一つだけ約束してくれ」
「なんでしょうか?」
「もし身の危険を感じたら、俺に任せてくれ。仲間が痛い目見るのは……嫌だからさ」
「……ライ、お仲間のことが心配ですか?」
「……」
「……そうですよね。ライたちにとってはここは得体の知れない場所なんですから、心配して当然ですよね」
「確かにそうだな」
もちろんアルマが言うように懸念していることもあるが、
「ライは仲間思いの良い人です」
ライは根っからの仲間思いなのだ。他人に傷付いてほしくないという思いは人一倍ある。
「分かりました。約束します」
「ありがとう。じゃあはい」
ライは自分の右手の小指を差し出した。
「何ですか?」
アルマはその意味が分からずに、ライに尋ねる。
「同じ形を作って。俺が元居た世界では、約束する時はこうやって小指を繋ぐんだよ」
いわゆる指切りげんまんというやつだ。
「そうなのですか。面白い風習ですね」
「ちなみに、約束破ったら針千本だから」
「針千本!? そ、それをどうするんですか!?」
アルマは驚いて恐る恐る尋ねた。
「さあ。刺すのか、飲ませるのか、どうなっちゃうんだろう……?」
アルマの顔はさらに深刻になった。
「仲間が大事なら、は、針なんて向けないで下さいね! でも……約束を違わないようにしなければ……」
「はははっ! さあ、この話はここまでにして、早くクエスト行こうぜ」
高らかな笑い声は階下の酒場まで響いていただろう。
アルマを面白がっていたライは歩き出した。
「あっ……待ってください。クエストに行く前に行くべき場所があります」
「……?」
ライは階段を下りる直前、そう言われたので足を止めた。
ギルドの建物を出て、二人は別の建物の前まで来ていた。
そこはまだグリュトシルデの街の中。午前中ということもあり、人の往来もそこそこある。
「ここは?」
建物は少し年季が入っていて、周囲の建物からは少し浮いている。店の看板らしき木製プレートには剣と盾が荒く力強く描かれていて、ライは読めないが『アトリエ・フェイズ』と店名が書いてあった。
「私がよく行くお店です。装備なんかはここで整えているんです」
アルマは扉を押す。それと同時に、来客を知らせる鈍い鈴音が鳴った。
二人の正面、店主らしき四十代くらいの男性がカウンターに座って剣を磨いていた。鈴が鳴ったので手の動きを止めて入口の方に目を向けた。
「いらっしゃい! ……おう、アルマか」
「おじさん、こんにちは」
アルマとライは店内に入る。やはりライはこの辺りでは見かけない顔だからだろう。店主は彼を興味津々で覗いた。
「おぉ? そっちのは見かけない顔だな。アルマの知り合いか?」
「俺はライって言います。今日冒険者になったばかりなんです」
ライが簡潔に自己紹介を終えると、店主は少し嬉しそうにした。冒険者という言葉を聞いて、商売魂にスイッチが入ったに違いない。
「そうかそうか! 俺はフェイズ。この武具店を経営している。冒険者稼業は色々と大変だろうが、頑張れよ」
「あ、はい……」
フェイズのけたたましい声に、ライは少し押される。
「あと、あんまりかしこまらなくていいからな。“です”やら“ます”やら丁寧語がバーンと並ぶと俺も参っちまう」
「分かった。これからよろしく頼むよ」
「おうおう、そんな感じでいいぞ。……それでお前、どのくらい強いんだ?」
フェイズはニヤリと笑って聞いてくる。自分の腕に自信があるのだろうか。
ライはフェイズの疑問に答えるため、レイネールから貰った自分の金ピカのカードを見せた。これ一枚で自分の身分を証明できるから、ライは便利だと思ってしまった。
「どれどれ……」
フェイズはカードを受け取ると、それを眺めた。すると先ほどまでの強者の余裕のような笑みは段々と消えていく。
「ほぉー、初っ端からゴールドか!」
フェイズは感心した様子で、ライの容姿を頭のてっぺんから足のつま先まで、もう一度眺める。
「確かに、良い装備をしている。それだけの力があるってことだな」
「何てったって、ライはあの森の主を蹂躙しますからね!」
横でアルマが誇らしげに言う。
「そりゃあ立派だ! アルマも、精々張り合えるくらいには成長してほしいもんだがな」
「う……努力します」
図体の大きいフェイズと、小さいアルマ。それがますます顕著に見られるほどに、彼女は縮こまる。
「随分と森の主に詳しいんだな」
「フェイズさんは元冒険者なんですよ」
アルマはそう言うが、フェイズは反論する。
「おいおい、ちゃんと今でも現役の冒険者だ。こうして店を始めてからは、そっちに割く時間がなくなっただけだ」
「え……そうなのですか?」
この店の常連だろうアルマも初耳らしい。
「そうだ。ちゃんとカードもあるぞ」
フェイズはどこからかカードを出すと、二人に見えるようにカウンターに置く。
カードは銀色に輝いていた。魔道具とは言え少し色褪せていることから、数年から十年の間は冒険者活動をしていないことが予想された。所属欄にはライの持つカードと同じものが記載されていた。
「ほんとだ……」
「まあ、この話は今はいい。それで、何か用があって来たんじゃねぇのか?」
フェイズがどんな冒険者で、武具店を営むことになった経緯。
ライは少し気になったが、この話はここで打ち切りとなった。
2021/12/24 ギルド内でのやり取り、武具店内でのやり取りの一部を修正(変更)




