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Tale 26. 王都への到着(1)

 次の日の朝、ライはヘッドボードに置いた紫水晶の光によって起こされた。


「も……もしもし」


 半目で掛布団から体を出さずに、ライは答える。


『もしもし、私だ』


 何とも怪しい挨拶。しばらくその一点張りならば、通話を切るべきだ。

 しかしその心配は今はない。朝からなんとはっきりとした大声だろうか。彼女の声はライだけでなく、アルマまでの脳に強い衝撃を与えた。


「ルシアか……。朝早くからどうした?」


 重い足取りでカーテンを開けに行く。朝早くと言ったが、そもそも日が昇っていない。一体何時なのかと、客室の壁掛け時計を見る。

 午前の四時を少し過ぎたくらいだった。少し睡眠不足気味に感じるが、疲労は自然と解消されていた。店主の自慢の羊毛の効果だろう。


『漁師の朝は早いんだ。両親が手伝えとばかりうるさいのでな』


「気分転換ってわけか」


『そういうことだ』


 ルシアの楽しそうな声が聞こえる。


「両親と喧嘩したって割には、随分と楽しそうだな」


『何年前の話だ。今では理解も得ている。そうでなければあんなに沢山の土産、持って帰らない』


 ルシアの背負っていたリュックは、確かに一杯だった。訪れた地で彼女が手に入れた思い出が詰まっていたのだ。そんな孝行者の娘がいて、両親は幸せなことだろう。


「そっか……。これから漁に出るんだろ?」


『ああ。そっちはどうだ?』


「昨日ノーチェルに着いた。見たことない物がいっぱい売られていたよ」


『そうだろう? ノーチェルは物流都市と呼ばれるほどだ。アルスエリア王国中の物は大抵手に入る』


「そうだったのか。今日の昼前には出発しようと思ってる。離れるのが惜しいな」


 ライの寂しげな声に、ルシアは笑って返す。


『ははは……! 旅とはそういう物だ。やり残したことがあれば、それはまた訪れたいという動機になる。完璧な旅を求めてはいけない』


「そういう考え方もあるのか」


『覚えておくといい』


 次の瞬間、通信機のさらに奥深くと言うべきか、そんな場所から小さい叫び声が聞こえた。続けて、ルシアの慌ただしい動作の音も聞こえ始めた。


『っと……両親が呼んでいる。王都まで気を付けるのだぞ』


「ああ、ルシアも船から落っこちないようにな」


『そんなヘマ、私はしないさ』


 ルシアの余裕ある顔が容易に浮かんできた。そして間もなく、通信は切られた。

 とんでもない睡眠妨害を喰らってしまったとアルマと笑い合う。


 再び寝るわけでもなく、窓を開けて肌寒い風を招き入れ、日の出を待つことにした。きっと建物に隠れてしまうが、それでも良かった。二人は何をするでもなく、その時まで適当に時間を潰した。


 そして街の人々が街路に現れ始め、朝市の準備をする声がノーチェルの街全体を目覚めさせる。

 二人は階下に降り、店主に挨拶をした。


「おやじさん、お世話になりました」


「こちらこそだ。どうだった、疲れは取れたかい?」


「それはもう! そう言えば私、行儀良く寝ていたかもしれません」


 アルマの自己新記録と言っても良いだろう。普段はベッドの至る所に寝返りを打ちまくり、髪もぼさぼさに乱れてしまう彼女は、今朝はそのどちらも発現していなかったのだから。


「それはベッドの質が良かったからだよ。お嬢ちゃんの動きを、羊毛が吸収したんだな」


 店主は出会ってから一番偉ぶっていた。その態度もアルマは納得だった。


「侮れないですね、高級ベッドも。もっとお客さんが来てくれるといいですね」


「本当になぁ……。そうだ、折角だから見て行ってくれよ」


 店主とライたちは外に出る。脚立を地面に置いてそこに乗り、店主は傷が付かないよう慎重に手を動かす。

 そして三人の目に映ったのは、新しいこの店の看板。昨夜話した通り、誰もが一目見て分かる文字入りの看板は、心機一転な店の始まりを祝していた。


 店主に手を振って見送られ、ライたちは通りを進んでいく。昨日食べていない物で朝食を済まし、早速街を出発しようと西門に差し掛かる。


 そこには待ち人がいた。身長差のある二名の女性。同じ制服を着ていて、背の高い方は直立不動、背の低い方は落ち着きがない。


「あれは……」


 ライたちが近づくと、マグノリアは乱れないお辞儀で迎えた。


「お待ちしていました」


「確か、マグノリアさんと……」


「ミスカだよっ!」


 ミスカは飛び跳ねながら答えた。すると制服の襟元をマグノリアに掴まれて、地から足が離れていた。


「そそっかしいです。ギルドの職員としての自覚を持ちなさい」


「はい……」


 マグノリアはミスカを解放せず、話を続ける。


「マグノリアで構いません。誰も私を敬称で呼ぶ者はおりませんので」


「そっか、分かったよ」


 マグノリアの要望に応え、ライは話し方を軽くする。

 彼女もそっと一つ息を吐き、気を落ち着ける。


「それで、私たちを待っていたというのは?」


「はい、一つお願いがございまして……。ミスカの護衛をお任せに参りました」


「ミスカの護衛?」


 ライは今も宙に吊るされるミスカに目を向ける。確かに、彼女は武器が使えそうにない。護身用に持たせても軽いナイフ程度の扱いが限界だ。


「ミスカは研修中、つまり見習いの身です。彼女に王都ミューゼンベルクへの冒険者の活動記録の提出をさせようと思っているのですが……」


「道中でモンスターに襲われる危険があるということですか」


「はい。昨日のお話をお聞きして、カードを拝見して、あなた方は腕が立つと見込んでのお願いです」


「俺たちで良ければ、責任を持って送るよ」


「ありがとうございます」


 ライの明るい受け答えに、マグノリアは頭を深く下げた。

 報酬などの具体的な話は全て王都のギルドで請け負うそうで、今はチップとしてマグノリアから中銅貨を二枚渡される。ライは「これは貰えない」と彼女に押し返そうとするも、わざと手を引いて硬貨を落とすのだ。そして石畳と硬貨との間に反響する音の後に、


「お金が泣いております」


とわざとらしげに言い放つのだ。周囲の視線を浴び、どう収集をつけようかライは迷うも、銅貨を受け取るのが一番手っ取り早いと判断し、結局はチップを頂くことになった。


 そんな意固地なのか風変わりなのか分からないマグノリアの意外な一面を知った後、ライたち三人は門を通って西平原を進み始める。


 マグノリアの話によれば、適度に休憩を挟んでも、大きな寄り道さえしなければ暮時には王都に着くと言う。グリュトシルデが他の街々からは距離を置いた辺境地にあると言っても良かった。反転させれば、大陸間の争いごとには巻き込まれにくい、平和な場所にあると捉えることもできるが。


 そもそも、グリュトシルデが外から狙われる要因は隣接する鉱山くらいだ。そこに白竜が棲んでいることを知っていれば、無闇に攻め入ったりはしない。そう言った意味では、本当にあの街は大陸のどこよりも平和なのかもしれない。



 ライとアルマは、ミスカを挟むように並列して歩いている。数分で分かったことだが、西平原は昨日までいた東平原とは雰囲気が違った。

 まずは道が人工的なことだ。土道ではなく、コンクリートで固められており、デコボコを感じることなく歩きやすいというのが印象だ。王都は王国内で人口が最多、そして一日当たりの人流も最大だ。利用の多い道を優先して整備するのは当然だろう。

 次に自然環境が異なっていることだ。東平原は森林に囲まれていたが、西平原は道の脇に田畑が広がっている。西平原の高低差の少ない、なだらかな地形を利用してのことだ。モンスターが収穫物をダメにすることは少なくなく、生産者たちの抱える苦悩の一つであり対策を急いでいるのだとか。

 そしてモンスターの生態系も異なる。基本的に東平原よりも手強い魔物が蔓延っている。特に夜間は注意が必要だ。東平原のように丘や森林という、身を潜ませるような場所は無い。見つかれば戦闘は免れられない。さらに夜行性のモンスターたちが、先の田畑を踏み荒らす。ミューゼンベルクやノーチェルの冒険者たちの夜警があれども、油断は禁物だろう。


「ミスカは王都に行ったことはあるか?」


「私は元々王都から来たの。マグノリア先輩に拾われて……」


「拾われた?」


 ライは嫌な予感がしてたまらない。まるで捨てられていたかのような言い方だ。


「王都のお店で働いてたんだけど、ちょっと失敗しちゃって……。店先でお説教食らってるところを、先輩が助けてくれたの」


「それは、何というか……災難だったな。今の仕事は楽しいか?」


 ライはミスカに同情する。だが、どんな失敗をしたのかは言及しない。マグノリアに出会えたのは良いきっかけであっても、同時にそれより前は嫌な記憶なのだから。


 ライの心配を他所に、ミスカは笑っていた。


「楽しいよ! 先輩、怒るときは本当に怖いけど……。でもそれも優しさだって分かってるから」


「それならいいんだ」


 安堵する中、少し下を向いて怪訝な顔で歩くのが一人。

 アルマはどういう訳だか、たまにこのような行動を取る。そしてその時は、大体何かを隠している。ライは行動を共にして、生活を共にして確信していた。


「アルマ、大丈夫か?」


「……はい」


 悲壮な雰囲気を漂わせているわけでもなく、神妙な面持ちな彼女。調子を変えずに答えたことに、ライはやはり引っ掛かってしまう。


 ライはその時に感じた。アルマの悲惨な過去を知った際のように、踏み入れてはいけない領域にまた自分は侵入しようとしているのかと。彼はその直感に、追究を止めた。

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