Tale 28. 闇オークション(1)
翌朝、ライたちはグランに案内されるがままに、どこかも分からぬ区画を歩いていた。
早速調査に入るとのことだったが、辿り着いたのは貴族が住まうような場所とは程遠い、広場の一角。豪邸はおろか、周囲には普通の住居しかない。
「おいグラン、貴族の調査をするんじゃなかったのか?」
ライは後頭部に手を組んで当てている。何のためにここに来たのか、まるで分からない。彼はそう言う気持ちだった。
「もちろんそのつもりだ。だが、まずはここでやらなければいけないことがある」
「やらなければいけないこと……ですか?」
アルマもまた、今の状況における目的を理解できていなかった。
「昨日言いましたが、今回の件、色々と複雑な事情が絡んでいます。最初に調べるべきことは、ここで起こります」
グランがそう言った矢先、広場のど真ん中に立派な荷台を引っ張る、アルマと同じ程度の背丈の男が現れた。重そうに引いていた荷台のハンドルを放し、一息ついていた。
そして人が大勢いるわけでもない広場に向かって声を響かせた。
「さあ見てらっしゃい! ここでは手に入らない代物の数々!」
声に釣られて、次第に広場に人だかりが形成されていく。
その様子を立ち位置変えずに眺める三人。
「始まったな」
「ここに来たのは、あれが目的か?」
「そうだ」
「あれって、商人ですよね? 今回の件と何か関係が?」
巧みな商売術を披露している男。彼は日差しの強いこの晴天下、黒服に黒いシルクハットを被っている。
人の隙間から見える商品の数々も別に怪しくはない。人目を惹く大きな宝石、細やかな装飾品といった女性が是が非でも欲しくなるような物が。他には木彫りの彫刻や珍しい柄の絨毯などの民族工芸品が。
気が付けば、商人は客の喧騒に押し潰されそうになっていた。
そんな中、彼は笑顔を忘れずに一人一人に丁寧に接している。仕入れている商品からも分かるが、商売にはかなり慣れている様子だった。
「あれは帝国からの商人です」
「帝国!?」
アルマは商人が怪しく見えてしまう。全身が黒いだけに、それはもう手のひらを返したかのように。
「商人か。そう言えば、王都ではめっきり見ないな」
「昨日検問を通って来ただろう? 手荷物検査がある分、ここを商売地に選ぶ者はかなり少ない。商売をするならノーチェルの方がずっと好待遇だ」
ライはノーチェルでの光景を思い出す。あの街は確かに商人の受け入れには寛容だ。のびのびと商売をするなら、自分だってノーチェルを選ぶだろうと考えが及ぶ。
「帝国って言われると、露骨に怪しく見えますね」
アルマの頭には、帝国の人間が王国の人間に毛嫌いされている、という因縁が浮かんでいる。そんな彼女の思考をトレースしたかの如く、グランはこう言う。
「アルマさんは、帝国の人間についてどう思いますか?」
「非道な行いを繰り返す、悪人が集う国……でしょうか。ですが、それは帝国のほんの一部の姿なのかもしれません。真っ当な人だっているのではないかと、私は思います」
昨夜の就寝前の話により、アルマの見解は改善されていた。きっとルシアやライと話し合うことがなければ、今も彼女は偏った意見を披露していただろう。
グランは驚いた後に、柔らかく頷く。
「アルマさんは優しい方ですね。王国の大衆が抱くイメージは、アルマさんが最初に仰った通りです。ですが、前方を見てください。彼らは己が欲望に正直です」
アルマもそう言われて気が付いた。帝国の領土内で採れる物云々を差別の理由にしているという現実。それが嘘であるかのように、今は王国民が他人の目を気にもせず寄って集っている状態だ。
彼らは目の前の商人が帝国からの者である事を知らないのかもしれない。もしそうであっても、今こうして彼らは商品の一つ一つに魅入りしているのだから、帝国民を差別できる正当な理由はどこにもない。
つまり、本質的な部分は何も変わらないのだ。王国民も差別という非道な行いのためだけに、帝国民を中傷する理由作りに事実か噂かも分からない事象を利用しているだけなのだ。そのように自分を絶対の正義だと思い込む輩が、悲しくとも今の王国には存在している。
噂と無知が導いた現状だとも言えるだろう。
「帝国は絶対悪ではない。善人だって悪人の数以上にいる。そして王国にも善悪は入り混じっている。私もアルマさんと同じ考えです」
アルマはグランの考え方を尊敬してしまう。これだけ立派に、周囲に流されない自分の意見を自らで導き出し、はっきりと言えること。それが王女の信頼を買っているのだと、そう思った。
しかし当のグランは、次には言葉を刃のように発した。
「だが、あの商人に関しては黒だ」
「え……?」
唐突な変容に、アルマはグランの顔を見上げる。その視線は冷徹で鋭い。だがそれは、彼の信念と忠誠、そして正義のもとにあった。
「……そろそろ、どういうことか教えてくれ」
アルマとグランの会話をオカズに商売のやり取りを眺めていたライは退屈そうに言う。
「奴の名はバロン。見ての通り商人だ。騎士団の調べによれば、帝国の逸品を揃えた腕利きの商売人だ」
「そりゃあ、今もああしてるからな。腕利きだってのは分かる」
バロンは未だ金銭を片手に、商品を片手に忙しそうだ。
「問題なのは、それが表向きだってことだ。奴には裏の顔がある」
「裏の顔……ですか?」
「例えば、あの赤い宝石を見てください」
グランの差した方には、同じサイズの赤い宝石が幾つも並べられていた。
「あれはトルカルビーという帝国の一部の鉱脈でしか産出されない希少な宝石です」
「綺麗ですね。一体いくらするんでしょう……」
トルカルビーは太陽の光に透き通っていた。
「実はあれ、偽物なんです」
「偽物!?」
アルマは大声を上げてしまい、ハッとする。しかし三人は物陰から見守っていたため、彼女の声が前方の衆人まで届くことはなかった。
「ど、どうして偽物だって分かるんですか?」
「ここで商売をするには検問を通る必要があるっていうのは、もうお分かりですね。王都ではトルカルビーの輸入を規制しているんですよ」
「規制? どうしてですか?」
予想は出来ていた質問だろうが、グランは一瞬口を噤む。そして声を小さくして話した。
「帝国がトルカルビーの人工的な製作に成功したからです」
「偽物の流出を避けるため、という事ですか?」
「理由の半分はそうです。そして、許されないもう一つの理由があります」
「許されない理由……」
「トルカルビーの製作には、人間の生き血が大量に必要だという事が分かったからです」
「人間の血だと!?」
ライは恐る恐る行商の光景を眺めながらそう言ったが、アルマは言葉にならない様子だった。
「今売られているルビーもそれで間違いはない。しかし……」
グランは前方を睨んだ。
「そんなに張り詰めた顔するなよ。調査はこれからだろ」
「……悪い。あのルビーの正体が何か分からずに買っている一般人たちに罪は無い。だが、彼らを手玉に取って弄んでいるあの悪徳人は絶対に許せない」
「お前の気持ちはよく分かったよ、グラン。で、これからどうするんだ? 奴の闇を徹底的に暴くのか?」
「バロンに関しては、大体の事は割れている。奴が裏で行っている大規模な事に、闇オークションがある。金銭的価値があまりに高い物や非合法な物を、客の提示する金額で売る場所だ」
「闇オークション……ね。だからこの場所に来るのを急いでたのか。……それで、その場所は?」
グランは躊躇うことなく答えた。
「分からない。騎士団の事前調査で明らかなのはそこまでだ。奴もどんな手口を使っているのか、中々尻尾を見せない」
「つまり、大本命の貴族もそこに絡んでると考えていいのですね?」
「はい。まずは奴、バロンに探りを入れてみましょう」
調査がやっとグランの提案から始まる。
だが一同は気合いの入る一方で、動こうとしない。
探りの入れ方が分からないのだ。まさか「闇オークションの会場はどこですか?」と聞くわけにもいかない。バロンに繋がりがあるなら、尚の事慎重になる必要がある。
そして終いにはグランの格好だ。白と青の鎧だけでなく、剣も盾も目立ちすぎる。彼が近づけば、バロンの警戒心を高めてしまうこと間違いない。
失敗が許されない事にたじろいでいたところ、客の群れから一人の男性が抜け出すのが目に入った。片手には購入した品を、片手には一枚の紙切れを有していた。
その男がバロンから離れ建物の陰に入った辺りで、グランは彼を捕まえた。
「すみません。ちょっとお話いいですか?」
「はい……」
見たところ平民の男性客だ。身なりも素朴。しかし購入品はそれとは段違いにかけ離れている。
情熱的に赤い箱型のオルゴールだ。意匠の凝らした黄金の文様が美しい。さらにはそのオルゴールの象徴だろう、箱を開けると澄んだ深紅の宝石が顔を覗かせた。例の人工ルビーだった。それについては何も言及せず、グランは当たり障りない言葉を選んで話す。
「そのオルゴール、素敵ですね」
「妻の誕生日に贈ろうかと思いまして。コツコツと貯めたお金で、ギリギリですが買うことが出来ました。いやぁー、良い買い物ができました」
男性は晴れ晴れしい笑顔で話す。明らかに、バロンを闇商人と知っての行動ではなかった。
「それは良かった。ところで、そちらの紙切れを見せてもらっても良いでしょうか?」
「はい、構いませんよ」
男性からの一枚の紙。薄茶色っぽい色味で、触ると良質な紙であることがすぐに分かった。
グランはそれを眺める。正方形のマス目で区切られた碁盤に対して、何箇所かに色が塗られていた。あとは定規で引いたような水平線の上に、傾いた半円が一つ。落書きにしては随分と幾何学的かつ抽象的だった。
「あの、この紙、貰ってもよろしいですか?」
「良いですよ。価値のある絵なのかとも思いましたが、どうやらそう言うわけではなさそうですし。お持ちください」
「ありがとうございます。奥さん、喜んでくれるといいですね」
そう言って男性を見送った後、三人は同じ物陰で紙を囲む。
ライとアルマにはその意味が全く分からなかったが、グランは一目見ただけで把握した。
彼は、この紙には闇オークションの場所と時間が示されていると言う。どう解読したのかはさておき、確証とさらなる情報が欲しいので、三人は手分けして商品の購入者を当たることに。
バロンの目に入らない物陰に入ってから行動すること。そして平民に声をかけること。この二つを順守してだ。
数十分の聞き込みの末に判明したことは、その紙が購入者全員に配られたわけではないということだった。概算だが、中銀貨三枚以上の買い物をした者にのみ配られていたようだ。闇オークションではその程度の額を払えないと話にならないということだろう。
バロンの商売はまだまだ続いており、本番の闇オークションまではここに滞在する勢いだった。グランたちは一度その場を離れ、月が出始める頃に改めて行動することに。それまでは各々で時間を過ごした。




