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Tale 27. 青白の聖騎士

 淡い金髪に、あの日装備していた青と白の混色の鎧は今も健在だ。

 クロス・ファンタジーの聖剣と聖盾も彼の手中だった。


 いつの間にか、二階での歓声は収まっていた。それどころか騒めきは接近していた。どうやら立派な武装に身を包む、このイケメン聖騎士グランへの声援だったようだ。


「無事だったんだな」


 ライは【聖光の五英傑ホーリー・クインテッド】のメンバーとの初めての再会に、感慨深くなっている。


「お前こそ、元気そうで何よりだ」


「ところで、ようやく来たとか言ってたけど、もしかしてお前が俺たちを呼んだのか?」


「ああそうだ。……ここからは仕事の話だ。場所を変えよう」


 そう言って三人は飯店に移動することに。

 ライたちがいつも通う酒場とは異なり、客の組ごとに個室が用意される店だ。音も一定数遮断され、落ち着いて食事も会話もできる。プライベートスペースとしては十分だろう。


 雰囲気は日本の居酒屋の個室のようなものだ。掘りごたつはないが、今は背もたれの長い椅子に座って、机を囲んでいる。

 透明なグラスに入ったお冷が提供されると、グランは一気に半分を飲み干した。


「まずはミューゼンベルクへようこそ。ゆっくりして行ってくれと言いたいところだが……」


「そんな時間は無いんだろ」


 ライもまた冷えた水で、旅路で乾いた喉を潤しながら言った。


「その通りだ」


 気兼ねなく言葉を投げ合う二人。お互いにとって久しい感覚だった。

 そんなところに、小さくなっているアルマが尋ねる。


「あの……この方がライの仲間のお一人……なんですよね?」


「はい。……自己紹介がまだでしたね。私はグランと申します。ライとは古くからの知り合いで、今は王国騎士団王女直轄部隊の隊長を務めています」


 ただのゲーム仲間だが、旧知の仲ということにしておけばその一言に尽きる。余計な説明を挟む必要がないからだ。


「私は冒険者のアルマと言います。よろしくお願いします」


「そんなに硬くならなくて大丈夫ですよ。普段、こいつと接してるようにしてもらって構いません」


 アルマは返事することを忘れ、グランに見惚れている。開きっぱなしの小さい口がその証拠だ。

 【聖光の五英傑ホーリー・クインテッド】には女性人気を誇るプレイヤーが二人いる。一人はギールで、もう一人がこのグランだ。両者の方向性は違うが、グランはその紳士的な対応と気遣いの細かさから万人受けする人気があった。アルマもまた、その虜になりかけていた。


「お前はその悪気の無い女ったらしな振る舞いを何とかしろよ」


「何だ急に。俺は普通に接してるだけだ」


 グランは少し鈍感なのだ。もう一人のギールはわざとらしく自分を惹きたてて振る舞う一面があるが、その意味ではこの二人は対照的だった。


「まあいいや……。色々話したいことがあるんだよ。まず、王国騎士団の隊長か……。出世したなあ」


 仕事の話が頭を(よぎ)ったが、少しくらいの脱線はいいだろう。ライが今いる個室は、それだけの心の余裕を与えてくれていた。


「事情があるんだよ。……俺も最初は大変だった。目が覚めたらお前たちがいないんだからな。全く訳が分からなかった」


「まあ俺もそんな感じだったなあ。アルマが助けてくれなかったら、今頃どうなってたか……」


 グランは柔らかい表情で、アルマに向く。


「アルマさん、ライの面倒を見て頂いてありがとうございます」


「い、いえ! 助けてもらってるのはむしろ私の方で……!」


 アルマは顔が赤くなる。少し早口にもなっていた。


「……それよりも、王女直轄部隊っていうのがあるんですか?」


「そうだよ! お前、王女様のお抱えになってたのか! くー、モテる男は大変だな!」


 ライはいつになく気分が高揚していた。そして皮肉を込めてグランを持て囃す。


「事情があると言っただろ。大体は成り行きなんだけどな」


 成り行きという言葉が、またライを刺激していた。ライが冒険者になったのも、アルマの助言による成り行きなのだが。彼の握るグラスは既に氷だけになっていた。

 そこへ注文した料理が運ばれてくる。一通りが並んだ時、グランは面持ちを変えて再度話し出した。


「さて、過去話に花を咲かせるのもいいが、二人を呼んだ理由を話そう」


 グランがライたちに協力を仰ぎたい事、それはある貴族の身辺調査だ。

 別に王国騎士団の範疇で請け負っても問題ない一件だ。だがグランは、ひと月前に満月の塔に侵入した冒険者の中に弓を背負った者がいたとの報告を受けた。彼はその人物がライではないかと予想したのだ。

 もちろん確たる証拠はなかったが、別の人物が来ていたならば、その時はその時だ。問題はなかったとグランは言う。


 要するに、かつての仲間と出会える可能性があるならば、それに賭けてみようと思っただけなのだ。その観点から言えば、協力の要請は二の次だったのかもしれない。

 とにかく、“一番の弓使い”という条件を課して派遣されてきたのは見事にライだった訳で、グランとしては安心できる結果だった。


「なるほどな。大雑把には分かった……大雑把にはな」


 貴族の身辺調査とだけ言われても、ライとアルマには具体的な想像が及ばない。ライにとって貴族とは、中世ヨーロッパに存在していた裕福で実権を持つ者というイメージしかない。そしてアルマも十五年間生きてきた中で、貴族との関わりはおろか、その単語を聞くことも滅多にないのだから。


「それ以上言うな。詳しいことは明日、移動しながらでも話そう。今回の一件、色々と事情が複雑だ」


「そうですね。今全部を言われても、整理しきれないです」


「そうでしょう。今日はこの辺でお開きにしましょう。宿は用意してあるので、案内しますね」


 個室を出た三人は、派手に色付いた夜の王都を歩く。

 同じような通りが何本もあって、ライとアルマは迷いそうだった。しかし、今は頼れるグランがいるから大丈夫だ。


「宿の用意までしてるなんて、お前は本当に気が利くな」


「王女殿下がわざわざ用意して下さったんだ。感謝するんだな」


「王女殿下ですか!?」


 アルマは驚くと同時に恐れ多くなる。王族と平民風情では、財力も権力も格が違いすぎるし、接触する機会もほとんどない。その王女が初対面の冒険者に気を遣ったのだ。さぞかし全ての人々に平たく接することのできる、心の広い人なのだろうと思ってしまった。


「しっかり感謝しておくように」


「きっと凄い宿なんだろうなあ」


 ライは想像が止まらない。ノーチェルで発見したシックな宿も何泊もしたくなるような場所だったが、今はそれどころじゃない。何と言っても、王族がコンタクトを取る宿だ。そこらの宿とは格が違うだろう。


 実際、案内された先は王族御用達の場所だった。自分の格好の場違いさに恥ずかしくなるほどだ。

 しかし他の客を気にする必要はなかった。建物自体が貸し切られているのだから。


「これが王族の本気……」


 ライはそれ以上の言葉が出なかった。


「少しやり過ぎ感は否めないがな。だけど、貸し切りなのにも理由がある」


「理由ですか?」


「こういった場所には、貴族なんかの権力者が集まります」


「……情報が漏洩しないように、ということですね」


「理解が早くて助かります」


 その後でグランは、ライの方をニヤリと見てくる。少し馬鹿にしたようにだ。きっと“察しの悪い奴”とでも思っているのだろう。

 当のライは彼に無言の鋭い視線を返した。


 一方で、アルマの脳内には「だったら一般の宿でも良かったのでは」と思い浮かんでいた。しかしこれは王女の最低限のもてなしなのだろうと思うことにして、その有難さを受け入れることにした。


「では、私はこれで。アルマさん、ゆっくりお休みください」


(俺には労いの言葉は無いのかよ)


 アルマに一礼するグランを睨んでしまう。

 そんな思いが通じたのか、グランはライにも一言。


「ライもしっかり休んでくれ。明日迎えに来るからな」


 心が温まった。

 そして背を向け、自分の家に帰るグラン。王女のお抱えかつ持ち家があるとは、至れり尽くせりな待遇だ。身元不明な異世界転移者が独りで為せる所業ではない。


 ライはそう思いながらも、アルマと共に宿泊部屋へと案内された。

 通された先はもちろん最上階に一つだけ存在する、ロイヤルスイートと呼ぶに相応しい大部屋だ。


 宝石細工に彩られ、金が至る家財に使われていた。二人はその眩しさに、部屋に入ることも恐れ多かった。

 ストラティアで生きてきて、今が一番環境に恵まれているはずなのに、ライはなぜか最初は寝付けなかった。

 アルマも同じようで、照明を落とした後にも静かな時間は続いた。


 微かな常夜灯に照らされた彼女は物憂げに見えた。


「アルマ、どうかしたか?」


「……いえ」


「ミスカの事が気になってるんじゃないか?」


「……実は」


 普段よりもアルマの声は重々しい。


「何か知ってる事があるなら教えてくれないか? 俺はアルマの力になりたい」


 体現しがたいアルマの過去に一緒に向き合う事のできたライは、どんな困難でも解決できそうな気がしていた。

 起き上がって、横になっているアルマの方へ少し身を寄せる。彼女は天井をまっすぐに見つめていた。


「知っている事は何もないんです。ただ……」


「ただ?」


「ルシアに言われたんです。帝国が絶対悪には見えないって。だからミスカが捨てられたとかそういう話は、王国の見えない部分に関係しているんじゃないかって」


 胸中を吐露したアルマだが、表情は晴れていなかった。


「確かに、物事の見え方、考え方っていうのは人それぞれだよな。正直、俺は王国や帝国の良し悪しは全く分からない。グリュトシルデの外にこんなに長くいるのは初めてだからな」


「私も人生の半分以上はグリュトシルデで過ごしてきました。帝国に行ったこともなければ、王国中を巡ったこともありません。そういう意味では、私は大衆の噂に流されて生きてきたんですかね……」


「そうかもしれない。でも、俺だってそうなっていたかもしれない。これから本当のことを知り始めたって別に遅くはないんじゃないかな。帝国だの王国だの、それぞれの事情が気になるかもしれないけど、今は引き受けた依頼に集中しようぜ」


「……そうですね。変な心配をさせてごめんなさい。寝ましょうか」


 ライは頷くと、ベッドに潜り直した。

 安心したのか、それからすぐにアルマ眠ってしまった。

 その気持ち良さそうな寝息を聞くと、ライも安心に包まれ、夢の中へと落ちていった。

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