MMS
「いい、けど」
少しうつむいた彼女の返事。
頬を染めた彼女の優しい言葉を聞きながら。
俺は内心でダラダラと滝のような冷や汗を流していた。
⊂ロ⊃⊂ロ⊃⊂ロ⊃
「うひゃ、うひゃひゃ、いーひっひ。ハ、腹痛い。マジで、うひょ、あは。プッ、ウホッ、ゴホゴホ」
椅子から転げ落ちそうになっている親友がそろそろゴリラになりそうだ。
笑い声もゴリラっぽい上に、詰まった息をはき出すべく、両手で胸まで叩き出した。
「そんなに笑ってやるなよ」
キリッとした表情でもう一人の幼馴染みが親友を止めてくれる。
いいヤツそうだが信用はできない。
なにせ、コイツは一足先にゴリラから人間に戻っただけなのだ。
「で、確認するとだな?」
ほら、にやけながら、確認しなくてもわかる事をわざわざ確認してきやがった。
「三月の放課後、お前は卒業する先輩にコク・・・」
「ウホッ、・・・い・ヒッ、ふぅー、ふぅー」
「コクハ・・・」
「ウホッ、・・プッ」
「告白・・・」
「ウホッ。アハッ。アハアハ。うひゃ、うひゃひゃ、いーひっひ。ひょ、あは。プッ、ウホッ、ウホ、ウホ」
幼馴染みの話はじめで、親友がゴリラに戻っていく。
この分だと彼は、しばらくコクのあるものは食べられないだろう。
・・・何でこうなった?
俺は先輩との思い出を振り返った。
⊂ロ⊃⊂ロ⊃⊂ロ⊃
その女性を初めて見たのは集会の壇上だった。
男の生徒会長が休みで副会長が代理。
たったそれだけの出来事で俺の心は奪われた。
長い黒髪に白い肌。物静かで優しげ。
最初はそれだけの印象が好きだった。
親しくなろうと、引き受け手のいない委員長を冷やかされながらやることで、生徒会の活動中、接点が増えて名字を呼んでもらえるぐらいにはなった。
「そこから進まねーけど」「そうそう」
うるさい。回想に口を出すんじゃない。
・・・まあ、その通りだが。
生徒会の任期が終わってしまうと、そのか細い関係も終わってしまった。
「で、卒業する先輩に焦って告白って」「まあ、フられても良いタイミングだな」
だから、うるさい。
回想に・・・。
変な風邪が流行ってしまって登校が無くなると噂されたのにも手伝ってもらって。
俺は早咲きの桜の木の下で産まれて初めての告白をした。
⊂ロ⊃⊂ロ⊃⊂ロ⊃
「で、返事はYES」「お幸せに」
話は終わったと立ち上がる親友と幼馴染みの制服の裾を俺は片手づつで捕まえた。
「離せリア充」
親友が右手を払う。
「はぜろリア充」
幼馴染みが左手を払う。
「・・・リア充じやない」
「知ってる」
「うひゃ、うひゃひゃ、いーひっひ。うひょ、あは。プッ、ウホッ、ゴホゴホ」
「それは、もういいから!」
バン! と机を叩いて俺は立ち上がった。
普段なら注目の的になって視線が飛んできて刺さるところなのだが。
今日教室にいるのは、臨時休校中の課題を机に突っ込んだままだったのが先生にバレて呼び出された、俺たち三人だけだ。
「で、どうするのよ?」
「なあ?」
⊂ロ⊃⊂ロ⊃⊂ロ⊃
「いい、けど」
鈴を転がしたような声というのを俺は初めて聞いた。
「ずっと好きでした! 付き合って下さい!」
寝ないで考えた告白のセリフを吹き飛ばして叫んだ俺に対する返事だ。
「はい、おかしい」「え、どこが?」
だから、回想に・・・。
まあ、おかしいのだが。
どこがと言われれば、「『いい、けど』の部分」「間違いない」。
だから、人の回想に口を挟むな!
そしてソコはおかしくない!
・・・はず。
いや、まあおかしいかもしれないが。
確実におかしいのは『初めて聞いた』の部分だ。
黒髪と背丈が一緒。
あのとき、全校生徒がマスクをしていた。
ヤバイ、やばい、矢場い、YABAI。
そう、ソウ、総(当て字)、SOU。
ま・ち・が・え・た・・・!
やっちまった、背丈が、黒髪が、一人だったから、チャンスだと、桜の下は告白のパワスポで、今しか無くて、振られても先輩は卒業で、・・・アレ、今、何て?
足元を見ていた俺が顔を上げた時には、誰も、いなかった。
⊂ロ⊃⊂ロ⊃⊂ロ⊃
「良かったな靴を覚えてて」
「良かったなこの学校、学年で色が違ってて」
親友と幼馴染みは手伝ってくれそうだ。
できるだけ、速やかに。
俺の告白に答えてくれた一年生を見つけなければいけない。
「あ、張り切ってるトコ、ワリーけど」
「連休明けまで休校っぽいぞ」
ガラガラと教室のドアを開けた二人が出ていく。
「うおぃ! 待って。ちょ、待って!」
本当に待って。
・・・いるのが良い未来なら、いいな。
俺は友人の待つ廊下を駆け抜けていく。
正式タイトルは『みんなマスクのせいなのか』。
タイトルバレ防止です。