8. ヒマじゃねぇよ! 吸血鬼だよ!
簡単に、キャラクターイメージを貼っています。
今回は日間真昼です。たまに、こういうのも貼っていくと思います
「真昼! 」
馴れ馴れしい2人のお兄さんとお姉さんが、口をそろえて言う。
レインコートのフードを下ろしたその顔は、確かに、あの日間さんだった。
「今宵の濃い瘴気……」
ん? 日間さんが何か言い始める。
「ちょっとお兄さん、お姉さん。止めないんですか? 」
「何で? いいから見てようぜ」
「うむ。少年よ、たとえどんな時でも、前口上は必要なのだ」
――それは必要なのか?
「満月の光に誘われてここに降臨。愛と正義のセーラー服、美少女吸血鬼、
ヴァンパイアムーン! 月に代わって――」
いいや。2人が止めないなら俺が止めるまでだ。俺は割って入ることにした。
「日間さん? 日間さんだよね!? 僕! 僕! 隣の席の陽当だよ! 」
俺は、日間さんに駆け寄った。
「 ! 」
……日間さんは、とっさにフードを深く被った。彼女の肩に、
使い魔が止まった。
「いえ、人違いでは? 今宵は……月がきれいですね。」
「日間さんでしょ!? そんな恰好で何してるの? 下はセーラー服なの?
僕、僕! 」
「 ! そんな、ボクボク詐欺知らないです」
「ねえ、日間さん」
「ヒマじゃね~よ! 忙しいの! 」
「それ、彼女の持ちネタね」
お兄さんとお姉さんが、にやにや声をそろえて指をさす。
「まひるちゃ~ん。夜は、随分絶好調じゃな~い。あれ? 自分で愛と正義の
美少女とか言って、クラスメイトに見られるのそんなに恥ずかしかった~? 」
「フッフッフ、しかも、事件が解決した後にな」
「それは、お兄さんも一緒では? 」
「ほら、観念しろって! 」
勢いよく、桃さんがフードをはぎ取る。
「う~……何で、ここに陽当くんが? 」
彼女が赤面して聞いてくる。
「何でって……何でしたっけ? 」
2人に言及を求めた。
「………………」
「………………」
2人は互いに見つめ、師之神さんはどうぞどうぞ、と桃さんに両手を
差し出し促した。彼女は少し考え込み、口を開いた。
「いや、この少年がね、野菜ジュースを持ってここをうろついてたんだよ。
しかも100%。2人に聞きたい。100%野菜ジュースって、なんの隠語? 」
……え? それ? 俺は、思わず絶句する。
一瞬考え込んだ2人が、口を開く。
「……モロヘイヤでは? 」
「ヘロインみたいに言うなよ」
師之神さんの解答に桃さんがツッコむ。
「……100% の野菜ジュースって何かしら? 100%トマトだったら、
100%トマトジュースだし」
「な? わけわかんないだろ? 真昼。この少年が口を割らないんだよ」
「それはいかんな、少年。正直に言った方が、身のためだぞ」
……話がまたややこしくなりそうだ。
面倒だったから、まとめることにした。
「ここを歩いていたら、魔物に襲われました。
魔物に襲われた僕は、味方だと思った、そこのお姉さんに襲われました。
お姉さんに襲われたと思ったら、そこのお兄さんに襲われそうになりました。
2人が僕の取り合いをしていたところ、日間さんが来ました。以上です」
「何? その小学生の作文? 」
日間さんが、もっともな感想をこぼした。
「これで間違いないですよね? 」
俺は、2人を見た。
2人は少し考えこんだ後、うんと頷いた。
「ああ、そうそう、真昼。良くんは美血の持ち主で、もうすでにアタシの
物なんだ」
俺の腕を、両腕で引き寄せる。良くん……さっきより馴れ馴れしくなってる。
「いや、私の大学受験を手伝う約束をしていたところだ」
お兄さんが背後に回り、俺の両肩を揉み始める。
「ああ、そういうことなんだ……」
彼女が何やら神妙な様子で、察した。
「陽当くん、こっち! 」
彼女は桃さんの手をはたき、俺の手をぐグイとつかむと、そのまま飛翔した。
「捕まってて! 」
「うん! 」
俺はもう片方の手で、彼女の手をつかんだ。
「あ、真昼! てめ! 」
「抜け駆けは許さんぞ! 」
下の声と景色が、一気に遠ざかって行く。
「すごい……」
思わず声が漏れる。
学校の彼女とは全然違っていた。握っている手も強く、背中からは羽根を生やし、
俺を軽々と持ち上げ、飛んでいる。
朝の――机に顔を伏せる、おんぶの重み、階段に座り込む彼女が思い浮かぶ。
「こんな景色、初めてでしょ! 」
「うん! 」
「そうでしょ! 空から見る景色も――キレイでしょ! 」
彼女が満面の笑みで振り返る。こんな笑顔をするんだ。
急上昇し風を切り、雲に届きそうな勢いだ。
水平線の距離は遠くなり、風景がわっと1度に入ってきて、体に溶け込む
感触がする。
「どこか、行きたいところはある!? 」
「……………………」
俺は、彼女の笑顔に言葉を失い、見とれてしまっていた。
「――って行きたいとこだけど、ゴメンね! 私じゃここまで!
降りるね! しっかり、捕まってて! あの辺りにしよう」
彼女が、降下を始める。
河川の外れにある、大型書店の駐車場に向かって降りて行く。
自然と一体になっていたのが、今度は建物に、標識に、コンクリートの道路に
近づいていくのが目に入り、胸はドキドキしたまま、思考が現実に戻っていく。
「はい、ここならそう簡単に見つからないね」
彼女は俺の手を引き、駐輪所の方へ向かう。人気も物もない。
置きっぱなしにされた自転車が2,3台置いてあるだけだ。
彼女が座る。隣を手で叩き、座ることを催促している。
俺は安堵のため息を吐き、座った。
彼女の隣に座ることが、懐かしく感じる。
ここは、俺の定位置なのかもしれない、そうとさえ思った。
「陽当くん、今日は災難だったね。朝は私をおぶって、夜はこんなだもん」
「いやぁ、ありがとう。なんか、本当に助かったよ」
「ね? やっぱり持つべきものは隣の席でしょ? 」
「うん。僕にも、困ったことがあったら何でも言ってよ」
「本当? 今日みたいにおんぶして保健室連れて行ってって、お願いしちゃうかも」
「あのくらい、お安い御用だよ。家までだって送るよ。体がもてば」
「やっぱり、重かった? 」
「いや! そんなわけでは」
「フフフ、冗談」
……冗談を言っているうちに、橋の上より暗い所へ来た目が、
少しずつ慣れてくる。横目でも彼女がこじんまりと体育座りをしている
たたずまいが、次第にはっきりする。
肩よりも少し長い髪、大きく済んだ目、同じ年齢の女子よりも全体的に
少し小さな体格。
(この体で、俺をつかんで飛んでたんだよな)
パァッっと浮かび上がった時に入った風景、彼女の手のやわらかい感触と
ひんやりした感覚に、鼓動が楽しく反応している。胸が熱い。
一生経験できないような、初めての感覚だった。
俺はぼんやりと手を見つめながら、胸の鼓動をずっと反芻していた。
この熱くて、暖かくて、甘くて心地よい胸のドキドキが消えないでほしい……。
「陽当くん……どうかした? 」
俺の名前を呼ぶ、彼女の声が甘い。耳に心地よく響く。
「いや、何も。日間さんこそ、どうかした? 」
「ううん、急に黙るからさ」
「そんなことないよ」
「うん」
――少し、沈黙が流れる。風が、心地よく吹き抜けてくる。
「あのね? 」
彼女が口を開く。甘い音色に、心臓が止まる。俺は、返事をすることもできない。
彼女も、同じ気持ちだったらいいな――自分の頭の隅で、そんな声が囁いている。
「さっき、何でもしてくれるって言ったよね? 」
「うん。僕にできることなら何でも 」
「一つ、お願いしてもいいかな? 」
「もちろん」
「血をね、くれないかな? 」
「うん、いいよ ……え? 」
「え? 」
「今、いいよって言ったよね?」
彼女が屈託のない笑顔を向けている。髪や肌の雰囲気が、徐々に変わっている。
一気に思考が現実に引き戻されてきた。彼女の輪郭がはっきりする。
「いや、ちょっと待って、言ったけど言ってない。
ごめん、心の準備ができない。また今度、今日はもう解散しよう!
一晩! 一晩! 寝れば考えも変わるって!」
「一晩も待てない! 」
俺は立とうとするも、信じられない力でぐいと腕をつかまれ、引き戻される。
さっきまでのかわいらしかった日間さんは爪と牙が伸び、髪が逆立ち、
顔や手の血管が浮き出、この世の物とは思えない、深紅の鋭い眼になった。
俺の首に狙いを定め、ゆっくり噛みついてきた。
「イタダキマァース」