44.せいしを懸けた戦いⅢ
夕食を終えた俺達は、要求を賭けたやり取りを再開することに。
「次の要求を発表したいと思います」
「お願いします」
何故か神妙な面持ちで目の前に立つ弓花。
次の要求は大事なもののようだ。
「咲矢と一つになりたい」
「拒否します」
俺は即答する。
弓花は俺と一線を越えたがっているので、この要求は必ずあると思っていた。
「いいの? ここで拒否権を使えば、もうあなたに拒否権は無いのよ?」
「ここで使わなかったらいつ使うんだよ」
「あと二つの要求が見せ合いっことか変態プレイとかだったらどうするのよ?」
「それは弓花も恥ずかしいから、そんな要求書かないだろ」
俺は弓花の脅しを受け流して、拒否権の紙を渡す。
あとの二つの要求は俺の予想だが、好きって百回言い合うとか、腕枕してもらうとかそんな感じの可愛い要求のはずだ。
「まぁ、致し方ないわね。咲矢とは一線を越えたいけど、それは咲矢の意思でないとあまり意味はないし」
弓花は切り替えて次の紙を取り出す。
ここからは受け入れるしかない。
「じゃあ、次の要求は一緒にお風呂ね」
「ヴェ!?」
まさかの弓花の要求に俺はソファーからすっころぶ。
予想の斜め上を行く要求だった。
「拒否はできないわよ?」
弓花のしてやったりという目。
一緒にお風呂という考えは思いもつかなかった。
もう過激な要求は無いと思っていたが、がっちり残っていました。
俺は弓花と一緒にお風呂に入って生きたまま出られるのだろうか? いや無理だ。
「それは反則だろ。キスもしていないのに裸の付き合いをするなんて、レベルが低いのにラスボスに挑むようなものだ。段階を踏んでいかないと」
「咲矢って華菜ちゃんとお風呂に入ったことあるわよね?」
「……あるぞ。華菜は精神的に幼かったのか知らんが小六まで一緒に入ってたな」
「そう、家族で同じ風呂に入ることは問題ではない。むしろ、入ったことないというのが不思議なのよ」
悠長に屁理屈を述べる弓花。
家族だから当たり前でしょ攻撃はけっこう強いな。
俺も納得せざるを得ないし、受け入れてしまいやすくなる。
「いや、でも高校生になって一緒にお風呂入る異性の家族はいないだろ」
「家族なのに一度も同じお風呂に入ったことない人もいないでしょ」
「そうはいってもな……」
「そもそもあなたに拒否権は無いわ。約束を破るの?」
弓花は少し悲しそうな目で俺を見てくる。
そんな目をされたら無理とは言えない。
「……せめて、タオルとかは巻いてくれよ」
「咲矢ぁ~」
要求以外での接触を禁止していたが、弓花は嬉しさのあまり抱き着いてくる。
終わった……
絶対タオル越しとかでも無理だろ。
でも俺に拒否権は無い。
約束を破れば弓花との信頼関係にひびが入る。
一度ひびが入れば簡単に割れてしまう。
俺と弓花の関係には傷をつけたくない。
とはいえ、一緒にお風呂に入って理性が崩壊してしまえば本末転倒だ。
「お風呂沸かしてくるわね」
そんな俺の不安をよそに、お風呂のスイッチを入れてしまう弓花。
「どうしてそんな青ざめた顔してるのよ、そんなに私と入るのが嫌?」
「弓花とお風呂に入るなんて嬉しいに決まってるだろ。でも、もし俺が興奮を抑えきれずに弓花へ迫ったらどうするんだよ?」
「それは……素直に受け止めるわ。あなたを愛で包み込んであげる」
「聖母かよ」
弓花は俺と一線を越えたがっているので、願ってもない誘惑の機会ということだ。
「まぁいいさ。終始目を閉じてやり過ごせばいい」
「チラ見マンにそれができるかしら?」
「できるかできないかじゃない、やるんだよ!」
「絶対無理ね……」
俺のことを誰よりも理解している弓花は無理と断言してくる。
弓花がそう言うのなら無理なのだろう。
着替えやタオルを用意して、お風呂に備える。
心臓の鼓動が高鳴り過ぎていてヤバい。
身体が熱くなってきたので、早々にシャツを脱いで上半身裸になる。
それを見ていた弓花が顔を赤くした。
「そういえば、咲矢の裸を見るのは初めてね。着替えとかも見せてくれないし」
「見せる奴の方が少ないぞ」
弓花は顔を真っ赤にして俺の身体を興味津々に見ている。
「……意外と鍛えているのね」
「痩せ型の体形だから鍛えているように見えるだけだ」
「そうかしら……あなたの性格なら少しは鍛えているんじゃないの?」
「何でもお見通しだな」
「ええ。あなたのことは何でもわかる」
中学の時は部活のおかげで自然と鍛えられたが、今は自主的に身体を少し鍛えている。
友達もいないから守ってくれる人はいない。
自分の身は自分で守る。
弓花という大切な人もできた。
大切な人を守れるくらいの力は欲しいからな。
「ルール違反になっちゃうけど、身体触ってもいいかしら?」
「それくらいなら大丈夫」
弓花はウキウキしながら俺の腹筋を触りだした。
見栄を張るために力を入れると、弓花は硬いと感嘆の声をあげた。
「咲矢も男なのね……」
背中や肩など触りまくってくる弓花。
まるで俺の形を確かめているみたいに、凝視しては触っている。
「ちょっとヤバいかも……」
弓花は真っ赤な顔を隠すように座布団に顔を埋めた。
「身体があっつい」
どうやら弓花の方も一緒に風呂へ入ることに相当緊張しているようだな。
お風呂の沸き上がった音がリビングに響く。
お互いの唾を飲み込む音が聞こえるほど、異様な緊張感で静寂に包まれている。
一世一代の勝負の時間がやってくるようだ――