Tale 3 冒険者ギルドへ(5)
場のほとぼりが収まった頃、一同は改めて顔を合わせた。
壁に刺さった凶器は回収され、壁に深い穴を空けていた。
「いやー、すまんすまん! いいネタだと思ったからついいじっちまった」
ボーイッシュ感ある少女は頭を掻きながら笑った。藍色の長髪が何とも綺麗だった。
「本当にあなたはしょうがない人ですね。あんな嘘によく悪ノリできますね……」
「私、嘘は言ってないよー。男を連れているとは言ったけど、彼氏だとは言ってないし……」
「でもその男っていうのは、そういう意味でしたよね?」
アルマは受付の少女を問い詰める。
「はい。そういう意味で言いました……」
少女はすぐに頷いた。
「はぁ……。まあいいです。私も今日は疲れたのでこれ以上言及するのはやめておきます」
アルマの許しに、受付の少女は胸を撫で下ろす。
そうこう話していると、上の階で事態の収拾を窺っていたもう一人の宿泊客が現れた。
「だから言ったでしょ。どうせスーちゃんの冗談だって」
背丈の低いふわふわとした印象の少女だ。身長はこの中では一番低い。
ふんわりとした、毛先が肩に届く程度の長さのベージュの髪。瞳は同じベージュ色。
そして今の格好が寝間着姿なので、物凄くお人形さんのように愛くるしい。
「ユエ! いや、そうだったとしてもよ……気になっちゃうじゃんか」
「気持ちは分からなくもないけど、うるさい。私、もう寝るんだけど……」
説得力の無い弁明を述べる藍色髪の少女。
対してベージュ髪の少女は安眠を妨害されたことに怒っていた。
「ごめんね、ユっちゃん。もう騒がないからさ」
「ま、スーちゃんとリスティーはいつもこんな感じだからね。付き合いも長いし。……で、その人は誰?」
「そうだよ! 君、誰?」
一度は忘れ去られていただろう。宿に元々いた三人の視線は、一斉にライに集まる。
「俺はライ。ただの弓使いだよ」
ライは簡素に自己紹介を終える。異世界から来たという、その辺りの事情を話しても、話を拗らせるだけなのでやめておいた。
「“ただの”って言う割には、随分と良い格好してるじゃん。歳はうちらと変わらなそうだけど」
藍色髪の少女がそう言うと、アルマは補足した。
「森でフォレストバインに襲われたところを助けて貰ったんです」
「へぇー。あの森の主とやりあったんだー。ってことは君、相当強いんだね」
受付の少女は頬杖つきながらライを眺める。じろじろ見られると落ち着かず、ライは目線を彼女から逸らした。
「あっ。私はスヤ。ここスヤスヤ亭のオーナーをしていまーす!」
受付の少女スヤは忘れていたかのように、自分の名前を手を挙げながら言った。
彼女に続き、宿泊客二人も自己紹介する。
「うちはリスティーってんだ。よろしくな!」
「私はユエラ。一応、リスティーとコンビ組んで冒険者やってるよ」
そうして全員の名前が知れ渡ったところで、話は急に変わる。
「そういえば、アルマは何で森に行ったんだ?」
「もー、リスティー。アルマは今原因不明の少女失踪事件を担当してるんじゃん。それの調査でしょ」
リスティーとユエラはアルマと顔見知りであり同じ冒険者。それぞれの事情も把握しているようだ。
「あー、そうだったな。ん? てことはもしかして、ライ……。お前、誘拐犯か何かと間違われたんじゃないのか?」
まるでエスパーのように、リスティーは夕方の出来事を言い当てる。
「その通りだけど、何で……」
「うちらは長い付き合いだからね。そんくらい分かっちゃうんだよ」
「アルマは昔っから早とちりなんだよねぇ。その上、正義感が強いから私たちも大変なんだぁ」
リスティーとユエラにそう言われると、アルマは顔を赤くする。
「そ、その話はやめてください! ちゃんとライさんにも謝って許しを貰ったので……!」
掘られると恥ずかしい過去でもあるのか、アルマは早口で話題を変えようとする。その様子を見て、スヤとリスティーとユエラは満足したようだ。
「はいはい。そんじゃ、うちらはそろそろ部屋に戻るわ。ライ、また会ったらよろしくな!」
「私、眠い。さいならー」
「あ、ああ」
(姉御肌な人とゆるふわ系マイペース女子かぁ)
仲良く階段を上っていく二人に、ライは小さく手を振った。
二人がいなくなると、
「それで、アルちゃんは部屋に戻るの?」
そうスヤに言われ、本来の目的を思い出したアルマ。
「そうでした。スヤ、空いている部屋はありませんか? ライさんを泊めたいのですが……」
スヤは手元の帳簿を確認し始める。
「うーん……。残念だけど、今日はもう満室だなぁ」
「そうですか」
スヤは帳簿をまだ見ているようで、何かに気付く。
「あ、でもでも、うちのベッドは横幅広いから一緒に寝ればいいんじゃない?」
「い、一緒にですか!?」
「どうしちゃったのぉ? まさか、あれやこれやされるとでも思ってるのかなぁ?」
「そ、そんなこと……ないですよ! ねっ!?」
アルマは咄嗟にライに同意を求める。まるで恥ずかしさを誤魔化すように。
「もちろんだよ。ただ寝る場所があれば、俺には十分だ」
「そっかそっか。じゃあ……友人を助けて貰ったんだ。追加の料金はいらないよ」
「ありがとうございます!」
亭主の粋な計らいに感謝するアルマ。ライも一応礼を言っておく。
「ありがとう。えっと……スヤ」
「いいよいいよ、お礼なんて。さ、アルちゃん。ライ君を部屋まで案内してあげて」
「そうですね。行きましょう」
二人はスヤに見送られ、スヤスヤ亭の階段を上った。
階段を上りきると、狭い廊下に出た。スヤスヤ亭の外見で分かっていたが、スヤスヤ亭は見てくれは良いものの、建物自体は小さかった。
廊下の突き当りは十数秒ほど歩けば到達するくらいに近い。左右に二部屋ずつ、小ぢんまりとした個人経営の宿だ。
アルマたちはその左奥の方の部屋を目指して歩く。
「ここが私の泊まっている部屋です」
寝泊まりのために借りているスペースとはいえ、その一室は女子の私室のようなものだ。ライはゆっくりと宿泊部屋に失礼した。
確かに、二人で生活するには狭いかもしれない。しかし寝泊まりするだけならば問題ない広さだ。スヤの言っていた通り、ベッドは幅広く大きい。
アルマはベッドの入り口側の方に深く座り一息ついた。
「ライさんは窓側の方を使ってください」
「……その“さん”はいらない。これからは同じ冒険者になるんだ。もっと気安く話しかけてもらって構わないよ」
「分かりました。では、これからよろしくお願いしますね、ライ」
その後、各々で風呂に入ることになり、疲れを和らげたいとアルマは先に行ってしまった。
ライはというと、窓の外を眺めていた。
(あいつら、大丈夫かな……)
ライは運良く寝泊まりする場所を得ることができ、仕事を得る手続きを踏むこともできたが、他四人も同じように安泰な状況に置かれているとは限らない。
早く仲間たちに会って、身の安全を確かめたいと思った。
「月が綺麗だ……」
渦にのみ込まれてからはバタバタとしていて、ゆっくりと空を眺める気にもなれなかった。
自分は異世界にいる。そのはずなのにどこか安心しているのは、元居た世界にも存在していた月がストラティアにも存在していることを実感したからだろう。
「よし。俺も風呂に行くか」
ライは階段を下りていった。
そしてスヤスヤ亭一階の風呂スペースに行く途中。
「ライ君」
「どうしたんだ?」
声のする方向を向くと、スヤがいた。彼女の手には衣類とタオルが載っていた。
「良かったらこれ使って」
スヤはその手をライに伸ばした。
「いいのか?」
タオルだけでなく衣類も数着用意してあるということは、スヤがライの事情を幾らか把握しているということに違いなかった。アルマが当たり障りなく話しておいてくれたのだろう。
「うん、いいよ。お客様に最高の睡眠を与えることが私の仕事だからね」
ライは、アルマと年も変わらないだろう亭主に感心していた。
「そうか。じゃあ、くれぐれもうるさくしないように……だな」
先の出来事を彷彿とさせるように言って見せた。
「あはは……ごもっともだね」
「なんてな。ありがとう」
「うん。ごゆっくりどうぞ」
スヤの柔らかい笑顔に見送られる。
ライは入浴を開始したが、特にこれといって現実世界との差異はなかった。
シャワーはなかったが、木製浴槽には湯が張られていた。体を洗うための道具や液体状の製品も備わっていたため、困ることはなかった。
そうしてライが入浴を済ませた時、隣の女性専用の浴室からは音がしていなかった。ライが風呂に入っている間に、アルマは宿泊部屋に戻ったのだろう。
あとは寝るだけなので、ライも宿泊部屋に戻った。
開けっ放しにして出たはずの部屋の扉は閉じていた。
ライはその扉を自分の部屋に入るかのように開ける。
行くあてのない自分に仕事を紹介してくれ、さらには寝る場所まで与えてくれたこと。そして細かな気遣い。初対面の人にここまでしてくれる親切な人はそういない。
ライはそんな感謝の気持ちを込めて、礼を言おうとしたのだが。
「アルマ、ありがと……」
アルマは既に眠りについていた。
(起こしちゃ悪いな。それにしても……)
お礼はまた別の機会に言うことにしたが、眼前の光景が気にかかる。
(よく考えたら、同じくらいの歳の子と一緒に寝るなんて……)
平然と返事を返してしまった自分を少し責める一方で、体が熱くなるのを感じた。
(いやいや、ただ寝るだけだ! 間を空けておけば大丈夫だろ)
ベッドの端に寄って寝そべり、
「おやすみ」
小さく呟いてライは目を閉じた。
【キャラクター紹介】
◇リスティー……ユエラと組んでいる、グリュトシルデ所属の冒険者。快活で姉御肌で面倒見が良いが、一度ふざけると中々止まらない。
◇ユエラ……リスティーと組んでいる、グリュトシルデ所属の冒険者。とにかくマイペースだが、思考力はある。
◇スヤ……宿『スヤスヤ亭』を経営する少女。気さくで明るい性格。アルマたちとは顔見知り。




