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Tale 24 王都への旅立ち(3)

 アルマは今、近場の洞窟に向かっている。


 彼女が頼まれたこと。――それは蜘蛛の巣を回収すること。


 ただの蜘蛛の巣で事足りれば、わざわざ洞窟に赴く必要もない。ルシアによれば、冷暗所を好むダークスパイダーの吐き出す糸が、粘性が強く補修にはうってつけだそうだ。


「虫……虫……虫……」


 アルマは呪いをかけるように呟きながら歩いている。関わらないで済むならそれに越したことはないが、困っている商人を前に、自分だけ何もしないわけにはいかない。助けたいという思いが、何とか彼女を前へ前へと進ませている。


「大木一つ倒すような力も、私にはないですし。はぁ……」


 ライと役割を交換するわけにもいかず、自分にできる最大限のことはやはり蜘蛛の巣の回収なのだと行き着く。


 そんな葛藤を繰り広げているうちに、目的の洞窟まで辿り着いた。


「ここですね。……行きましょう」


 カンテラのスイッチの役割を担う、制御ネジを捻る。そうすることで、ネジから繋がれた光石(ひかりいし)の魔力の放出を操作することができる。


 本来、光を発し続ける光石だが、意図的に輝度を変更するにはこのような制御装置に繋がなくてはならない。街の人工灯が起床の刻には消え、日没の頃には再び点くのも、このような仕組みを利用しているからである。


 カンテラに光を灯したアルマは、洞窟へと足を踏み入れた。


 洞窟内は決して日の差さない場所にあり、涼しく感じたが、奥に進むほど湿っぽくなっていった。地を踏むたびに入り込んでいた浅い水溜まりも、次第にぬかるみへと変わっていき、一層の注意を払わなければならなかった。


 意外にも、モンスターはこの穴をねぐらとしていないのか、全く姿を見せなかった。よく考えれば、ぬかるみのある場所だ。モンスターでも寝る場所は選ぶだろう。


 ダークスパイダーが目的ではない。それが作り出す蜘蛛の巣が欲しいのだから、蜘蛛の巣さえ張ってあればそれを回収して、とっととこの洞窟からはおさらばできる。それが蜘蛛にも遭遇しないで済む、アルマには最良の展開だ。


 しかし見つからなければ、それもまた夢物語。アルマはさらに深くへと入って行く。


 そんな時だ。彼女は首筋に走る感触に悪寒がした。


 細い足の動き。それも素早く一瞬。最良どころか最悪の事態に、言葉も出ない。


 アルマに気持ち悪さを与えている存在は、今も背後にいる。もしものためと、洞窟に入る時から両手に着けていた厚手の手袋が役に立つ時だ。勇気を出して背中に手を回し、拳を握った。


「く、蜘蛛なんて怖くないです……さあ、かかってきなさい! ……?」


 開いた拳の上には、アルマは蜘蛛を確認できなかった。もしかして潰してしまったかとカンテラを近づけ目を凝らしていると、やはり一匹だけ蜘蛛が乗っていた。


「ち、小さい……」


 そう、普通の蜘蛛よりも小さかったのだ。ダークスパイダーなんて禍々しさを匂わせる名前だから、もっと敵対心露わな大型な姿を想像していたが、実際は指の第一関節程度の大きさも無い超小型蜘蛛だ。


 ビビっていた自分が恥ずかしくなったアルマは、優しく地面に蜘蛛を解放した。


 そこからは順調の連続だった。ようやく群生地に入ったのか、ダークスパイダーの作った物だと思われる巣があちこちに張り巡っていた。


 適当に木の棒に巣を巻きつけ、棒が糸で覆われる程度になったところで洞窟を出て、馬車のある所まで戻った。


「採ってきましたよ。あれ……?」


 馬車の不自然な傾きは直っていた。


 仕事の速いルシアだ。既に車輪の修理は終わっていたのだ。


「お帰り」


 ルシアは一本の棒を受け取ると、巻き付いた糸を剝がし始める。流石に素手ではくっ付いて作業にならないようで、ナイフを使って削ぎ落していく。


 そして糸の固まりは、小さいすり鉢へと投入される。


 次にルシアはリュックから小瓶を取り出した。中に見えるのは、黒い謎の液体。これもまた、粘性が強そうだった。


「な、何ですか、それ……」


 すり鉢へと液体を投入しようとしているルシアに、アルマは恐る恐る尋ねた。日常ではまず見ない、ドス黒さを見ると心配になってしまった。


「黒大樹の樹液だ。黒祖の森にいっぱい生えてるぞ」


「ああ……」


 アルマは頭を押さえた。過去にダークサーペントの皮を持ち帰ったのもルシアだ。彼女は平然と、帝国の領土から色々と物を持ち帰ってくるようだ。恐らくはその逆も然り。


「この樹液は凄いぞ。混ぜた物の長所を伸ばす効果がある」


 ルシアはそう言いながら、適量をすり鉢へ投入し終える。そして棒で押し潰しながら混ぜていく。


 その過程で、ルシアは落胆するアルマに気付く。


「……どうかしたのか?」


「いえ、ルシアは周囲の目とかあんまり気にならないのですか?」


「周囲の目? 一体どういうことだ?」


 初対面時に奇抜な格好をしていた彼女には、無意味な質問だったかもしれない。だが、アルマはどうしても聞いておきたかった。


「王国と帝国の間の温度差のこと、知ってますよね?」


「……ああ、そういうことか。周囲の目は気にならない。……というか気にしてはいけない。これが私の答えだ」


「気にしてはいけない……ですか?」


「もちろん、私も最初は戸惑った。特に帝国から王都に戻った時が顕著だった。人が私を避けていくのだからな」


「その時、どう思いましたか?」


「馬鹿だと思った」


「え?」


「街の奴ら全員が馬鹿だと思った。帝国の倫理観が一線を越えているという理由で、その領土の全ての物や人に罪があると飛び火させている王国の人間たちは本当にしょうもない」


 ルシアは珍しく、他人を見下すように、愚痴を吐くように喋る。


「だがな、私は冒険者だ。各地を転々とするのは職業柄必要なことだし、私の楽しみでもあり、目標でもある。だから、そんなしょうもない空気に支配されてはいけない」


「それは確かに……」


 アルマの目的は、弟アレクがなれなかった冒険者になり、彼女が活動を通して見てきた景色を彼にも見せてあげることだ。ならば、ルシアの意見を受け入れることで、今後の活動に活かされるはず。


「別にお前の考えを捨てろとまでは言わない。各地を訪れてきた私から言わせればな、王国世間は帝国が悪だと一辺倒だが、別にそうではない」


「それってどういう……」


 アルマがそう言おうとした時、ルシアは地面にすり鉢を置いた。


「よし、こんなものだろう!」


 陰鬱な話はここまで。ルシアはこれ以上尋ねられても、返答する気はなさそうだった。


「何を作ってたんですか?」


「接着剤だ。見た目は多少アレだが、市販の物よりも効果抜群だ」


 アルマはすり鉢を覗く。


 確かにダークスパイダーの糸と黒大樹の樹液が混ざり合ったことで、粘性は増していた。白と黒が丁度中和されるものだと思っていたが、樹液の色の方が強かったようで、特製接着剤の色は限りなく黒に近い灰色だった。


「あとはくっ付ける物だけなのだが……遅いな」


 ルシアがそう言った時、遠方からライの声が聞こえてきた。


「おーい!」


 彼は額に汗を滲ませながら、険しい顔で歩いて来ていた。そんな彼の手には一本のロープが握られており、ロープは後ろの丸太をずれないように固定していた。


「ライ、大丈夫ですか!?」


 ライは勢いよく林へ駆けて行き、魔術を駆使して倒木させた。そこまでは良かったのだが、どうやって木材に加工すれば良いのかが分からなかった。


 ゆえに今の状況なのだ。


「ライ、お前……」


「ルシア、ここからどうしたら良い?」


 ライの助けを求める目に、ルシアはため息をついてしまう。


「折角だ、伝授してやろう。こっちに来い」


 ルシアは立ち上がってライを手伝いに行く。そしてノコギリを借りて丸太から木材を加工し始める。


「違う、こうやって刃を動かせ!」


「ご、ごめん……!」


 大分苦戦したようだが、怒られながらも作業は進み、やっと材料が出揃った。


 商人を含めて四人で荷台の補修に取り掛かる。薄く加工した木材を特製接着剤で接合し、念のため釘を要所に打っていく。


「よし……応急処置ではあるが、街までは持つだろう」


「本当にありがとうございます!」


 載せた積み荷を全て支えている光景に感服した商人は、何度も頭を下げる。


「気にしないで下さい。困ったときはお互い様です」


「何かお礼をさせてください」


「お礼? いいですよ、そんな……」


 ライは遠慮がちになる。


「いえいえ……。そうだ! 皆さんはこれからどちらに行かれるのですか?」


「王都に行く予定です」


 ライは率直に答える。


「それならば、ノーチェルを経由しますね。こちらをお使いください」


 商人から渡されたのは、ベッドの描かれたチケットが三枚。


「これは……?」


 ライは視線をチケットに向けたまま、商人に聞いた。


「ノーチェルの宿で使える割引券です。路銀の節約にはなるかと」


 現金を渡されたわけでも、希少価値の高い物を譲ってもらったわけでもなく、受け取るには抵抗の少ない物だったので、押し返すことなくライは頂戴した。


「ありがとう。助かるよ」


「困ったときはお互い様。実に良い言葉ですねぇ」


 商人はニコニコしながら言う。彼にも街を歩き渡って行商をする理由が、その言葉に少なからずあるのだろう。


「それじゃあ、私はこの辺で。またどこかでお会い出来たら、その時は」


「ああ、気をつけてな」


 三人は、御者台に座り馬を走らせる商人を見送った。


 彼らは人助けをしたという充実感に満たされ、旅先での思い出を一つ残すことができた。


「さて、俺たちも行こうか」


 ライは出発を急ごうとしたが、そんな時に腹の虫が鳴る。


 まったり平和な草原には似つかわしい音だ。アルマもルシアも笑ってしまう。


「先にお昼にしましょうか」


「そうだな」


 三人は見晴らしの良い丘に移動し座る。アルマとルシアの用意した彩のある弁当を広げ、遠足のような一時を過ごした。

2023/4/29 全体を少し修正しました。

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