Tale 3 冒険者ギルドへ(4)
硬直しているライを見て、レイネールは微笑んだ。
「そんなに緊張なさらなくて大丈夫ですよ。そうだ……普段の話し方の方がやり易いでしょう。自然体で接していただいても結構ですよ」
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
明らかに目上の人間にタメで平然と接するほど、ライは常識外れではない。
「そうですか。それでライさんの冒険者登録についてですが、こちらからお願いしたいほどです。森の主と呼ばれる、フォレストバインを簡単に倒してしまうほどの方ですから」
「森の主……。そのフォレストバインっていうのはそんなに強いんですか?」
ライがそう言うと、女性二人は驚いた後で面白いものを見るように笑う。
「あまり笑っては失礼ですよ。アルマさん」
「いえ、怖いもの知らずなんだなって」
「異世界から来た方ならば、この世界の物差しが分からないのも当然。フォレストバインというのは、ここグリュトシルデ周辺の森林地帯に潜む植物モンスターです。森林に侵入する者をその無数の蔓で拘束し捕食する。そんな力関係で森林地帯の食物連鎖の頂点に立つのが、あのフォレストバインというモンスターなのです」
「そうだったんですか。もしかして、俺がそいつを倒した事で生態系が変わったりするんですか?」
ライは自分が取り返しのつかないことをしたのではないかと焦ってしまう。
しかしその不安を解消するように、レイネールは微笑んだ。
「いえ、その心配は無用かと。実はフォレストバインと十分に張り合える者がうちのギルドに今不在でして……。増殖している現状に頭を悩ませていたのです」
「だから普段は奥の湿地で生活しているフォレストバインが餌を求めて入口の方まで来ていたのですか」
森の主の事情を初めて知ったアルマも、合点がいったようだ。
「フォレストバインの討伐に関しては、近いうちにクエストを発行しようと思っていたのです。今手の空いているうちの冒険者が全員でかかれば数体は処理できると思うのですが、戦力差が明確で少々不安に思っているんです」
「俺も協力しますよ」
ライは得意げに出しゃばる。
「はい。その時はよろしくお願いします」
「レイネールさん、話がそれていますよ」
口約束を一つ交わしたところで、アルマはレイネールに釘を刺した。
「おっと、そうでしたね。それでライさんの冒険者登録ですが、少々事務的な準備も必要ですので、明日またいらしてください。それと、今日中に伝えておきたいことがあれば仰ってください」
「そうですね……。俺には他に四人の仲間がいたんですけど、そいつらもこの世界に来ているかもしれないんです」
「お仲間ですか……。分かりました。時間はかかると思いますが、私の方でも情報を集めてみます」
「ありがとうございます」
何から何まで話を聞いてくれるレイネールにライは感謝の気持ちで一杯だった。
「では、今日はもう遅いので気を付けてお帰り下さい」
ライとアルマはレイネールに挨拶をすると、部屋を出て二階に戻った。
「これからどうする?」
「そうですね……。食事の続きをするか、宿に行くかですね。ライさん、お腹はまだ空いていますか?」
「いや、大丈夫。ところで、宿に泊まるって言ったけど……」
「心配しないでください。宿代は私が払うので」
ライがストラティアの通貨を持っていないこともそうだが、助けた礼を兼ねてのことだろう。アルマは胸を張ってそう言った。
「ありがとう」
「気にしないでください。さあ、宿に行きましょう」
二人は階段を下り、まだまだ元気な酒場客の横を通って建物を出た。
外はやはり静かで、酒場の喧騒に揉まれた後だと調子が狂ってしまう。
「不思議な人だったな」
ライはふと呟いた。
「レイネールさんのことですか? 私が初めて会った時もあんな感じでした」
「何であんな人がギルドマスターなんてやってるんだろう?」
彼女の格好は冒険者なんて荒くれ稼業とはかけ離れている。もっと彼女に相応しい職があるはずだとライは思っていた。
しかし、その疑問を解消できる答えはアルマからも出てこなかった。
「さあ……。そう言えば、私も聞いたことがありませんね。人に明かしたくない事情があるのではないでしょうか」
誰にだって秘密の一つや二つはあるだろう。そういったことは軽々しく聞かれたくないものだ。
本当にレイネールがギルドマスターという立場にしがみつくことに特別な事情を抱えているのなら、そこに土足で踏み入るのはご法度だ。ライはこれ以上彼女について考えるのをやめた。
それからしばらく、二人は無言で歩いた。街が静かすぎて逆に気まずい空気になってしまい、両者口を開くことができなかった。
しかし目的地に着いてしまえば、そんな静寂も自然に破られた。
「ここが私の泊まっている宿です」
街の外れにあるわけでもない宿屋。ギルドの建物には見劣りするが、建物の劣化もなさそうで、印象としては休息を取るには及第点と言った感じだ。
そうして外観を確認する中、ライは重大なことに気付いた。
(読めない……)
宿の入り口の上に掲げられている一枚看板。日本語でもなければ英語でもない、謎の言語が書かれていた。
(発音は一致してたけど、読み書きは違うのか……)
「どうかしましたか?」
アルマが、眉間に皺が寄っているライの顔を覗いてくる。
「な、何でもないよ」
「そうですか……?」
アルマはそう言うが、店の出入り口で立ち止まっているわけにもいかない。
彼女は無造作に扉を押し、ライもその後に続く。
「おおっ? アルちゃんじゃん。おかえりー」
受付に構える一人の少女は帳簿を眺めていたが、扉の音と共に顔を上げてアルマに気安く話しかけた。
水色髪をリボンで結った少女。白い肌に、肩や腰回りを露出させた薄着の格好で、接客する側としては不適切に近いのではないか。
だが、この世界では普通のことのようだ。
「なぜそんなに驚いているのでしょうか?」
アルマは慣れたように少女に対応していた。
「いやー。だって夜遅くまで帰って来ないんだから、今日は男のとこに泊まってくるのかなー……なんて」
「彼氏持ちみたいな扱いしないでください! 斬りますよ……」
アルマは剣を鞘から少しだけ出す。剣の刃の部分に光が反射する。
少女はそれを見て、慌てて訂正した。
「あわわ……。落ち着いてって! もー……アルちゃんは冗談通じないなー。……って、その後ろに連れてるのは、もしかして男!?」
少女の大声は建物内によく響いた。
そして数秒もしないうちに、上の階から足音が騒がしく鳴った。
「今の話、本当か!? ア、アルマに男だと!?」
男勝りな女性の声が聞こえ、その主は階段から身を乗り出して宿屋の一階を覗いていた。
「どーせ、スーちゃんの冗談だと思うよ」
ふわふわとした女の子の呆れた声も聞こえて来るが姿は見えない。彼女は事態を確認するまでもないと判断し、自分の宿泊部屋にでもいるのだろう。
「ち、違います! この方には助けていただいて……」
「なるほど。それで体でお礼をしようってことかぁ?」
「えぇ!? さすがにうちの宿ではそういうことはダメだよ! もっと場所を選んで……」
階段の彼女が話を曲解したせいで、受付の少女はさらに慌てる。
「ほーら、そういうことじゃん」
アルマの言い分を注力して聞いていたふわふわ女子は事情を正しく把握したようだ。
しかし目の前の女子二人は依然としてやかましい。
アルマの手は震え、イライラが抑えられず、遂にそれが殺意になって表れた。
ストンという音は階段から下りずに笑い続ける少女の髪を少し巻き込んで、壁に突き刺さったのだ。
「あ……」
「あんまりふざけているようだと、斬りますよ。……本当に」
最後に念を押して自分の意思を伝えると、それが伝わったようで、主犯二人は口を揃えて「ごめんなさい」と言った。




