Tale 24. 王都への旅立ち(5)
一方その頃、雑貨屋ピストリムの照明は点きっぱなしだった。
店は閉まっていたが、商品の確認を行っている真っ最中だ。
「ライさんたち、今どの辺りかな?」
アイリーは埃をパンパンと落としている。
「うーん……ノーチェルまでも結構距離あるからねー。早ければ着いてると思うけど、トラブってたら野宿だろうねー」
箱詰めされた商品を補充するシルキー。
「それじゃあ、香水が役に立ちそうだね」
今朝の出来事をついさっきのように、可愛い笑顔で思い出すアイリーは、作業の速度が上がる。
そうして件の陳列棚の前に立つが、表情が変わった。
「ねえ、お姉ちゃん……」
「ん……どしたのー?」
シルキーは顔は向けず、あくまでも自分の作業に集中している。
「魔除けの香水の色って、赤だったっけ?」
「何言ってるの。魔除けの香水の色は青でしょ」
姉の返答に、アイリーの疑問は確信へと変わる。
商売人としての間違った行為に、声が震え始めた。
「これ……プレートが反対だよ」
気になったシルキーは、補充する品を片手に持ったまま寄って来る。
そして棚を覗いて言う。
「ありゃ、本当だねー」
妹とは正反対に、やってしまった感を軽々しく発した。
一体、どの商品とプレートが反対になったのか。それは赤い液体のすぐ隣の、青い液体だ。両方とも同じ液瓶に入っている。
青い方を示すプレートには、『魔寄せの香水』と書かれている。その効果は文字通りだ。
「ど、ど、どうしよう! ライさんに間違えて売っちゃったよ!」
「大丈夫、大丈夫。ライ君、ああ見えても結構強いじゃん。それに値段も一緒だし」
シルキーはそう言いながら、事を隠蔽するかの如く、そっとプレートを正しく入れ替える。
「でも……帰って来たら、一回謝ろうか……」
「うん……」
店内を一層お洒落に感じさせる照明が、今は熱く眩しく感じる姉妹であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
赤い液体の真なる効果を露も知らないライ。
体が熱く感じるので起きてみれば、またもアルマが腕に抱きついていた。
(そういやアルマは寝相が悪いんだった……)
腕をそっと抜け出させようとするが、その度に触れてはいけない物に当たる感触がして、思い留まってしまう。
(アルマ……放してくれ)
熱さとは別の原因の汗もかき始め、気が落ち着かなくなってきたライだが、カサカサと擦れるような奇妙な音が聞こえると、頭の邪念は消えていく。
「アルマ……アルマ、起きてくれ」
少し体を揺さぶる。アルマは一度目で起きてくれた。
「もう朝ですか……? ……はっ!」
寝ぼけていた彼女は、まず自分とライが密接していることに顔が赤くなる。
「ご、ごめんなさい! また私、勝手に……」
「いや……それはいいんだ。それよりも……」
ライが先ほどの音のことを伝えようとすると、丁度同じ音が再び聞こえる。それも、音は大きく、一箇所からではない。
「なんですか……この音?」
「分からない。けど、何かに囲まれているらしい」
「何かって、まさかモンスターですか!?」
「考えられるのはそれしかないと思う。でも、魔除けの香水を使ったはずなのに、何で……」
ライは考え込む。例え不慮の事故であっても、自分たちがピストリム姉妹に騙されていたとは全く思えない。いや、思えるはずがない。彼女らとは出会って以来は、常に親密な付き合いをしているのだから。
そんな彼に、アルマは他の推測を示す。
「もしかしたら、野盗の集団かもしれません。多分、敵であることには間違いありません」
「なるほど。だったら、寝てる場合じゃないな」
二人はテント内に転がる武器を拾い、中腰の体勢で警戒しながら入口へ向かう。
「……よし、行くぞ」
「はい」
静かな掛け声の後に、その入り口は勢いよく開かれた。
その先に見えたものは……。
「……!」
ライは息を吞む。
「うわっ!」
アルマは一つ叫ぶ。
テントとの周囲には、群がる赤狼が目を光らせていた。
「レッドウルフか!」
ライは一旦は驚くも、周囲を確認して、胸を撫で下ろす。決して安心できる状況ではないが、アルマを死の淵まで追いやった変異個体がいないのが分かってのことだ。
「どうしてですか……!?」
野盗とは姿も種族も異なる四足歩行の獣を前に、アルマは戸惑う。彼女もまた、彼の香水が全くの別物であることは疑っていないようだ。
「全ての魔物に有効じゃなかったってオチじゃないか」
嗅覚の鋭そうな狼を前に、そんな結論を出したライ。本当はその鼻が魔寄せの香りを嗅ぎつけたことも知らずに。
一方のアルマは、
「なるほど……」
と納得してしまっている。
「とにかく、こいつらを片付けないと寝れない。……まあ、永眠は出来るけどな」
「縁起の悪いこと言わないで下さい! ほら、行きますよ!」
そう言うアルマも、心のどこかには余裕があった。彼女もこのひと月で成長したのだ。レッドウルフの相手も、一対一ならばお手の物だった。
それを把握しているライであったが、いずれにせよ、暗い中での戦闘を長引かせるのは得策ではない。
夜空に派手に光を撒き散らしてでも、軍勢を討伐するべきだと判断する。そして矢を空高く放ち、光の鳥を呼び出した。
光の鳥は輝く吐息を狼たちに浴びせる。狼たちはパタパタと倒れていき、さらには二人の不十分な視界も確保された。
ライは雷の矢を拡散させ、遠方から走って来る狼たちを荒々しく仕留めていく。
アルマは彼よりも前に立ち、彼の攻撃の嵐を掻い潜った精鋭たちを、落ち着いて斬り捨てていく。
「【連撃剣】!」
流れるような動きに、狼たちも急には対処できない。
夜の風を切りながら前進するアルマは、少し嬉しそうだった。
「おい、アルマ、あんまり前に出過ぎるなよ!」
「はっ……はい!」
きっとライが制止しなければ、彼女はまだ手付かずの集団へと突っ込んで行っただろう。その危険を回避することができ、ライは一つ安心した。
そんな二人の背後から、狼たちが駆け寄って来る。二人では、一斉には狼たちを蹴散らせないのが現実だ。
ルシアが竜鞭を一振りすれば、と脳裏を過るが、いない者のことを考えても仕方がない。
二人の穴を埋めるように、光の鳥が後方に回る。甲高い鳴き声を発しながら、光の球を直線状に幾つも吐き出す。
当然のように狼たちは吹っ飛び、側腹を地につけてくたばっていく。
こうして三者の攻撃が蹂躙し、罪なきレッドウルフは一匹残らず倒された。
「何とかなったな」
「はい……。でも、この死体、どうしましょうか……」
ライとアルマの目の前には、狼たちの亡骸が無残に広がっていた。討伐することは可能でも、炎魔術を使えない彼らでは死体の処理までは出来ない。
「今は我慢だ。明日、街に着いたらすぐにギルドに報告しよう」
「そうですね……」
狼たちの中には、開眼したままの状態の狼もいる。
それらの無数の褪せた赤目を見ていると呪われそうになり、身体が硬直する。
そんな状況下で眠るのも受け入れがたいが、その選択しかない二人は苦渋の決断の末、テントに再び戻り目を閉じた。魔除けの香水だと思い込んでいる赤い液体のことなど、とっくに忘れて。




