異世界の片隅で、貴方とsideライル
sideライルです。
真面目なライルさんですが、そこはやはり獣人ですから‥‥。
彼女を最初に見た時に感じた、あの何とも言えない感覚をなんと表現したらいいのだろう。
俺、ライル・アーネットは、一応貴族に名を連ねる。
普段は騎士として働いているが、王都の治安を守る事も大事な任務として認識している。
だから王都に不慣れな旅人には、あえて警備員として名乗り不要な垣根を作らないようにしていた。
そんなある日、メインストリートに物珍しい色彩の女がいるとの情報が入ってきた。
もしかすると、異世界からの迷い人かもしれぬ。
どのような仕組みかは分からぬが、基本迷い人は番となる人物の周りに現れるため、速やかに保護される事が殆どだ。
だが、迷い人は大抵黒髪に黒い瞳とされている。
珍しい色彩と言うと、迷い人ではないのか‥‥。
何とも気になり、巡回がてら出向く事にした。
そして、その場所に彼女はいた。
もう、一目みて息が止まるかと思った。
何だ、あの美しいモノは。
艶やかでサラサラの、表現仕様のない美しい白い髪。
紅く、そして深い輝きを灯す瞳。
滑らかでキメ細やかな肌。
そして、愛らしい顔。
迷い人らしからぬ色彩を持ち、無垢なる雰囲気を纏う女性を見た瞬間、俺は強く思った。
彼女が、欲しい。
魂が、彼女を渇望している。
逃すな、離すなと喚いている。
居ても立っても居られなず、足早に彼女に近付いた。
と、同時に通りを行き交う雄どもに、威嚇とも言うべき気を飛ばす。
見るな!近付くな!
そして彼女の側に立ち、できる限り穏やかに話かけたのだった。
「失礼、お嬢さん。
違ってたら申し訳ないが、もしかして違う世界からの来訪者かな?」
「ちょっとよく分からないけど、たぶん?」
あああ、何と可愛らしい声なのだ。
うっとりと聞き惚れていたいが、それではただの変態だ。
初対面で変態認定されたら、俺は軽く死ねる‥‥。
「ふむ、やはり迷い人か。
たまに君の様な、こちら側にくる者がいる。
その場合は、保護する事になっているが‥。
君は身を寄せる場所はある?」
頼む、ないと言ってくれ‥‥っ!
「‥いえ」
よっしゃああああっっ!!
「では保護対象として、身を預かろう。こちらだ」
歓喜で打ち震える身体を何とか制し、俺の館へ案内することとした。
共に歩きながらチラリと彼女を眺めると、何となくぼんやりと心ここに在らずな感じだ。
何せ異世界からの来訪だ。
右も左も分からない環境に、戸惑っているのかも知れない。
何か、心安らぐものがあれば良いがと思いつつ、まだ彼女の名前も知らない事に気付いた。
「名は何という?
俺はライル。この街で警備を担当している。
迷い人ならば馴染みがないと思うが、熊の獣人だ」
「あ、私は‥ええっと。ましろっていいます」
ましろ、ましろ。
何て可愛いんだ!ふんわりとした響きが、よく似合っている。
その後も、会話をしながら歩みを進める。
目の端に、街を巡回中と思われる部下が驚愕の表情で立ちすくむ姿が映るが、キロリと睨むとさっと青ざめ散り散り逃げ去って行った。
俺の感覚では、あっという間に着いてしまった館では、ジルドが満面の笑みを浮かべ待ち構えていた。
彼女を紹介し部屋の準備を依頼すると、もう用意はできていると告げる。
怪訝に思いジルドを見やると、誰かが告鳥を飛ばしご丁寧に報告してきたらしい。
あいつらか。
今度の訓練日には、ゆっくり礼を言わねばな。
ましろには、部屋でゆっくり休んでもらおう。
俺もできれば共に在りたいが、仕事の途中でもあり一旦戻らねばならぬ。
後ろ髪を引かれる思いで、館をあとにした。
まさか、俺がいない隙にあんな事が起きるとは思いもせずに‥‥。
仕事場に戻ると、同僚のレイがニヤニヤしながら待ち構えていた。
「ライル、えらく早い戻りだな!
今日はもう直帰でよかったのに」
「報告書がまだだ。迷い人は貴重だ。速やかに報告する義務がある」
「真面目だねぇ。
モテるくせに、近寄る女性を一瞥もせず冷ややかに睨み倒す硬派な団長の遅い春を祝ってやりたいのにねぇ」
「うるさい」
面白がる視線が鬱陶しく、バッサリ切り捨てると書類作成に取り掛かった。
この作業があるために、戻らざるを得なかった。
まだ、ましろにいろいろ説明できていない。
仕事を片付けて、早くましろの元に戻ろう。
そして保護システムについて、番について説明をせねば。
黙々と仕事を片付けながらも、頭はましろに関する事でいっぱいだ。
迷い人も、最近は番の意味を理解する者も多いと聞く。
意味は理解するが、迷い人には番のシステムはない。
だからこそ誠実に言葉を尽くし、ましろに愛を請わねばならぬ。
どうか‥‥。
どうか、俺を受け入れて欲しい。
カツン‥‥と、ガラスに何かが当たる音がする。
振り返ると、窓枠に告鳥が佇んでいた。
窓を開けて中に入れると、切羽詰まったジルドの声が響いた。
―ラナー様がお見えになり、ましろ様をどこかへ移転なされてしまわれました!
は?
何だ、それは。
何故分家ごときが、しゃしゃり出てくる?
イラつく思いを抑え、レイに急用で帰宅する旨を伝えた。
「了解。番ちゃんに宜しく」
軽やかに手を振るレイを横目に、俺は慌ただしく館に戻った。
ああ、いつの間にこんな時間になっていたのだろう。
日は沈み、辺りは暗い。
夕食までには戻るつもりだったが、意外に時間が経っていたらしい。
「ジルド!どういう事だ!」
帰宅するなり、執事に確認をと声を上げる俺の耳に、苛立ちを増強させる女の声が響いた。
「まぁ、ライル様お帰りなさいまし。
本家当主とも有ろう方が、何をそんなに慌ていらっしゃるの?」
「ラナー‥‥ここに来て良いと伝えていないが?」
「まぁ、怖いお顔。
何をそんなにお怒りですの?」
俺の腕にそっと手を置き薄ら微笑む姿に、苛立ちを抑えられなかった。
「何故ましろを飛ばした?」
「あの様な異形のモノを、近くに置くべきではありませんわ。
ライル様、私は貴方に相応しく在ろうと日々努めております。
異形などに心留めず、そろそろ私との婚姻を‥‥きゃあっ!!」
「ましろは異形ではない」
ラナーの手を払い除け、唸る様に告げる。
同じく熊族であるくせに、番への執着の強さを理解できないとは本当に愚かだな。
攻撃をされたら、それを上回る反撃を。
それが、俺たちの性質。
ゆらりと立ち登る殺意に、ラナーが息をのんだ。
「俺の番に手を出した。ラナー安らかに逝けるとは思うなよ‥‥」
ひゅっと息をのみ、青褪めるラナー。
ジルドにラナーを拘束させ、地下牢に押し込めるよう指示を出す。
ふと。
西の方角に目を向けた。
向こうに、いる。
番は、離れていてもどの辺にいるのか、把握する事ができる。
そして熊族は、鼻が効く。
距離を詰めれば、更に詳しく位置を把握できるだろう。
迎えに行かねば。
日が暮れると、この一帯は一気に冷える。
変異できず、身を暖める毛皮も持たない人族では、凍えてしまうだろう。
身を翻す。日が暮れれば、馬は使えない。
変異し熊の姿となると、一気に走り出した。
意外とよく言われるが、熊の走る速度は速い。
早く、早く!と身の内から響く声に押され、番を求めて走る。
1時間ほど駆け着いた森の入り口で、スンッと鼻を鳴らす。
中にいる。
そこからは嗅覚を頼りに、森の中を歩いた。
暫く歩くと一際香りが強くなり、そして見つけた。
ましろ。
そう森の深い場所に飛ばした訳ではなかったらしい。
殺すつもりではなかったと言うことか。
だからといって、許す事はないがな。
ましろに近寄り、獣型を解く。
ましろは瞳を閉じ、ぐったりと横たわっていた。抱き抱えようと触れる肌は、恐ろしく冷たい。
胸の微かな動きで、辛うじて生きている事が知れる。
理不尽に晒されたましろを目に、胸が締め付けられる。
と同時に、番への愛おしさ、執着などが湧き上がってきた。
その瞳に、俺だけを映したい
誰にも見せたくない
固く目を閉じ、想いを抑え込む。
まだだ。
今は、その時ではない。
大きく息を吐き、ぎゅっとましろを抱きしめた後、館に戻るべく踵を返した。
戻ると医者が控えており、ましろを託す。
診察の結果は、低体温症と疲労。
彼女の眠るベッドに近寄ると、先程よりは幾分マシになった顔色で眠っていた。
しかし、触れる肌はまだひんやりと冷たい。
取り敢えず命の危険はなくなったものの、この様な状態のましろからは離れ難く、何より俺自身が暖めてやりたいと思ってしまう。
そっと身を寄せて、その美しい髪に口付ける。
「早く元気になってくれ」
そして、朝。
うふふと、可愛らしく微笑んだましろが、俺の胸にその頬を押し付けすりすりと動かす。
か‥‥可愛い‥‥っ!!
ちょっと理性と野生の我慢比べになりかけたが、ぐぐっと熱を飲み込み理性を叱咤激励する。
そして、そっと髪に指を絡めて唇を落とした。
「ラ‥‥‥ラ、ラ、ラ、ライルさんっっ!!?」
どうやら、ましろが目を覚ましたらしい。
現状が理解できず慌ている、わが番の何と愛らしいことか。
溢れんばかりの愛しさに、つい抱きしめてしまう。
「俺の屋敷だ。
済まなかったな。俺が居ない間に、辛い思いをさせた」
異性とのスキンシップに慣れないのか、ましろの顔は赤い。堪らん。
「私、森にいたと思うんですが‥‥」
ふと、ましろが呟く。
「ああ、アイツが飛ばしたせいでな」
忌々しい女を思い浮かべてしまい、つい剣呑な目になってしまう。
ましろが回復したら、真っ先にあの分家を潰そう。
先ずは、ましろに説明できていなかった、あれこれを伝えるのが先だろう。
「だが、俺はましろを保護するつもりだったし、ましろも俺の保護を受け入れるつもりだったろう。
いろいろ手続きはできていないが、双方が受け入れていたら話は早い。
居場所など、すぐ特定できる」
「そうですか‥‥。
助けて頂いて、凄くありがたいんですが。
その‥‥何で一緒のベッドに‥‥」
恥じらう様に身を捩る姿に、つい笑みが溢れる。
「あんな場所に、薄着でいたから身体が冷えていたからな。
命の危険もあるから、同衾して暖を取れる様にしていたんだ」
優しく髪をなでる。ああ、もうずっとこうしていたい。
たが納得できていないのか、胡乱な眼差しを向けてくるましろに、有りったけの愛情を込めて囁いた。
「やっと巡り会えた番だ。俺以外に世話をさせるなんて、ありえない」
「え‥‥?」
ぱちくり。
俺のシャツの胸元を握りしめて、ましろが瞬く。
「あの、番って‥‥?
ライルさん、私を保護してくださったんじゃ‥‥」
ああ、番の何たるかは理解しているのか。
良かった。
「ああ、きちんと説明できていなかったな。
この国では迷い人は保護される。
そして保護できるのは、その迷い人の番にのみに許されている」
獣人は愛情深い反面、嫉妬深い。
下手に番以外が保護すると、種族によっては血の雨が降りかねん。
「保護‥‥ですよね?」
恐る恐る確認してくるましろ。
あああ、可愛い。大事に、大事にしよう。
何物にも代え難い、俺の番。
「そう、保護だな」
早く元気になってくれ。
そして、その愛らしい顔に微笑みを。
その神秘的な紅い瞳に、俺だけを映してくれ。
近い将来訪れる、甘く痺れるような日々を思い、俺はうっとりと微笑んだ。
「末長く宜しく。俺の愛しい番どの」
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。