Tale 26. 王都への到着(2)
不穏な空気のまま旅路は進む。
そんな時に前方に見えた一つの巨体。体長は三メートルを超え、二百キログラム以上の重量はあるだろう。その大鬼は棍棒を片手に、ライたちの視界の端の畑へと向かっている。
「あれは何のモンスターだ?」
「オーガですっ! この時間に現れるのは珍しいですよ!」
ミスカははしゃぎながら言った。
そのオーガが何をしようとしているのかは、一目で分かった。ライは背中から弓を構える。
「警備の冒険者はいないみたいだな……」
ライは道から外れることなく、片目で狙いを定める。放った一本の矢はその軌道で三本に増え、それぞれがオーガの右腕、側腹、右足に刺さった。
もちろんオーガは三人へと狙いを変えた。作物から引き離すことが出来ればまず一安心。次にやるべきことは動きを封じることだ。
「【雷電光鎖】!」
オーガの頭上から帯電した鎖が振り掛かる。接触部分からは電流が流れ、オーガにけたたましい悲鳴を上げさせる。鎖の端々は地面と接合し、対象はうつ伏せで捕らわれる形となった。
「オーガを一瞬で、しかも生け捕りなんて……! やっぱり先輩の目は凄いです!」
輝くミスカの眼差しがライに向けられるが、感動の主な対象はマグノリアのようだ。
「はは……先輩の方か。……それで、こいつどうしようか?」
「抵抗する気がないようなら、放して問題ないかと」
「じゃあそうしよう。……よし!」
ライは鎖を消滅させる。オーガは全身の数か所に焦げたような傷が鎖状に残っているが、転がる棍棒を拾う意思は無いようだった。
顔を近づけて、話しかけてみる。
「お腹が減ってたのか?」
言葉が通じるとは努々思っていなかったが、返って来たのは強い頷き。ライはポーチから出発前に調達しておいた軽食を取り出し、オーガに手渡す。
「食べていいぞ。人が精魂込めて作った物は上手い。きっとお前にも分かるはずだ」
鬼の巨体にその料理は、焼け石に水程度の量なのは間違いない。しかしオーガは一口一口を味わっている、そんな気がした。
「もう畑を荒らしたりするなよ。……って言っても、それしか食べる物がないんじゃ、またやるのか……」
モンスターに何を言っているんだと、自分を嘲笑し、ライは立ち上がる。
そして再び道を歩き始める。
「アルマ、折角の遠出なんだ。今は楽しもうぜ」
オーガとの一戦、アルマはただ見ているだけで、今も調子はこれっぽっちも変わっていなかった。
「ごめんなさい、切り替えますね」
顔を小さく振ると、引き締まった表情になる。だが、彼女は戸惑っていた。
「あの、一ついいですか?」
「どうしたんだ?」
自分たちの後ろの地鳴り。
「どうして……オーガがついて来てるんですか!?」
三人の後ろには、道を塞ぐようにオーガが笑顔でいた。
ライのことを主人だと思っているようで、彼の支配下にあると言っても過言ではなかった。
「食べ物の恩って恐ろしいな」
「そんなこと言ってる場合ですか! どうするんですか、この子!」
アルマに指差されるオーガは、泣きそうな顔でライを見る。オーガは肉付きこそ人間離れしているが、案外感情は人間に近しいのかもしれない。または、このオーガが特別聞き分けのいい子なのか。
「どうするって言ってもなあ……。仲間が一人増えたと思えば、心強いだろ」
「オーガは集団では行動しないよ。だから一匹引き連れたところで、問題はないかなあ」
「だからって……。ええ……」
アルマは放心状態でオーガとしばらく目を合わせていた。
そんな思いもよらないことが起こる中、三人は無事王都ミューゼンベルクを視界に入れる。
街に入る際には、いつもの検問がある。王都というだけあって、門を潜るだけでは済まなさそうだった。
まずは一緒に来てしまったオーガを置いて行かなくてはならない。モンスターを引き連れるなど、追放対象になること間違いなしだろう。
少し離れた木々の茂る場所で、ライはオーガに優しく語りかけた。
「悪いな、お前は街に入れない。だから用事が終わるまで、ここで待っててくれないか?」
オーガは寂しそうに項垂れる。何だかペットを捨てているような気分に苛まれ、ライの良心は痛む。
「ここには食べ物もある。他人に危害を加えなければ数日は大丈夫なはずだ。必ず迎えに来るからさ、その時は一緒にグリュトシルデに帰ろう」
ライは手を限界まで伸ばすが、届いたのはオーガの筋肉質なももの部分。そこを撫でた後、遂に検問所へと向かう。
検問は順番待ちだ。他所からの客は多い。順番が回ってくるまで時間がかかった。
「次の者、入れ!」
凛々しい声が三人を招き入れる。グリュトシルデ、ノーチェル、そこの兵士たちとは数段洗練され具合が違っていた。
「王都に来た目的は?」
「騎士団からの呼び出しがあったからです」
ライは素直に答えた。
「騎士団からの呼び出し? ……そう言えば一件だけあったな。そっちの子は? 見た限りでは呼び出しには関係なさそうだが」
兵士はミスカに鋭い視線を向ける。驚いたのか、彼女はビクッと体を震えさせた。
「この子は、ノーチェルからの護衛を頼まれて連れて来た、冒険者ギルドの職員です」
「こんな小さい子が? ……見習いか?」
「はいっ! ミスカと言います!」
「……分かった。では、次に荷物を検査する」
一組当たりにかかっていた時間から察していたが、厳重な警備だ。
三人は検査を難なく通過した。二人が冒険者であることは冒険者カードから、騎士団からの呼び出しについては招集の手紙を見せることで証明された。ミスカがギルド職員であることも、提出予定の資料から明らかになった。
「よし、通っていいぞ」
三人は長いようで短い緊張から解放された。やましいことはしていないにせよ、王都を出る際も同じ検問を潜らなくてはいけないことを想像したら、心の中で大きなため息が出た。
ノーチェルは時間帯ごとの行商で賑わっていた。王都ミューゼンベルクはそれとはまた違う活気があった。
行商などがなくても、流行の先頭を行く服飾、漂う香りから食欲を刺激する美味な料理の数々が日常的に手に入るのであれば、王都を定住先に選ぶのも頷ける。さらに、行き届いているインフラは生活基盤の保障の証だ。
ライは今までグリュトシルデはそこそこの都会だと思っていた。しかし王都と比べれば、流石は都と呼ばれるだけはある。彼の街は長閑なく先に囲まれた田舎だと言えなくもない。
そんな都の姿に気を惹かれつつ、一行は冒険者ギルドへと到着した。
やはり建物の規模も違った。ノーチェル以上の土地面積を持っていながらも、二階建てだ。登録冒険者の数が計り知れた。
扉を開けると、冒険者たちの声が入り交じり、聞き取れないほどにうるさかった。
一階がクエストを受けるためのスペース、二階は休憩所になっているようだが、今はその二階が騒々しい。日常的な賑やかさとはまた異なり、敬意や憧れの混じった歓声だ。有名人でも来訪しているのだろうか。
しかし今はミスカを送り届けることが優先だ。クエストカウンターへと向かい、職員に事情を話す。
その後の成り行きは円滑だった。報酬として中銅貨を五枚貰い、ミスカとは別れることに。帰りの護衛は別の冒険者に依頼するとのことだ。
「ミスカ、ちゃんとやれよ」
「帰りも気を付けてくださいね」
「うんっ! 二人ともありがとう!」
ミスカと別れの挨拶を一言ずつ交わす。
そして本命の依頼に赴くべく、冒険者ギルドを去ろうとした時だ。
正面から、光に反射するほどに眩しい男が。
「ようやく来たか」
そう言って近づいて来る声の主に。
「……!」
ライは驚きと喜びのあまり固まってしまう。
「グラン……!」
姿かたち何一つ変わらない逞しい男が、二人を迎えた。




