Tale 25. 街を経由して(2)
朝市の通りに出ると、ギルドを訪れる前よりも人が集っていた。露店商の声に比べて客の声が一方的に飛ぶように、露店商は対応に追われていた。グリュトシルデでは、まず見られない光景だ。
ライたちはその中に身を投げた。離れないように堪えながら、食べ物を販売している場所を目指す。
人流に流されるように辿り着いた先。そこは偶然にもフルーツを扱っている店だった。
その露店を経営する女性と目が合い、話しかけられる。
「フルーツサンド、買ってくかい?」
屋台の陰になっている商品台の上に、赤黄緑などの果物がある。その隣にはそれらを一口大に切ってパンにクリームと一緒に挟んだ品が、同じ方向を向いて並んでいた。
女性はフルーツサンドと言っているが、それはサンドイッチの形状をしていない。使われているパンはコッペパンだ。とはいえ、フルーツをサンドしていることに偽りはないので、立派なフルーツサンドだ。
「どうする?」
ライはアルマに意見を求める。横をちらっと見ると、彼女はただ頷いて、早く食べたい意思を示す。
「じゃあそれを二つ」
「三十枚ね」
何が三十枚かはライにもすぐに分かった。小さい方の銅貨を数ピッタリ取り出して支払う。
「丁度だね」
手慣れた勘定。その後で、二人は女性からフルーツサンドをそれぞれ手渡される。
「他の街から来たのかい?」
「はい、そうですけど……」
その場を去ろうとしていたところ、女性にそう聞かれるので、ライは目線を戻して答えた。
「分かるんだよ。長いこと、ここで商売してるからね」
「そうなんですか」
「ノーチェルはどの時間でも露店が出てるよ」
「どの時間でもですか?」
アルマは復唱するように言う。
「ああ! 場所も街の至る所でだよ。観光ついでに色々回ってみると面白いんじゃないかい」
「「ありがとうございます」」
自然とノーチェルでの一日の過ごし方が決まった二人は、まずは胃に甘美な味を送り届けるため、巨大噴水を背にしてベンチに座る。
そしてフルーツサンドを一口齧る。酸味のあるクリームと鮮度の高く甘みの強いフルーツの相性は抜群だ。パンこそ普通だが、他の素材は一級品。これが一つ小銅貨十五枚で食せて良いのか、と疑ってしまう。
「このクリームが意外と癖になるな」
「レンジアの実の果汁じゃないですか? 熟しきっていない物を使っているのが、拘りを感じますね」
「よく分かるな」
レンジアの実が何であるかは、ライも知っていた。オレンジ色の厚い皮に身が包まれ、プチプチっとした弾ける触感がたまらないのだ。グリュトシルデの酒場では酒や炭酸を果汁で割って飲む者が多く、冒険者たちの間では知らない者はいない果物だった。
残念なのはレンジアが海に面した清涼な気候で育つことだ。つまりグリュトシルデ近郊では栽培不可能で、入荷した時には必ず争奪戦になってしまうのだった。
「特徴的な味ですからね。ライはもう少し舌を鍛えた方が良いですよ」
「善処するよ……」
二つのフルーツサンドはあっという間に胃袋へと流された。昨夜からの食事を鑑みると、まだまだ腹には余裕がある。しかし残りはお楽しみということで、取っておくことにした。
「さて、どこ行こうか?」
ベンチに座ったまま、次の行動方針を決める二人。露店の女性が言うように時間ごとの露店を楽しみたいが、それには時間の経過が必要だ。今は他で時間を潰さなくてはいけない。
「宿を探しませんか? 夜になってから寝る場所がないなんてことになったら、また野宿ですし」
堅実な選択だ。折角街に入ったのに、寝るためだけにまた街を出るなんて姿は想像するだけで滑稽極まりなかった。
「そうだな。じゃあ探すか!」
人の多い通りを避け、視線は斜め上方に歩く。隠れ家的な店でない限りは、どの店も看板を出しているからだ。デザインは実に多様だが、人々の共通認識に沿わなくては伝えたいことも伝わらない。宿屋であれば、ベッドの絵柄や人の眠る顔の絵柄、または直接『宿亭』などと書いてある看板を探せばよい。
通りを一つ歩けば、該当する看板は一つ見つかった。建物の状態から宿の水準を推測し、それを気にしなければの話だが。
二人は別段、安心して寝れる場所であるならばおんぼろの宿屋でも抵抗はなかった。普段世話になっている宿も、何とか凡庸を保っている場所だからだ。
しかし折角の初旅を飾るのに、そのような場所は如何なものだろうか。そう頭に訴えかける奥底の想いに、二人は正直になっていた。
「アルマ、今日は奮発しないか?」
「たまには、頑張ってる自分へのご褒美……も良いかもしれませんね」
ライはポケットから二枚のチケットを取り出す。
「丁度、半額の割引券もあるしな」
二人は対象を高級な外観の宿に絞って、再度歩き出す。
一時間歩いた結果、二人は見つけることが出来なかった。宿屋と思われる看板を全て洗ったが、抜きん出るような宿亭はなかった。
「欲を掻いた俺たちが馬鹿だったのか……?」
ほんの少し贅沢をしようとしただけなのに、この有様だ。
同じ場所を何周もしている感覚が、足の疲労を加速させていた。
「これだけの街ですよ……。商人が集まる地ならば、彼らの売り物を求めて集まる人も多いでしょう。ないはずがありません」
「そうだよな……うん」
アルマの仮説はいつもライに再考の余地を与えてくれる。ライは今も視野を広げて、周辺の建物の再確認をすることに努めた。
「これって、何のマークだ?」
ライの見つめる先には、見慣れない絵柄の看板が吊るされていた。と言っても、描かれている物が何であるかは一見すれば誰だって分かる。歌うように笑んだ、白い白い羊だ。どんな店かが連想し辛いという意味での発言だ。
「さあ……服屋ですかね」
アルマはそう言うが、衣服の販売が主ならば、ショーウィンドウにその商品の一つや二つがあるものだ。実際、通過して来た衣服店は例外なくそうだった。
「……羊毛の専門店とか?」
アルマの二つ目の提案はかなり無理があった。建物はダークな色使いで、出入り扉の手を掛ける場所は春を告げるほど良い陽光に、黄金に光っている。さらに三階建てだ。
「まあ、とにかく入ってみようぜ」
気になって仕方のないライは、扉を押して中に入った。
「いらっしゃい」
ぶっきらぼうな声がライたちを歓迎する。声の持ち主も、イメージに違わず人相の悪そうな男だった。
彼はワイングラスをひたすらに磨いていた。この空間は酒場、というよりも――。
(バー……?)
看板の羊とは全く異なる内装に、ライは戸惑う。シックな色合いで統一された店内は、雰囲気は大人っぽく、上品な酒を嗜むにはもってこいの場所だ。
しかし、人が寝泊まりできるような施設ではなかった。
「お客さん……ここはお客さんが来るような場所ではないですよ」
店主は、この店で酒を飲み交わすにはライたちは若すぎると言っているようだった。
「あの……ここって、お酒を飲む所ですか?」
「お嬢ちゃん、見て分からないかい?」
「えっ……ええっと……」
店主の冷めた対応に、アルマは戸惑ってしまう。
会話を続けるだけでも一苦労だ。
「俺たち、宿を探してるんだけど……」
「宿? そこら辺に沢山ありますよ……」
(そこら辺って……)
「そうじゃなくて、ちょっと良い感じの、こういう雰囲気の宿を探してるんだけど……」
ライが気まずそうにそう言う。
すると店主は豹変した。
「なにっ!? お客さん、ウチの宿に泊まりたいってことかい?」
「ここは宿なのか?」
二人がキョロキョロしていると、店主は黙って人差し指を垂直に向ける。
どうやらこの施設は、二階と三階が宿泊スペース、一階が宿泊客もそうでない客も利用できるバーの複合になっているようだ。
「案内するよ。ついて来な」
ライたちは立派なダークウッドの階段を上っていく。
少し薄暗い廊下が、また大人びた雰囲気を醸し出す。壁の絵画も価値のある物かは置いておいて、見る者に解放感を与える風景画が描かれている。
落ち着かない二人は二階の一室へと案内された。
客室扉を開ければ、一夜を過ごすだけでは勿体ないほどの大空間に迎えられた。
キリムのカーペットが支える家財のそれぞれも、それに引けを取らない。特に寝具が特徴的だ。いつもの少し硬めの、良く言えば高反発のベッドと比べ、ふわふわした感触が病みつきになる。顔を埋めれば、そのまま呑まれてしまうこと間違いなしだ。
「うわぁ……!」
両者ともに最初は舞い上がっていたが、やがてアルマはライを小突く。
「あ、あの……本当にお金、大丈夫なんですか?」
想像していた贅沢の度合いを超え、心配になるアルマ。そこへ店主の追い打ちの一言が。
「料金は後で下に持って来てくれ」
本来、どの宿屋も宿泊料金の支払いの後に部屋に通されるが、先に部屋に案内した店主の様子を見るに、ライたちを逃がしたくなかったのだろう。そこまでしないと客の入りが悪いということだろうか。
「ああ」
断る雰囲気でもなく、ライはそう返答してしまう。
「これ、使えるか?」
続けて店主に割引券を見せた。
「ああ、使えるよ。じゃあここに書いてある半分でいい」
金額が粗雑に書かれた紙切れと割引券を交換する。後に店主は静かに扉を閉め、バーへと戻って行った。
「取り敢えず、重い荷物は置いてこうぜ」
「金額、大丈夫ですか?」
「半額だから、そんなには気にならないかな」
ライは貰った紙切れをアルマに手渡す。小銀貨二枚、それが二人が一室に一泊する際の宿泊料金だった。
その半分程度の出費であれば、問題はない。ライが冒険者になってから一月の時間で、貯蓄は十分にできた。今回の旅に使える路銀も多い。
宿泊部屋での優雅なひと時は今夜のお楽しみにして、二人は街の観光をしに階段を下りた。
「おやじさん、持って来たよ」
「ありがとよ」
「ところで、何で店の看板のマークが羊なんだ?」
「それはな、俺が一番拘った物だからだよ」
「一番……拘った?」
「ベッドに使ってある羊毛のことだよ。厳選された物を使ってるから、それを前面に押し出したんだよ」
「そうだったのか。それにしても、ちょっと分かりにくくないか?」
「言わないでくれ! 俺が一番分かってるんだ」
物憂げにそう言う店主。やはり集客は悪いらしい。
「……でも、ありがとよ。考え直してみるよ。……さて、これから観光かい?」
「明日には出発しなきゃいけないんだ。今のうちに色々見て回ろうと思ってる」
「そうか……。楽しんで来るといい」
最後に笑みを見せ、二人は宿を出ようとする。
「一応言っておくと、ウチでは食事は提供してない。見ての通り、酒なら出せるけどな」
「分かった」
二人は何十分ぶりかの日差しに目を細める。
そして街中を巡り、露店の数々を巡った。




