Tale 28. 闇オークション(3)
「さあ皆様、お待たせしました!」
バロンの声の調子は変わらない。昼間の平民客も、夜間の貴族客も、彼にとっては大切な商売相手だ。
「大陸の古今東西を巡り、私が厳選を重ねた逸品の数々。それらを今から競売に賭けて御覧に入れましょう!」
貴族たちの歓声が鳴り響く。「闇オークション、サイコー!」という掛け声もあれば、「闇商人バロン様!」という掛け声まで。どうやらバロンがこの競売を開催してきたのは、数回程度ではなさそうだ。
騒ぎの収まらない中、彼は一品目を公開した。
ガラスの囲い付きの台座の上に、七色に光る特大の羽が一枚。それは一メートルを超える大きさだ。精巧な造形ではなく、正真正銘の生ある鳥から採取したものだった。
「まずは七色怪鳥レインボーガルーダの羽! これは三枚から!」
バロンは高らかに宣言する。
すると反射的に幾つもの叫び声が座席から。
「五枚だー!」
「私は六枚!」
「いや、十枚だ!」
一品目から場は熱狂的だ。
それとは対照的に、会場の端のライたちは静かに会話していた。
「グラン、三枚っていうのは……」
「競売品に対する最低落札価格だ。最初だから、多分中銀貨三枚という意味だろうが……」
その短い会話をしている間にも、価格は吊り上がっていく。
七色怪鳥の羽にどんな価値があるか、三人には想像もつかないが、持っているだけで名誉なことなのだろう。落札した者は、満足気に自宅にそれを飾るに違いない。
最終的には中銀貨三十五枚での落札となった。金貨換算で三、四枚になるが、これが貴族にとって高い買い物かは分からない。しかし彼らにとって、その羽の価値はそこまでということだ。
次にお披露目されたのは、インパクトには欠ける商品。薬瓶に入った、僅か数敵の空色の液体だ。
バロンが言うには、唯一の失明の治療薬だとか。三人はそんな代物があるとは思えなかった。良い所で、効能は全く別の着色された薬ではないかという考えだった。
しかし彼らとは正反対に、貴族は再び価格の吊り上げ競争を繰り広げる。失明の治療と言う局所的な用途に対して、良くも大金を提示できるものだ。用途以上に、所有欲が彼らを奮起させているのは間違いないかった。
失明の治療薬は中銀貨八十四枚で落ち着いた。
響き渡る金額の提示宣言に、早くもライとアルマは参っていた。
そうして闇オークションは続いていく。三品目以降の価格は、当然のように金貨を投げ合う熾烈な戦いとなった。
ライたちにとって、金貨なんて見たこともなければ手に入れたこともない。百枚あれば、最低限住まえる一軒家が建つらしい。それを聞いて、貴族の恐ろしさに顔が青ざめた。
だが、それだけならばまだ良かった。ブルジョワが過ぎるお買い物として楽観視することもできる。三人の間で物議を醸したのは、次の競売品だった。
透明な袋に密閉された白い粉末。それまでに出品された物と比べれば、最も味気ない見た目だ。
会場の雰囲気も合わせて静まり返る。
一時休戦を示すこの静けさに、罵声にさらされた耳の麻痺具合は治らない。まだ鼓膜の辺りがジンジン鳴っている。
「何だあれ。ホットケーキミックスか?」
「ホットケーキ……? 何ですかそれ?」
ライは適当に、この世界にあるはずもない物を言って見せる。
しかしお気楽な彼の隣で、グランは目を光らせた。
「馬鹿なことを言うな! あれは麻薬だ!」
「はあっ!?」
いよいよ違法な領域に踏み込んだのだ。
「さあさあこの魔法の粉! ひと吸いするだけで、夢のような時間が味わえる逸品!」
バロンの間接的な表現により、グランの発言の信憑性が高まる。
「お値段は、今ならたったの小銀貨一枚! こちらは在庫がたくさんありますので、焦らなくて大丈夫ですよー!」
バロンの提示に、貴族たちの反応は――。
「なんてお買い得なんだ!」
「一つ、二つ……いやもっとだ!」
目の色が変わり、ステージに向けて何本もの列を形成していた。
これが王都の貴族の裏の顔、いや本来の顔と言えるかもしれない。
全ての貴族に当てはまるわけではないが、少なくともこの場に集まる者たちはドラッグが販売されることを知っていたのだ。
「し、信じられません!」
アルマは覚悟が決まっていたはずなのに、それを超える衝撃を受け、固唾を呑んでいる。
「残念ながら、これが今の王都の姿です」
「やってることが違法なら、バロンを捕まえることが出来るんじゃないか?」
「確かにそうだが、奴を捕らえるには状況が悪い」
混乱による貴族の人並みに揉まれてしまえば、バロンまで手が届かない。そうなれば彼は永遠に姿をくらますことになるだろう。
グランは言葉を続ける。
「ここで一番問題なのは、奴がどうやってあんなにも大量の薬物を持ち込んだか、だ」
王都ミューゼンベルクに入るには、どの方角からであっても、必ず検問を通過しなければならない。バロンは荷車を引いてやって来た大商人。人目を欺くことは到底不可能だ。
「確かに……。協力者がいると考えた方が自然ですね」
「はい。その人物を炙り出すためにも、この場は一旦奴を泳がせます」
「分かり……ました」
アルマは良心が痛んでいることだろう。しかしここはグッと堪える。
以降はしばらく、違法薬物の取り扱いが続いた。他の競売品に比べれば安価な値段で、かつ大量の在庫を抱えていることから、貴族たちの購買意欲は収まる所を知らない。
最後には、悪魔が命を散らす際にもたらす黒い粉を集めた物までが売られた。効用は非常に危険で、魔力を飛躍的に高める代わりに、焼けるような体の痛みに襲われ、自我を失うという劇物だった。
とても看過できることではない。しかしここは今後の事態再発防止のためにも、唾を飲み込んだ。グランは
「手に渡った薬物は後で騎士団で回収でもすればいいだろう」
と渋々言っていた。
騎士団の人間がいるとも知らない会場の雰囲気は、気持ちの良い物となっていた。そう、薬物を摂取した時のように。たった三人を除いて。
ライたちは疲弊していた。ただ事の成り行きに注視しているだけだったが、見るに堪えない時間を長く感じた。
そして、遂にオークションは最終工程。バロンは再度場を静めさせる。
「さあさあ本日の目玉! 非常に非常に……非常に! ……価値ある物となっています」
溜めに溜めた発言の後、彼はステージの裾から台座を引っ張り出した。
目玉商品とやらは、黒い布が掛かっており、まだ見えない。
「出でよ、絶世の美女!」
バロンが勢いよく布を床へ捨てた。
そこに現れたのは――。
貴族の舞い上がりが最高潮になるほどに。
「……!」
そしてライたちも目を見開いてしまうほどの美女。
決して彫刻ではない。肖像画でもない。水晶体に閉じ込められた、生身の女性。
白いローブと長い金髪。両目を瞑っているため瞳の色は確認できない。
だが絶対の自信があった。ライとグランにとって、彼女は今でもかけがえのない仲間だ。
光を浴びる祭壇に祀られているのは聖賢。
その異名を冠した転移者で間違いなかった。




