Tale 24 王都への旅立ち(2)
その後は正門に真っ直ぐと向かい、グリュトシルデを発った。ライとアルマにとっては、初めての長旅だ。いつもは毎日体を休めていたこの街にも、数日間は戻れないと思うと、立ち止まって振り返ってしまう。
「そんなに名残惜しいか? それとも不安か?」
街々の移動なんて当たり前のルシアに尋ねられるが、二人は息ぴったり首を横に振った。
「……いや、また帰って来るからな。むしろ、行ったことのない街に行くのが楽しみだ」
「私も知らない景色を目に焼き付けて、色々経験したいです。行きたい場所もありますし……」
行きたい場所という割には、最後に寂しそうにそう言ったアルマ。そんな彼女をライもルシアも遠慮しているのかと思ってしまう。
「行きたい場所ってどこなのだ?」
「えっと……」
ルシアに迫られ言葉に詰まるアルマを、ライは気遣う。
「まあまあ、その時になったら教えてくれよ。道は長いんだろ? 早く行こうぜ」
「そうだな」
ライとルシアは揃って歩き始める。二人の背中を見ながら、「ふぅ……」と一息ついたアルマは、ゆっくりと追いかけた。
グリュトシルデ近郊の草原地帯に潜む脅威は少ない。プラチナとゴールドの冒険者に見合うような手応えある強敵は、そこに存在しない。
ましてや昨日の大爆発があった後だ。モンスターたちは今もその爆音に怯えていること間違いない。
「うわっ……改めて見ると酷いな」
クレーターのようにへこんだ大地を見てライが言う。草木の一本たりとも見る影の無い、その被災地たる場所は、周囲の新緑地と比較して明らかに異常だった。
「そう……だな」
ルシアは笑って誤魔化しはせず、今になって反省している。一夜を通して冷静さを取り戻したということだろうか。
「この有様も凄まじいですけど、それを平然とやってのけるルシアって……」
「私の実力……でもあるのかもしれないが、あの爆発はこの竜鞭が原因だ」
ルシアは腰の竜鞭を取り出して見せる。
素材に使われているのは、その名の通り竜の鱗と甲殻だ。それらを強靭な糸で編み込み、鞭の形を成していると私は見ている。
「そう言えばあの時、その鞭が炎に包まれていたような……」
ライは昨日の出来事を、つい先程の事のように思い出した。それほどに衝撃が走った一撃。まるで宇宙空間に投げ出され、超新星爆発の餌食になったような――。大げさすぎる表現であるのは理解していながらも、他人に説明するならばこう言ってしまうだろうと。
「ああ、竜鞭というのは使用者の魔力を注ぎ込むことで真価を発揮する。竜の素材は耐久性に優れているのはもちろんだが、何と言っても魔力との親和性の低さが一番の特徴だ」
「魔力の親和性……ですか?」
ルシアの説明にしっくりこないアルマの様を見て、ルシアは分かりやすい例はないかと考える。
「そうだな……。例えば、黒煌鉄があるだろ? 魔力を注ぎ込むことのできる金属の一種だ」
「それは知ってます」
「うむ、あれは言うなれば誰の魔力に対しても一様に反応を示す物だ。その代わり、耐え得る限界は小さい」
「つまり、魔力量多かったり、濃縮させすぎたりすると壊れてしまう……ということか」
落ち着いた様子で理解を示す反面、ライは驚いていた。自分が黒煌鉄製の矢を使う時、一度も矢が壊れたことはなかったからだ。一般的な鉄製の矢であれば、それは顕著にみられる現象であったが。
ルシアの告げた事実は、すなわちライの魔力濃度が黒煌鉄の限界耐久に達していないということだった。同時にルシアの魔力濃度は、その耐久を凌駕するのだろう。それを悟ると、ライは昨日の一戦の勝利を奇跡のように感じた。
ルシアは頷いて話を続ける。
「それに比べて、竜の素材は実に興味深い。竜が多種族を見下し、認めさせるのに力が要るように、その素材も人を選ぶのだ」
「ルシアは偶然その鞭と適合したってことですか」
「まあ、そういうことになるな。私の溢れ出る魔力も、こいつが受け止めてくれる。……実に良い出会いをしたよ」
ルシアは雲がまばらに流れる青空を見上げてそう言うので、二人は気になってしまう。
「出会い……ですか。そういうのって、旅の思い出になりますよね」
「どこで手に入れたんだ? 竜ってこの大陸にいないだろ」
まさにライの言うように、遥か昔の海抜の上昇を受けて、ひと繋がりだった大陸は今や五つに分断されている。
人間の住むノムルアードと、竜の住むオルダーブレアの大陸間を移動した話でもあるまい。かと言って、竜がノムルアードにやって来たという情報も聞かない。グリュトシルデ鉱山の深奥に構える白竜を除いては。
その竜鞭が白竜から作られていないことは明白だ。まず外形からして色味が全く違う。竜鞭はくすんだ赤色をしていて、穢れを感じさせなかったあの白い鱗も外殻も使用されていない。能力的な観点からしても、白竜は光属性の力を有していることをライは確認しているが、炎属性は恐らく扱えないのだろう。
ならば、ルシアは竜鞭をどのようにして入手したのか。竜鞭はしっかりと魔力を吸収していたから、彼女の説明からして、素材が偽物であることはないだろう。
考えれば考えるほどに気になって仕方がないライのもとに、今答えが返ってきた。
「これか? 拾ったのだ」
「は?」
「いやー、海辺を歩いてたら落ちてた。流石に最初は潮臭くて敵わなかったが、珍しかったから持って帰ることにしたんだ」
ライは拍子抜けした顔でアルマの方を見る。
「武器が流されてくることは珍しくありません。もっとも、大抵の物は劣化が激しいので使い物になりませんが。竜の素材だから、持ちが良かったのでしょう」
「そういうものなのか……」
ライはそんなことがあってたまるかと思っていたが、アルマがすんなりと受け入れているので、雰囲気に呑まれてしまった。
そして草原の長閑な静寂が一瞬だけ場を支配した後、
「まあ、手入れをして一振りしたら炎が出て、最初は驚いたがな!」
とルシアの大声が響き渡り、高笑いが続く。
その竜鞭の力を最大限に引き出せているのが、これもまた彼女の才であり実力でもある。事態を面白がる笑い声は、強者の余裕をライたちに感じさせていた。
その後は悲惨な爆心地を通り過ぎ、道に従って歩いた。好戦的なモンスターはやはり現れない。
しばらくして、道脇に傾いた馬車が目に入った。
三人の中に、見ぬふりをして素通りする薄情者はいない。冒険者として困っている人を助けたいと思うのは当然の心だ。
「どうかしたのか?」
ルシアが地面に膝をついて項垂れる小太りな中年の商人に声をかけると、諦めかけた表情が垣間見えた。
「実は……馬車が壊れてしまいまして」
「どれ、見せてみろ」
「この先の街に行く予定だったのですが、荷台に穴が空いてしまい……。はぁ……」
“この先の街”というのはグリュトシルデのことだろう。積み荷が少なければ協力して運ぶのも手だが、馬車の大きさからして積載量は少なくないはずだ。実際、全員で馬車の積み荷を覗くと、とても人力では運搬しきれない量だった。
それに、折角出発したのにまたグリュトシルデに戻るとなると、調子が狂うという気分の問題もある。出発も、また明日仕切り直しということになるだろう。
それは何としても避けたいと思っていたところ、ルシアは
「これなら何とか修理できそうだ」
と軽く言ってみせた。
そんな多芸な彼女に、商人は希望を宿して縋り寄る。
「本当ですか!?」
「ああ。だが、材料が足りない。協力してくれ」
「とんでもない! それは私の言葉です。積み荷に使える物があるのなら、遠慮なく使ってください!」
商人とルシアのやり取りを見て、ライとアルマもやる気が強くなった。
「俺たちも手伝おう」
「はい!」
旅路ならではの、緊急クエストの開始だ。
「直すべき箇所は、車輪一つと荷台の穴一つか……。補修に使える木材はあるか?」
「いえ……木材は積んでおりません」
商人は申し訳なさそうに言った。
「ですが、釘ならあります。そこの小袋に入っているはずです」
ルシアは指で示された積み荷に手を伸ばして紐解き、中に入っている釘を数個取り出した。太過ぎず細過ぎず、木の板を打ち付ける程度には十分な長さと丈夫さのある鉄釘だ。
「これなら問題ない」
ルシアは独り、釘に対して頷く。
「じゃあ俺が木を伐り出してくるよ」
「頼む」
ライはそう言うと、林の中へ向かって行った。彼の背を見るアルマは、さてどうしようかと思っていたところ、
「アルマには別でやってもらいたいことがある」
と言われるので、胸を張って
「はい、何でも言ってください!」
と返した。
「良い返事だ。では……」
そんなアルマへの頼みは、彼女にとって抵抗のある事だった。
2023/4/29 全体を少し修正しました。




