Tale 25. 街を経由して(1)
ライとアルマの眼前には、高い石壁で囲まれる一つの街があった。
「やっと着きましたね」
アルマは腰を落とす勢いで息をつく。実際はまだ街には入っていないのだから、座りたい気持ちは抑えている。
二人は日が昇る前に出発した。と言うよりも、出発せざるを得なかった。
放置された狼たちの腐臭がテントの薄い素材を貫通して襲ってきたのだ。涙目になりながら慌てて起きた二人は、野営の跡を片付け、足早に歩き出して今に至る。
丁度ギルドも営業を始める頃合いだろう。二人は街門を潜ろうとした。
「お待ちを」
二人の前に立ちはだかるのは、見張りの兵士だ。彼の奥で賑わう、朝の物売りたちの活発な声に比べれば、低く太い声をしている。
「失礼ですが、身分を証明できる物を」
一般の村人町人ならば素通り可能なのだろうが、ライたちは武器を持っている。止められるのは当然だ。
「はい」
銅色と金色の冒険者カードを同時に見せると、兵士はそれらを交互に覗く。
「ふむふむ……冒険者の方々でしたか。朝早くからお疲れ様です! どうぞお通り下さい」
兵士が脇にずれると、軽く頭を下げて二人は通過する。
長い徒歩の旅を経て、まずはノーチェルの街に辿り着いた。
二人にとっては、グリュトシルデ以外の初めての街だ。しかし、「どこへ行こうか」という期待に胸膨らませる相談があるわけでもなく、街の看板に注視して歩いている。
彼らはまず冒険者ギルドに赴き、夜中の一件を報告しなくてはいけなかった。たとえ道から外れた草地で野営していたとしても、軍勢の腐臭は必ず通行人の妨げになる。処理をお願いしなくてはならない事だった。
「そうだ……」
ライはあることを思いつき、道を逆走する。
彼をどうしたことかと、立ち止まって見つめるアルマ。
「あの……」
「はい、何でしょう?」
ライが話しかけたのは、先ほどの兵士だ。
「冒険者ギルドはどこにあるか分かりますか?」
「大変失礼しましたっ! よその街からの方だとカードに記載されているのに、見落としていました!」
兵士はライに深く一礼する。見た目と声の威圧感に反して、礼儀正しい人のようだ。
「いえ、大丈夫です。俺たちも他の街に来るのは初めてで……」
「そうでしたか。冒険者ギルドは、今朝市が行われている通りを右に曲がった所の突き当たりになります」
兵士は指でなぞりながら教えてくれる。
「ありがとうございます」
ライはもう一度軽く礼をして、待っているアルマの場所へ駆けて行った。
朝市の露店に挟まれ、雨のように商売人たちの声を浴びる。
チラチラと目線を動かすと、フルーツやその加工品の食べ物が美味に映る。出発前もろくに腹を満たしていないなと空腹感が急に二人を襲うも、やるべきことをなすべく、視線を真っ直ぐに固定し通りを過ぎる。
そして言われた通りに右折し道を進むと、冒険者ギルドと看板の提げられる建物に着いた。
グリュトシルデと異なり、建物自体は一階建てのようだ。その分、横に広い構造となっている。
扉を開ければ、右手に冒険者たちの視線を感じた。
酒場が併設してあるわけではなく、恐らくは商談や交渉の際に用いるスペースだろう、その小さな卓を囲む男冒険者から一人がライたちに近づいて来る。
「お前ら、見ない顔だな……」
見下すように放たれる冷たい視線。
アルマは平均的な体格の長身のその男に怯え、ライの背中に隠れる。
「よその街から来たんだ。何か問題でも?」
ライは目線を上に平然と答える。
本当は結構怖い。だが、服を掴まれる背後の彼女の前で、弱気になることは出来なかった。
「いいや、そんな貧弱な武装でよくここまで辿り着けたものだなって……」
男は二人を嘲笑する。
「よくここまでって、草原地帯だぞ。別に強敵と言う強敵は……」
「おっと! それじゃあ運が良かったようだな。はっはっは……!」
「何だ、こいつは……」
ライは正面の男に困惑し、思わず声に出してしまう。最初の冷徹さは一体どこに、今は高らかに笑っている。話せば話すほど、調子の狂った人という印象が見受けられた。
いつの間にか、アルマもライの横に立っている。
男が入り口を占拠するように立っているせいで、中に入れない二人。
そこへ、はつらつな注意喚起が飛ばされる。
「こらーっ!」
左の方角から少女が一人、揉めている三人へと猛ダッシュで突っ込んで来る。
彼女は長身の男の下腹部に顔をぶつけた。
「いってー……じゃなかった。ダメでしょ、他の冒険者さんを威嚇しちゃ!」
ツインテールの少女は、男の顎に指先が触れるギリギリまで腕を伸ばして指す。
指先は震えているが、どうやら身長差ゆえの事のようだ。足もつま先立ちで、今にも転びそうだった。
「ごめんごめん、ミ、ス、カ、ちゃん!」
男はなおも余裕の表情で笑っている。
少女は顔を真っ赤にして膨らんでいるが、はっとしてライたちに頭を下げる。
「申し訳ありません! 当ギルドの冒険者が大変失礼をっ!」
「別に大丈夫だ。それよりも、どういうことだ?」
ライは再び男に目を向ける。
すると男はうんうんと頷いて、仰々しく振る舞う。
「これはこれは失礼。俺はハインツ、このノーチェルを守る最後の砦さっ!」
(痛い人なのか……?)
ギルドの奥では、他の冒険者がハインツを笑っている。
「この人……ハインツはいつも見かけない顔の方が来ると、さっきみたいにちょっかいを掛けるんです」
「そうなんだ、ありがとう」
ライはミスカに目線を合わせてお礼を言う。
ハインツはというと、既に他の冒険者たちに呼び戻されていた。彼らも彼らで事の成り行きを楽しんでいたようで、全く趣味の悪いことだ。
「ミスカ、いつものは終わりましたか?」
ミスカが走って来た方角と同じ場所から、次は大人びた雰囲気の女性がやって来た。
レイネールとはまた違ったベクトルの女性で、気品のあるお姉様と呼ばれそうな人だった。
「マグノリア先輩!」
ミスカはマグノリアに抱きつく。子供らしい一面があるが、マグノリアと同じ制服を着ている以上、十五歳ではあるのだろうとライたちは思っていた。
「大変お騒がせしました。改めてお詫び申し上げます」
マグノリアは深々と頭を下げた。その一方で、ハインツはへらへらと笑っている。そんな彼が気に障ったのか、彼女は白い歯を見せ鬼の形相で彼を睨んだ。すると、ハインツは視線を感じたのか、彼女に背を向けた。彼女は、怒らせてはいけない系の人のようだ。
「見たところ、それなりの腕をお持ちのようで。クエストを受けにいらしたのでしょうか?」
「いや、実は……」
ライは夜の一件を一部始終話した。
「それは災難でしたね。分かりました。後の対応はこちらでお受けいたします」
「ありがとうございます」
「グリュトシルデとはまた違った趣きがあるかと思います。ぜひ旅の思い出にして行ってください」
「はい。それじゃあ行こうか、アルマ」
礼節わきまえたギルド職員と、お調子者の冒険者たちに見送られる。やっと胸を撫で下ろせる二人が真っ先にすることは、腹の叫びを鎮めることだ。唾を飲み込んで素通りした露店の並びへと再び繰り出すのであった。




