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Tale 29. 海浜の孤児院(1)

 ライたちは今朝はまだ、宿の一室でゆっくりと過ごしていた。


「ライ、その、お仲間の事……。セリカさんでしたっけ? ……大丈夫ですよ、きっと」


 アルマは憂鬱を醸している彼に、何となく目を合わせづらい。


「……ありがとう。昨日のあの時、本当にパニックだったんだ」


「冷静でいられなかったのは、分かります。私も同じ立場だったら、取り乱していました」


「俺は大丈夫だ。あいつも封印されている間に害はないんなら、きっと大丈夫だ」


 しかしライは自分に言い聞かせるように言葉を放っていた。普段よりも落ち着いて、むしろどこかに呑まれていきそうな悲壮感を纏っていたのは、紛れもなく彼の本心だろう。


 アルマは自分がリードしなくてはいけないと思った。以前、自分が過去に対峙した時に、ライが側で支えてくれたことを思い出した。


「折角だから、どこか出かけましょうよ!」


 グランが戻るまで、迂闊に調査を再開できない。今日一日は実質的に、休養日だ。


「……部屋に閉じ籠っているよりは、そっちの方が良いか」


「そうですよ。さあ、行きましょう!」


 アルマに手を引かれ、半ば強引に連れ出されたライ。

 何も考えることなく楽しめる観光ならば、どれほど嬉しかっただろうか。しかし街中をただ歩くだけでも、気分は幾分か良好になっていった。


「アルマ、ありがとう。もう大丈夫。次はアルマが行きたい場所に行ってくれ」


「……良かった。もしライが鬱にでもなったらどうしようかと思いました」


「そこまでは抱え込んでいなかったよ」


 事態を深刻視していたアルマを、ライは笑った。何気に今日初めての笑顔だったかもしれない。


「最悪の場合、教会に連れて行こうかとも考えてました」


「教会は勘弁だな……」


 そしてライの浮かべる微笑みは苦笑へと変わっていった。


「で、アルマは行きたい所、あるのか?」


 アルマは頷いた。

 彼女が先導する道は、王都のどこかではあるのだが、中心からは外れた場所だった。


 ライは、アルマが今回が王都への初めての来訪だとばかり思っていたが、それにしては土地勘があると思っていた。


「アルマ、道はこっちで合ってるのか?」


「はい。ちょっと辺鄙(へんぴ)な場所にあるんですよ」


(どこに行くんだろう……)


 心の声に答えるように、アルマは続ける。


「村が襲撃に遭ってから、私は身寄りがなくなりました。そんな私の面倒を見てくれた人がいるんですよ」


(命の恩人って訳か)


 次第に、手入れの行き届いていない区画に足を踏み入れていた。割れた、土汚れの目立つ石のタイル。若干の歩きづらさを感じながらも、二人の目に建物が入って来た。


 複数の棟で構成された施設。教育用、生活用、管理者用など、それほど多くはなかった。

 そのすぐ後ろには、小さな砂浜と海が広がっている。あまり慣れない潮の匂いが鼻に溜まった。


「ここは孤児院です。私を育ててくれた、第二の家と言っても過言ではありません。さあ、中に入りましょう」


 扉は随分と年季が入っていて、軋みが目立っていた。

 その先、エントランスホールはこれまた味気無かった。掃除は行き届いているのだが、老朽化の具合は否定できない。塗装が禿げて所々が錆びている金属製品、何度も踏まれたであろう毛玉だらけのカーペットなど、家具も十年以上も前の物ばかりだ。


 孤児たちによって描かれた力強いクレヨン画だけが真新しく、二人を不思議と歓迎していた。


「これが孤児院か」


「想像してたものとは違いましたか?」


「いや……」


 二人が話し合っていると、右側の通路から人影が現れた。


「あら、お客様ですか?」


 三十代ほどの華奢な女性だ。積み上がった茶色の書物により、彼女の首元までが隠れていた。

 アルマは姿勢を正して一礼した。


「お久しぶりです、シスター」


 シスターと呼ばれた女性は硬直していた。その後で、アルマのことを目を凝らして見る。


「もしかして、アルマちゃん?」


「そうですよ!」


 シスターは本をその辺に置くと、飛びついて来るアルマを受け止めた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ごめんなさいね、手伝って貰っちゃって」


「気にしないで下さい。こんなことで良ければ、いくらでも手伝います。ね、ライ?」


「うん。子供たちの面倒を見るのは大歓迎ですよ」


「ありがとう」


 三人は管理者棟から教育棟へと、本の運搬をしていた。子供たちの勉強の時間に使う大切な物資だとか。

 教育棟の約二十人を収容できる小さな教室に入れば、既に席に座っている子供たちと目が合った。その無垢さに、ライとアルマは心を射抜かれた。


 本日の勉強内容は語学だ。そんなに堅苦しい物ではなく、単に文字を書いたり読んだりする練習の時間だ。ライが参加できるくらいに初歩の内容で、二人も気張りすぎることなく参加することができた。


 そして孤児の勉強の時間が終わってからのことだ。

 二人はシスターの居室で、紅茶を片手に談話に耽ろうとしていた。


「アルマちゃん、少し大人っぽくなったかしら?」


「そ、そうですか? そう言うシスターは何一つ変わってませんね」


 アルマは嬉しそうだった。先の子供たちとのやり取りの際も、彼女は年上のお姉さん扱いされていて、同じ表情をしていた。

 対して、シスターは上品に笑んだ。


「ふふっ。そう言って貰えると、私もまだまだ頑張れる気がするわ。でも……」


 彼女は部屋を見渡した。


「この部屋も、この孤児院も何一つ変わってない。一番改善しなきゃいけないのは、この古くなった建物……かしらね」


「シスター……」


 アルマはシスターの言葉の意味を何となくだが察していた。外れにある孤児院は王都全体に周知されているわけではない。仮に存在が知られていたとしても、国から援助金が出ることは考え辛かった。シスターが昔からそのことに頭を悩ませていたことを、アルマはその眼で見て一緒に過ごしていたから。


 アルマやライの一個人の資産でどうにかなる話でもない。それでも、彼女たちにできることはボランティア精神を大事にすることと、少額の寄付をすることだけだった。


「っと、ちゃんとした紹介してませんでしたね。こちらは孤児院の管理をして下さっている、シスターのカザレアです」


 カザレアは粛々と頭を下げた。


「それで、こちらが私と同じ冒険者のライです」


「初めまして」


 ライは口に含んでいた紅茶を慌てて飲み込んでから、挨拶をした。


「いつもアルマちゃんの面倒を見てくれて、ありがとう」


「いえ、そんな……。むしろ助けてもらってるのは俺の方です」


 ライの横で、アルマはカザレアに我が子のように扱われていて、恥ずかしそうだった。


「でもまさか、アルマちゃんが帰って来るなんてね」


「たまたま王都でのクエストを受けて、時間があったから寄ったんです」


「そう……」


 カザレアはアルマに成長を感じたのか、先程から感慨深い目で見ている。

 ライはアルマの横で思ってしまった。カザレアに幼少のアルマのことを聞きだすのも悪くはない時間の潰し方なのではと。ライが知っているのは、家族を失うまでのアルマだ。それ以降から冒険者になるまでの生い立ちは全く分からない。


「あの、カザレアさん、ここにいる間のアルマってどんなだったんですか?」


 その言葉に、アルマもカザレアも驚いたような視線を向けた。


「なっ……そ、それを聞いてどうするつもりですか!?」


「あらあら、気になる?」


 ライは正直に答えた。


「……残念だけど、特に面白いことはないわよ。ライ君はアルマちゃんの凄惨な過去を知ってる?」


「はい」


「孤児院に連れて来られてからもね、塞ぎ込みな性格は全く治らなかったのよ。だからこそ、今目の前にいるアルマちゃんが見違えていて、本当に驚いているのよ」


 カザレアはアルマの成長っぷりを何度も強調した。それだけ彼女は孤児である間も憂鬱だったのだが、ライは何となくその姿が想像できてしまう。


 当人はなぜか安心していたが、しかし――。


「ああ、でもね、アルマちゃんはぬいぐるみを抱いていないと寝られなかったかしら。それに寝相も悪くて……」


「うわあぁああ……!」


 アルマは咄嗟に席を立ち、激しく身振り手振りして誤魔化したかったのだろう。しかしライの耳にはしっかりと届いていた。


「別に気にしてないよ。って言うか、今は無くても寝れてるじゃん。やっぱりアルマは色んな面で成長したんだな」


「……実は、今もあった方が良く眠れるんです」


「……え?」


 小さくアルマは放った。


「でも、そんな素振り見せなかったよな?」


「荷物になるので、出かける時は我慢して持ってきてません。スヤスヤ亭にいる時は、実はベッドの下に隠してあるんです……」


「そうだったのか……」


 アルマと同じベッドで睡眠をとった召喚初日の夜、アルマが腕に抱きついていたのは、寝相が悪いという理由だけでなく、ぬいぐるみ代わりという理由もあったのかもしれない。そんな考えが頭を(よぎ)った。


「ちなみに、どんなぬいぐるみだ?」


 ここまで聞いてしまったら、気になることは聞いてしまおうとライは尋ねた。


「く、くまさんです……」


 アルマは目線を逸らして、もじもじとした様子で答えた。

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