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Tale 29. 海浜の孤児院(2)

 ライの頭の中には、強面のではなくデフォルメされた可愛い熊が浮かんでいた。自然と頷いてしまうくらいに、アルマと熊の組み合わせはアリだと思っていた。


「熊か……。ちなみに俺はライオンが好きかな?」


「ラ、ライオン……ですか?」


 聞いたことのない言葉にアルマは戸惑っていた。カザレアは不思議そうな表情をしていた。


「うーん……こっちので言うと、キマイラみたいなものかな……」


 ライはストラティアにキマイラがいるかも分からずに、取り敢えずアルマたちがイメージできるように言ってみた。


「キマイラ……。あんなのが好きなんですか?」


 アルマに引いたような目で見られるライ。ライオンと合成獣では似つかない箇所が多いが、ライにはどうしてもこれ以上の説明は無理だった。精々ライオンの良さを語ること程度だ。


「あのたてがみ、そして溢れ出る王の気質が良いんだよ」


「キマイラにそんな物も風格も無いと思いますけど……」


 アルマが感じていた恥ずかしさはどこかへ消えていった。微妙にかみ合わない会話を、やりづらそうに感じていた。


「二人は仲良しなのね」


「今のやり取りを見てそう言えますか?」


 カザレアは誰よりも楽しそうにしていた。


「ええ。ここで何十人もの子供たちを見てきたのよ。相性くらい、少し観察していれば分かるわ」


「まあ、言われてみれば……」


 アルマは言いくるめられてしまった。


「さて……私はそろそろ仕事に戻るわね。特に面白いものは無いけど、ゆっくりして行ってね」


 席を立つと、カザレアは二人の返事だけを聞いて棟を出て行った。孤児院の管理者というのは、責任があり暇ではないらしい。


 そうして部屋に残された彼らは、寄付された古書を読んだり、教育棟で子供たちとの遊戯に勤しんだりした。ボランティアのようである意味、冒険者活動の一環として経験を積むことができた。


 滞在時間は実に二時間程度だっただろう。


「じゃあ、私たちはそろそろ出発しますね」


「ええ。お仕事頑張ってね。また王都に来ることがあったら、是非寄ってちょうだい。子供たちも喜ぶわ」


「もちろんです。それじゃあ、行きましょうか」


 二人はエントランスを出ようとした。

 その時に、背後で紙袋の落下する音が聞こえた。グシャっと重い音の後に続いた言葉は――。


「嘘……嘘でしょ。アルマ、アルマなの?」


 若い声の主は、乱雑に転がった紙袋とその中身を拾うことも忘れて、呆然としていた。頬に涙を伝わせながら。


 アルマはたちまち振り返った。

 眼鏡姿の茶髪ロング。冴えない外見だったが、だからこそ逆に印象に残りやすかったのか。アルマは自分の記憶を、目の前の少女に重ねた。


「レナ!?」


「やっぱり、アルマだよね?」


「……どうしてここに?」


 レナは質問に答えることはなく、紙袋を拾い始める。

 彼女に声をかけたのはカザレアだった。


「お帰りなさい、レナ」


「ただいま戻りました」


 涙を拭い、レナは紙袋をもう一度抱えて、そう言った。


「レナ、どうしてここに? 孤児は成人したらここを離れ、世話になることはできない。それがルールだったはず」


 アルマはレナに再度尋ねた。


「こらこら。私をいつまでも孤児扱いしない! 今では立派に勤めを果たしてるんだから」


 小意地の張った、僅かに慢心に囚われた笑みを浮かべたレナ。


「レナには孤児の世話を手伝って貰ってるのよ、住み込みで」


「住み込みですか……」


 アルマはレナを見つめていた。


「……レナ、今日はもういいわ」


「でも、シスター。夕食の準備は私が……」


「私がやっておくわ。それよりも、折角アルマちゃんに会ったんだから、どこかでゆっくりお話しして来たら?」


 中心部の方で休息を取れというカザレアの提案に、レナは少し悩んだ。


「うーん……」


 彼女はカザレアの目を見た。そして何かを掴んだ。


「その眼は絶対に譲らない眼ですね」


「あ、分かります! シスターは昔っから語らずして強いものを訴える時があるって言うか……」


 元孤児同士で同調していた。


「そ、そうかしら……」


 カザレアは引き攣った笑みを見せた。その表情は二人を睨みつけるようで、まさしく目力が強かった。側で様子を(うかが)っていたライでさえ感じていた。


(ほんとだ、凄い……。あれ、この感覚、どこかで感じたこと、ある……?)


 しかしただの勘違いだろうと、ライは考えるのをやめた。さっきまでの談話の際に同じ視線を向けられていたのかもしれない。


 そして痺れを切らしたように、カザレアは強引にアルマたちを送り出した。いや、追い出した。


「とにかく! 夕方まで戻って来なくていいから、自由に過ごしなさい!」


「「はーい!」」


 アルマとレナは従順で明るい返事をした。しかし内心はどこか不服があるような、一瞬の幼少への退行を感じさせる声だった。




 場所を移して、王都のカフェ。

 レナはウエイターに注文を頼んでいる。


「コーヒーとナッツケーキを一つ。アルマたちは?」


「私はハニーミルクとミックスベリーケーキを」


「俺はコーヒーだけでいいかな」


 ウエイターは一礼して、静かに離れて行った。

 レナはクスクスと笑っていた。


「やっぱりアルマだね」


「どういう意味、それ?」


「コーヒーが飲めないのは、今も昔も変わらないんだなあって」


「苦いのは駄目なの!」


 髪が乱れるくらい、勢いよく顔を振るアルマ。


「分かるよ。どうしても駄目な物ってあるよな」


 ライは頷きながらフォローを入れる。


「そっかそっか。ま、そんなことはアルマが生きていたことに比べれば、些細な事だから良いんだけどね」


 レナは遠くを見つめてそう言った。


「ちょっと、勝手に死人扱いしないでよ」


 ライは薄々勘付いていたが、アルマとレナはかなり親密な関係にあるようだ。誰に対しても一様な話し方を貫いてきた彼女が、ここまで砕けて話しているのは見たことがなかった。


「だってアルマ、突然いなくなっちゃったじゃん。私、心配したんだよ!」


 アルマは黙り込んだ。数年前を思い出していた。

 肌寒い早朝に、カザレアに強引に起こされ、ほぼ閉じた瞳で彼女を見ていた。そしてカザレアに言われたことは――。


「ごめん。あの日、突然シスターに呼ばれて部屋に行ったの。そしたら王都を離れるって言われて……」


「王都を離れるって、どうして?」


 レナは少し訝しんでいたのか、僅かに首を傾げる。


「私の夢が冒険者になることだったから……。シスターはそれを分かってくれて提案してくれたんだと思う」


「そういやアルマ、そんなこと言ってたね」


「まさか、すぐに出発するから身支度をしろだなんて言われるとは思わなくて……。挨拶の一つもできずに去ってごめんなさい」


 アルマは数秒、頭を下げた。彼女を、レナは微笑ましく眺めていた。


「ううん、いいの。孤児院の子たちはいつかは独り立ちしなきゃいけない。アルマは立派に成長したんだね」


「やめてよ。恥ずかしい……」


 ライは二人の会話を、羨ましく聞いていた。

 そこへ規則正しい足音を刻みながら、先程のウエイターが注文された軽食を運んで来た。


「お待たせしました」


 彼が慣れた手つきで配膳を終え離れると、会話は再開する。


「レナはどうして孤児院に残ったの?」


「私の話? あんまり面白くないよ」


 予防線を張るレナ。しかしアルマが聞く耳を持たずに急かすので


「分かった分かった!」


と言って、どこから話そうかと悩み始める。


「そうだなぁ……。ほら、あそこってシスターが一人で切り盛りしてたじゃん?」


「うーん、そうだった気がします」


 孤児院に入った順番で言えば、レナの方が早い。シスターの努力を、レナはアルマよりも知っていた。


「だからね、一人くらいシスターを補佐する人がいてもいいんじゃないかなって……。それに、孤児の皆に幸せになって欲しいなって思ってるから」


「なんか凄く普通……」


 アルマはムスッとしていた。別に彼女自身、レナの話に面白さを求めてはいなかったが、レナがそこを強調したので無意識のうちにそう呟いてしまった。


「だから面白くないよって言ったじゃん! 大体、シスターの手伝いをしてるっていうのは、さっきシスター本人も言ってたでしょ」


「そうだけど……。私が気になってたのは、レナが自分の意思で残ったのかってことで……」


「あー。そういうことね。もちろん、自分から志願したよ」


「なら良かった」


 アルマは一人で安心していた。やりたいことがないから仕方なく、孤児院の手伝いをする選択をしたわけではないことを知ったからだ。


「あっ……。でも、これはちょっと笑い話かも」


 レナはまた一つ話の種を撒いた。


「何かあるの?」


「俺も聞いてみたいな」


 ライも自然とレナの話し上手な一面に惹かれたのかもしれない。孤児たちの相手をするには、絶好の人材だろう。


「私がシスターの手伝いをすることになった経緯なんだけどね……」


「経緯って……手伝いをしたいって自分で言ってたじゃん」


「そうなんだけど、小っちゃい山あり谷ありだったんだよ! まあ、いいから聞いてよ」 

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