Tale 25. 街を経由して(3)
軽食を取り扱う店も、時刻が変わればその傾向も変わる。郷土料理に民族料理、そんな風変わりな物までが客を惹いていた。今日ほど財布の紐が緩んだ日はないだろう。二人は自分に正直に、欲する物を購入した。
そうして日光の猛威が収まる頃。
「いやぁー、疲れた!」
「疲れたのはお腹ですよね?」
人一倍食べていたライに、アルマは笑いながらツッコむ。
彼女に笑って返すライ。そろそろ名所でも観光しに行こうかと話していた矢先、
「あの……ちょっといいですか?」
と気弱な見た目の男性に話しかけられる。格好は、板金に身を守られている。街の兵士だろう。
「アルマ・ローレットさんですよね?」
「はい、そうですけど……。どうして私の名前を?」
「自分はモノトラって言います。あなたのお父さん、エリオットと同僚だった者です」
二人はモノトラに案内され、兵士たちが利用する詰所に着く。
そこの椅子に座ると、簡単に抽出した薄味のコーヒーを出された。
「味気ない場所ですけど、気楽にしてください」
アルマはカップに口をつけ、少量を喉に通してから
「あの、私を探していたんですか?」
と尋ねる。
「今朝、先輩が『ゴールドの冒険者が来たぞ。あれはカップルか?』なんてことを言ってたので、気になって聞いてみたんです。そしたら、『一緒にいた女の子は、この子にそっくりだったなあ』って言ったので、巡回のついでに街を探して回ってたんです」
モノトラの懐から机に差し出されたのは、一枚の写真。ローレット家の笑顔が眩しい、温かな集合写真だ。
「これ……」
「エリオットが大切に持っていた写真です。仕事柄、村に帰ることは中々できないので、いつも眺めていました」
「お父さん……」
「自慢の子供たちだって、毎日のように聞かされましたよ」
モノトラは笑っている。
「事件のことは聞きました。……本当に残念だったと思います。ですが、エリオットも娘さんが生きていて、喜んでいるでしょう」
「そうですね……。お父さんも、お母さんも、アレクも……。私が皆の分まで生きないと。……これ、貰ってもいいですか?」
「もちろんです」
アルマは写真を大切に抱く。そして鞄に仕舞った。
「そうだ……。あとこれもお渡ししないといけないんだった」
モノトラは一度席を離れ、引き出しから別の紙を一枚取り出して来る。
人の骨格が最低限わかる程度のイラストと剣、さらに多数の書き込みが、配慮無く一色の黒鉛筆で書かれていていた。
エリオットの筆跡というのが、アルマは一目で分かった。
「これは、エリオットが剣技のコツについて書き残した物です。しっかりと剣が振れるようになったら、息子さんにプレゼントするんだって、ニコニコしながら書いていたのを今でも覚えてます」
「大事に保管して下さってありがとうございます」
「いえいえ。道中、お気を付けください」
詰所を出た頃には夕暮れが街を彩っていた。
名所を回る予定だったが、そんな時間はとうになく、早めの夕食を済ませ、主人の待つ宿へと戻る。
「ただいま」と愛想よく主人に告げ、客室に入るなり、ライはベッドに飛び込んだ。ふわふわの羊毛に挟まれて、身を任せる彼の姿は狭間に埋もれていった。
「私、先に浴室使いますね。昨日は野宿だったので、その……妙に気持ち悪くって」
「分かった。ゆっくり入れよ」
ライのごにょごにょとした響かない声。素材に音が吸収されているのは言わずもがなだ。
スヤスヤ亭では浴室は男女別の共有スペースとして存在していたが、この宿では客室に一つずつ備わっていた。
早速アルマはその浴室へと入っていく。しかし鍵の掛かる音がしてすぐ、彼女の驚愕の叫びが届いた。
「な、何ですかこれ!?」
夢の世界へと誘われかけていたライは、目を見開いて浴室へ向かう。
「どうした!」
「い、いえ……。大したことではないと思うのですが……」
次の瞬間、鍵が外されるので、ライは恐る恐るノブに手を掛ける。
「入るぞ……」
その先には脱衣所が、さらにその先には問題の浴室が続いていた。
アルマはというと、白いバスタオルに身を隠していた。
「あ! そっちは見ないで下さい!」
アルマはそう言うが、遅かった。ライの目線の先には、籠に入ったピンクの下着が。
自分の身体を隠すことはしても、下着を隠すことまでは忘れていたようだ。
「わ、悪い……。で、何に驚いてたんだ?」
ライは下着を匿うように立つアルマの横を通り、浴室を視察する。
特に恐れるべきものがあるわけでもなかった。ライにとっては当たり前の光景が広がっていた。
だが、アルマにとっては見慣れない物が一つだけあった。ライも遅くしてそれに気付いた。
「ああ……これか」
それはシャワーだった。
スヤスヤ亭の浴室は、お湯の張ってある湯船とボディソープやシャンプーだけであり、シャワーはついていなかった。水道をシャワーにまで回す経済的余裕がないからだ。
「ライは知ってるんですか?」
「これはシャワーって言うんだ。こうやって……」
ライはシャワーからお湯を出して見せる。
湯気がモクモクと出る。
「蛇口を捻ると、お湯が出る」
「こ、こんな便利な物が……!」
「止めたい時は、蛇口を元に戻せばいい。それだけだ」
開いた口の塞がらないアルマをそのままに、ライは浴室を出た。
その後は音沙汰なく、彼女は疲れを癒していたようだ。時折聞こえるシャワーの音に、ライは懐かしさを感じていた。
そして二人は二日溜まっていた汗を流し、今は一階のバーでその雰囲気を楽しんでいる。
手元のグラスにはブドウ酒が天井の小さな光の数々に、煌びやかに輝いている。
「お客さんたちを見てると、俺が参っちゃうな。未成年に酒を提供してるみたいで」
「私たちって、そんなに幼く見えますか?」
アルマは顔を火照らせながら言う。
「今のお嬢ちゃんの顔なんか、まさにだ。兄ちゃんの方も、俺からしたらまだまだ子供よ」
ライはブドウ酒に手を付けても、大きな変化はなかった。一番アルコール度数の低い物を頼んだのもあるが、どうやら彼はアルコールには強い体質らしい。
「そうだ! お二人が街をぶらぶらしてる間に、新しい看板のデザインを考えていたんだ。どれが良いか、見てくれないかな?」
「もちろん」
新デザインは三パターンあった。一つは羊の絵柄にワインの瓶が追加された物。一つは羊から吹き出しが出ていて、その内にワインの瓶とグラスが描かれた物。一つは羊のイラストの上に、文字で宿とバーの併設施設であることが明記されている物。
「羊は譲れないんだな」
「これは俺の拘りだ。これは変えずに、より伝わりやすい看板にしたい」
「このモクモクっとした所に書いてあるのは?」
アルマは吹き出しの中を指す。
「これは今みたいにお酒が楽しめる夢のような場所だ、って言うのを表してるつもりなんだけど」
「うーん……微妙ですね」
誇らしげな店主を前に、アルマは率直な感想を投げる。普段はもう少し遠慮がちな彼女だが、酒が回り始めているせいだろう。
槍が刺さったかのように怯んだ彼だが、貴重な意見として受け入れた。
「やっぱり、直接伝えてあるのが分かりやすいんじゃないか?」
文字が書かれている看板案を、ライは前面に推す。
「そうだよな……。俺も何となく分かってた。ありがとう!」
「こんなことでお役に立てたなのなら、お安い御用だ」
「ささ、もっと飲んでいくといい」
店主はプレートを重ねて隅に置き、次々にブドウ酒のコルクを開けていく。いつの間にか上客として扱われていたライたちは、冒険の日々の話を肴に歳不相応の大人な時間を堪能した。
そうして日付が変わったか変わらないかの頃に、二人は部屋に戻った。
ベッドに身を預けるなり、睡魔に襲われた。今夜は良い夢が見れそうだと互いに思い馳せ、沈みゆく底無しの快感に包まれるのであった。




