Tale 28. 闇オークション(2)
そして月の出の刻。
「さあ、行こうか」
真っ先に闇オークションの会場へと向かおうとするグラン。
一方でアルマとライはモヤモヤしていた。
「その前に教えてくれ、あの暗号の意味を」
「そうだったな……。歩きながら話そう」
三人は人気のない路地に入る。
バロンが配布していた紙。そこには大きく分けて二つの図柄が描かれていた。
一つは碁盤の図。これは王都の区画の一部を示している。色のついた箇所は、すなわち闇オークションに関連する事柄が待つ場所だ。それが一箇所でないことから、闇オークションへの場所の手掛かりが分散しているのだろう。
もう一つは直線と円の幾何学的な図。これは闇オークションの開催時間を示している。詳細を言えば、水平線は地面を、そして円は月の位置を示しているのだ。
目安の時間は今よりも少し後のこと。碁盤の図に沿って情報を探れば、自然と間に合うだろう。
「なるほどな。王都に詳しいお前だからこそ、解けた暗号ってわけか」
「まあそんなところだ。闇オークションには、昼間は姿を見せなかった貴族たちも来るだろう。一般民よりもこの街に詳しい彼らには、この暗号を解くことは容易いだろうさ」
種明かしを聞きながら、三人は一つ目の目的地に辿り着いた。
だが、そこはフェンスに囲まれた行き止まり。手掛かりどころか、目に入るのはポイ捨てされたゴミだった。
「何もないぞ。絵の示す場所は本当にここか?」
ライはあの紙を、それを解読したグランを疑う。しかし彼は揺るがない。
「間違いない」
そうこうして周囲に何かないか確認していたところ、背後から全身真っ黒な人影が。
闇夜に紛れることにより、さらにその人物が気配を溶け込ませるのに秀でており、三人は話しかけられるまで気が付かなかった。
「あら、立派な騎士さんね。子供を連れて一体何をしているのかしら」
トーンが少し高めの、特徴的な女性の声だ。
顔は覆面で隠されていて、その人物から分かる特徴はそれだけだった。
「……!?」
グランも内心は驚いただろう。無論、ライとアルマは身を竦めたが、彼は外面は平然としていた。
「お褒めに預かり光栄です。私たちは今朝この街に着いたばかりでして……。街を散策していたところ、素敵な商売をされている方がいたので、一品買いましたらこの紙を貰いましてね」
グランは例の紙を女性に見せる。
「お客様だったのね。……ではこれをお渡しするわ」
グランの手の上には、闇夜に反抗的な橙色に輝く石片が渡された。
そして何も言うことなく、女性は路地を引き返して姿を消した。
緊張から解放された三人は一斉に息を吐いた。
「おいグラン、バレてないだろうな?」
ライは本当に小声で耳打ちする。
グランが騎士であると見抜かれた上での心配だ。何せ彼は全く武装を解除していない。私服警備員のような格好は出来なかったのかと、内心でグランを責める。
「大丈夫だ。二人がいい感じに誤魔化しになっている」
それは侮辱と捉えて良いのか、ライは睨んで怒りを示す。
彼を見てグランは、
「そんな目をするな。実際、俺はお前よりも年上だからな」
と言った。
確かに、グランは年齢的には二十代後半だろう。【聖光の五英傑】は学生の集まりではない。偶然意気投合した五人のプレイヤーで結成されたに過ぎないギルドだ。
「とにかくだ。この石がオークションの会場に入るために必要なのだろう。残りを集めるぞ」
三人は目印の場所を順に順に回っていく。その先では、必ず黒い女性に出会い、石片を渡された。
彼女は分身術でも使える同一人物なのかと思考を巡らせるも、その結論は出なかった。
そしてパーツを全て集めた時、最後に女性は言った。
「光の示す場所を目指しなさい」
女性は姿を消し、場所を変える三人。
「“光の示す”ってどういう意味でしょうか?」
「俺も分からないな」
グランは思考に耽る。
その意味を、三人は理解することは出来なかった。
「とりあえず、情報を整理しよう」
ライは提案するが、情報を整理すると言ったって、手元にあるのは数個の石片と紙一枚だ。
ひとまず集めた石片を見ることにして、全てをコンクリートの上に転がす。色と輝きはどれも同じ。違いと言えば、その欠け方だけだ。
元々は一つの宝石だったのではないかという予測は、そこから明らかだった。
しかし割れてバラバラになった欠片がくっ付くはずもない。そう思っていた矢先のことだ。
各々が宙に浮いて神秘的に回り始める。螺旋を描くように密集していくこと十数秒。最終的には角の取れた一つの琥珀の輝きを成した。
ライはそれを手に取り、もう一度光について思考し始めた。
今一番身近に感じられるのは月の光。そこへと石を掲げて見せる。
すると琥珀石を通して、細い光が地面へと放たれた。
「これは……!」
「でかしたぞ、ライ!」
グランも嬉しそうだ。
あとはこの光が示す場所をどう解読するかだ。まさか、今光の差すコンクリートの下に会場があるわけがない。
進捗はここで止まってしまった。全く進まないよりはマシだが、時間が迫っている以上、焦ってしまう。気持ちをリセットするため、ライは空を見上げた。
「はぁ……こんな時にも月が綺麗って思っちゃうなんて」
「何呑気なこと言ってるんだ」
「でも分かります、その気持ち。私たち人と共通点があるから……かもしれませんね」
アルマは笑ってそう言う。ライは彼女の言葉の意味が分からなかった。
「共通点? 人と月に?」
「はい。月って、魔力があるんですよ。だからですね、気持ちが落ち込んだ時はこうして空を見上げて、スピリチュアルパワーを貰うって言えばいいんですかね。私もよくやってました」
「月に魔力か。無意識のうちに共鳴してるのかもしれないな」
少し浪漫のある話だなとライは思った。
一方で、グランは一つ気付いた。
「月に魔力。……そうか!」
グランは手元の紙切れと石を、月に一直線に掲げる。
早速試してみると、正解だったようだ。紙全体が光り輝いた後、碁盤の図に新たに一点の印が追加されていた。
「なるほど。この紙、魔術古紙だったのか。お手柄です、アルマさん」
今考えてみれば、石片が接着したのは、月の光に含まれる魔力の影響だと言えた。
そうして完成した十分な魔力を含む琥珀石。それを月の光に通すことで最後の一点に印を刻むように、最初から内部情報として設計されていたのだろう。
「やったな! それでグラン、この場所がどこか分かるか?」
「ああ、こっちだ!」
少し時間を消費し過ぎた思いから、三人は急ぎ気味に碁盤の示す場所へと移動した。
辿り着いた先には一つの錆びた大扉が。周囲に他の人々はいない。
グランがそこを躊躇なく開け、先陣を切る。
下方向に続く階段。照明の少ない足元に気を付けながら下った先は、一つのホールだった。
大規模な人数を収容するには少し狭い。座席の数は、百と少しというところだ。
三人が着いた時には、既に席が埋まりかけていた。大多数が貴族なのは、その風貌から明白だった。
恐らく彼らには、最初から明確に示された場所の情報が行き届いていたのだろう。要するに闇オークションに慣れた、常連とでも言うべき者たちだ。
この瞬間、アルマは旅路でルシアに言われたことを身をもって感じた。これほどの権力者たちが闇に染まっているのだから。
三人は空いている席に座ることが出来た。と言っても、最後列の一角だ。競売品を近間で見ることは叶わないだろう。
グランは見た目通り臆することなく座っている。その一方で、ライとアルマは落ち着きがない。自分たちに対する貴族の目が気になるのもあるし、自らが悪の道に一歩踏み出そうとしているかのような罪悪感に苛まれているのもあった。
そんな子供の垢抜けなさも、照明が消えて真っ暗になれば、その静寂に呑まれてしまった。
「始まるぞ」
グランのその一言が聞こえたすぐ後、正面のステージにスポットライトが当てられる。
そこには昼間見たままの格好の、闇商人バロンの姿があった。




