8.古都に四天王
古の都があったとはいっても、最近は多くの盗賊の根城になっているというならのちは驚きの連続であった。八幡丸の村の生活とあまり変わらなかったのである。昔の名残化、大きな道や、石造りの壁などを見かけることもできるが、基本的には村と何ら変わりない。赤茶けた大地がずっと続いている。
これが、かつての都か。
八幡丸には風情が分からないが、こういう時に人は歌を詠むのだろうか。まったくもって、よく分からない。浅間も、がっかりしたような表情を浮かべて街の中を歩いていく。すれ違う人の目には生気はなく、まるで幽霊のようであった。
「なぁ、浅間」
「なによ」
「少し、町の者に話を聞こう。闇雲に探し回っても意味はない」
「わかったわ。じゃ、あんたはあっち」
そういって道の反対側を指さした浅間に、八幡丸は目を丸くした。
「いいのか?」
「そろそろあんたも、常識というのを学んだでしょう。すこしは協力しなさいよね」
「あぁ、わかった」
八幡丸はうなずくと、浅間が指差した方向へと歩きだした。ふと上を見上げると、はとが一話上空を飛んでいる。これで浅間と連絡をとれということか。
人々に話を聞こうとしても、それは楽ではなかった。境と違って、奈良の人々は、八幡丸の紋を見たとたん、家の奥に引っ込んでしまうのだ。詳しく話を聞こうと思っても、逃げられてしまう。
別に、野党でも何でもないのだがな。
盗賊ならまだしも、こちらは都の役人だ。それなのに、逃げられる道理がどこにあるんだろうか。八幡丸は首をかしげた。
何人も話しかけて、全員に話しかけて逃げられると、さすがに心が折れてくる。自分には向いていないのだろうか、と心配になってきた。
「そこのお若いの、何ぞ話でも聞きたいんかね」
ぽん、と八幡丸の肩を叩いてきたのは、杖をついた老人だった。老人は八幡丸をそばの気の傍に呼ぶと、座り込んだ。
「まぁ、都の事をよく思っていないものは多いからね。仕方のない事だよ」
「そうなのか?」
「かつて都があったのだから、それに縋ってしまうのだよ。お若いの、名前は」
「八幡丸という」
「まだ幼名を使っているのかね」
「いや、俺はこれが普通の名というか。そもそも、幼名とは何だ」
「なるほど、八幡丸はそのような村の子なのだな」
なるほど、なるほど、と何度もうなずかれ、八幡丸は何とも言えない気持ちになった。
「俺達がさがしているのは荒御魂の事だ。じぃさん、何か知っているか?」
「荒御魂、なるほど。それならば、里の者が一斉に逃げるのも仕方あるまい」
「なぜだ?」
「夕暮れに、一人で出歩くと必ずその荒御魂が襲ってくるのだよ。生きて戻った者が言うには、人の姿をしているということだけしか分からぬようだ」
「襲われた者は今どうしている?」
「何も語ろうとはしない。ただ家に閉じこもるばかりだよ」
「教えてくれ、どの家だ!」
せっかくつかんだ情報だ。上手く浅間に伝えれば、見返せるかもしれない。しかし、老人はあきらめたような視線を八幡丸に向けた。
「無理じゃ、ずっと出てこんのでな」
「無理かどうかは俺が決める。なぁ、どこの家だ?」
強引に話を進めてしまい、老人はついにあきらめたようにその襲われた人間の家を伝えた。八幡丸はそれを訊くと、さっと立ち上がった。
「ありがとう!」
やれやれ、と老人は座った。
「あれで役人というのならば、京の都も落ちぶれたものよ」
その男の家は、里のはずれにあった。
「入るぞ」
「勝手に入ってこないでくれ! また、あれが来るかもしれないだろう!」
神経質そうな声が上がった。ふと見ると、むしろの上で包まっている影が見えた。どうやら、八幡丸とそう齢のかわらない男のようだった。
「なぁ、あんた。荒御魂に襲われたって聞いたけど」
「話を進めないでくれ! わ、わたしは話さないぞ!」
「いや、落ち着いてくれ。何も強引に話を進めようとしているわけじゃない」
「信じられないぞ、京の人間なんて!」
その言葉に八幡丸はきょとんとした。
「俺は近江の人間だ。京の人間じゃない、信じてもらえるな」
「へ、屁理屈だ!」
男はその場で身を伏せて叫んだ。みのむしのような男だな、と八幡丸は思った。
「知らんな。俺は今日の役所の人間で、ここに現れた荒御魂の祓いをしに来た。話を聞いていくと、あんたにたどり着いた。教えてくれれば、あんたのその怖がっている元凶を突き止めることができるんだ」
「な、なんだって……都の役人だろう、あんたは」
「だが、俺は別に都だの、役人なんだの、興味はない。ただ、荒御魂に襲われている人がいれば、それを守りたいだけだ」
「変わってるな、お前」
八幡丸は頭を書いた。よく言われるのだが、よく分からない。己のどこが変わっているのだろう。田舎者だということは重々承知だが、それ以外でずれていることなどないだろうに。
「俺もかつて荒御魂に襲われたことがある」
もしかすると、この小太刀が男に恐怖を与えているのでは、と八幡丸は思った。八幡丸は小太刀を少し離しておいた。
「あんたもか?」
「俺の場合は蜘蛛だった。あんたは」
「俺は、俺は人だった」
「人?」
たしかに、人の形をしている神は珍しくない。ただ、往来に現れるというのは不自然のような気がした。
「俺は、その日、仕事から帰ってくる途中だった。
日ももう陰り始めていて、早く帰ろうと思ったら、気配を感じたんだよ。そして、振り返ったら……ああぁ!」
今度は男が体を丸めた。確か、こんな虫がいたよな、と八幡丸は思った。
「俺は必至で逃げたよ、逃げて、逃げて、そして、神社の境内に逃げ込んだ時、何とか逃げ切れたんだよ」
「なるほど、だが、悪霊の類か?」
神社の境内で難を逃れる話はよく聞くが、荒御魂あいてに効くとは思えなかった。
「そいつ、刀を持ってたんだ!」
「刀?」
八幡丸は今まで対峙してきた神々の事を思い返してきた。そのどれもが己の権能を利用した戦いをしてきたので、刀という武器を持ち出してきたのは初めて聞いた。刀剣の神というのは存在することには存在している。だが、往来の神ではないような気がする。往来には往来の神がいるはずだからである。
「こわかったんだ。お、おい! あんた、役人なら、あれを一日でも早く何とかしてくれよ! 俺は、あの日以来、外に出るのがおっかなくて仕方ねぇんだ!」
「分かった」
そういうのは、痛いほどよく分かる。八幡丸も、この歳になってもまだ蜘蛛が苦手だ。一度怖い思いをすれば、それに関連するものが嫌いというのはよく聞く話だ。
「刀の事、よく覚えていないか?」
「あぁ、刀は両手に持っていたぞ。二振り、か。どっちにしろおっかなかったぞ」
「二振り?」
刀を二本持つ、という型はあまり見たことがない。
「もしかして、何も話さなかったか?」
「あぁ、何を言っても無言だった!」
あの武士だろうか。あの人離れした業は確かに荒御魂と言われても仕方ないだろう。あの武士がここまでやってきているのだ、と思うと八幡丸の背中に冷たい汗が流れた。
あの復讐ができるのだ。
「ありがとう、俺はあれには言いたいことがある」
ぱっと、男が顔を上げた。
「ありがとう! 感謝する!」
うれし涙で顔をぐしゃぐしゃにした男が何度も頭を下げた。八幡丸はどう扱ったらよいものかと少し戸惑ったが、男の気が済むまでそうさせてやることにした。
「なるほどね、あの時の連中がいるって事ね」
「さっそく、今夜にも行動を起こそうと思う」
宿についた八幡丸は、浅間と情報交換をしていた。浅間の方は、やはり避けられていたようで、思うような情報は手に入らなかったようだ。せいぜい、襲われた人間が10を超えているということ、そして中には死んだ者もいるということだ。被害がこれ以上進まないためにも、早めに手を打たねばならないと思った。
「俺が囮になる。浅間は遠くから見てくれ。必要があったら、太郎坊を寄越してくれ」
「分かったわ」
そういうと、八幡丸は陰りゆく町中に出ていった。
荒御魂が出る、という噂は町中に広がっているらしく、誰も外には出ようとしていなかった。幸いなことに、家の中にいれば荒御魂は入ってこないらしい。好都合だな、と八幡丸は思った。余計なことを考えなくて済むからだ。荒れ果てた道を歩くと、まるで故郷に戻ってきたような気がした。故郷の夜中もこのような感じがしていた。
「故郷に戻ってきた気がするな」
八幡丸はいつ敵が襲ってきてもよいように、だが警戒心を持たれないように歩いていく。少しくらい暗いのも慣れてきた。これくらい、村では当たり前だったからだ。
「これがかつての都か」
時の流れは残酷なものだと、出雲が言っていたのが分かった気がした。京の都だって、ほんの数十年前は、大路に人が満ち溢れていたと聞く。
「!」
ふと、八幡丸めがけて何かが飛んできたのが分かった。さっと前に転がり、それをよけた。体勢を立て直し、見てみると、それは鉄の杭のようなものだった。
「あの時の!」
八幡丸は使の力を解き放つと、周りを探った。水面に石を投げ込んだような波紋が八幡丸を中心として広がっていく。八幡丸はそれを何度も繰り返すも、何も感じ取れなかった。
ふと、急に目の前に刀が振り下ろされた。
「くっ!」
がちん。
二振りの刃を受け止め、八幡丸は後ろに下がった。
「太郎坊!」
八幡丸の掛け声で、白い犬が八幡丸と刃の間に割り込んだ。ほのかに光る体毛で、その刀の主をはっきりととらえることができた。
「あの時の武士だな!」
大鎧に身を固めた武士が立っていた。これが奈良に出た荒御霊だということで間違いないだろう。これは、確かに東国からの帰りに出会ったものではないだろうか。そんなに多くの分霊がされている神なのだろうか。
「いくぞ! 太郎坊!」
太郎坊とともに、闇をかけ八幡丸は武士に挑みかかった。
「なぜ、神を食らう!」
八幡丸の刀を受け流し、武士は新たな攻撃の起点としてくる。それをすかさず、身をひるがえしてよける。太郎坊の体当たりが武士の脇腹に当たった。
「斬るしかないな!」
八幡丸は、武士からいったん離れて距離をとった。相手の動きを読まなければ、前回の負けにつながるのだ。二度負けるのは、できれば避けたい。負け続けると、負け癖がついてしまうからだ。
武士は距離をとった八幡丸のほうへと太刀を向けた。と、太刀を上段に構えて突撃してきた。これを受け止めるのは難しそうだ。ならば、受け流す。
交差させた太刀の右側を狙って、軌道をそらす。そのまま、手の向きを変えて下から薙いだ。これは手ごたえがあったが、鎧の部分に当たったので有効打にはならないだろう。
一気に間を詰められたので、互いに打ち合う。高い金属音が鳴り響く。太郎坊も、すきを見て体当たりや噛みつきなどを繰り返しているが、その鋭い牙が鎧を砕くことはなかった。やはり、使の力を宿した刀でなければ斬り付けることはできなさそうだ。
「あんた、なぜ東国から奈良に来た!」
その問いにも、武士は答えずに太刀を振り上げる。八幡丸は問い返した時、少し頭の隅っこのほうで何かひらめいた気がしたが、今はそんなことをしている場合ではない。
東国からやってきた神がいた、と話で聞いたことがある。どの神だっただろうか。ふと、気を抜いていると武士の石突が飛んできた。頬を殴られ、八幡丸はよろめいた。そのすきを狙って、武士のけりが飛んできた。
「うわっ!」
ごろごろ、と転がり八幡丸は地面に額をこすりつけた。八幡丸は小太刀を地面につきたて何とか武士を視界に入れた。
なんという神だったか、その神は武神であったか。
八幡丸は思い浮かび、声を上げた。
「あなたの神名、明かして見せよう!」
同じように神の力を宿すものであるならば、神の名を告げればもしかすればあらみたまから浄化できるかもしれない。
「させないよ」
「!?」
八幡丸の右肩にぐさり、と何かかが刺さった。矢だった。八幡丸は、とっさに矢を抜こうとしてやめた。血が止まるまで待つしかない。
「その声! 浅間の家の蔵を焼いたやつだな!」
「ご明察。さぁ、兄上。目障りな者を始末しましょう!」
手負いな上に二人同時、と八幡丸は奥歯をかみしめた。と、八幡丸のそばの茂みから浅間が飛び出した。
「あたしもいるってわからないのかしら、この馬鹿は!」
「浅間!」
「うちに火をつけたやつはあたしに任せて、あんたはあの武士を!」
「あぁ!」
八幡丸は使の力で血を止め、矢を引き抜いた。
「使は厄介だね。あの程度の毒じゃ効かないか」
遠くから響いてきた声に、浅間は向き合った。
「犬の花をなめないでね! さ、太郎坊! 次郎坊! いくわよ!」
ばう、と犬たちが遠吠えをすると駆け出した。浅間もそれに続くように入っていく。武士は浅間を見届けると、軽く地面から浮いた。やはり、荒御霊であることは間違いなさそうだ。ならば、あの声の主はこの武士の弟になるのか。
そんな神、いただろうか。
「どこに行く!」
八幡丸は小太刀を抜いたまま走り出した。逃げるのであれば、一刻も早く追いつかねばならない。これ以上、民を不安にさせるわけにはいかないからだ。
武士は八幡丸よりも速く駆け抜けていく。それを見失わないように八幡丸もついていく。びゅぅ、びゅぅと風が耳を吹き付けて流れていく。街並みもまるで風のように消えていく。これが使の力だ、と八幡丸は思った。
と、武士は門の上に飛び上がった。それは今日でも見かける都の入り口の門によく似ていた。朽ち果てた楼門の上に何かが立っていた。
「まちやがれ!」
「待ちなさい!」
八幡丸と浅間がなぜか同じようにたどり着き、声を上げた。
楼門の上に立つ人影は4つだった。月を背にそれぞれが八幡丸たちを見下ろしていた。荒御霊であることを示すかのようなまがまがしい光をまとった者たちは、一人を残し、少し下がった。
「そなたたちが、平氏の犬か」
「平氏じゃない! 犬でもない! 俺は使だ!」
「珍しいな、ここまでくるようなものでまだ平氏でないという」
しゃん、と響く声は威厳すら感じられた。八幡丸は心のどこかで知盛のような人間ではないだろうかと思った。
「都に帰って伝えるがいい、だが、もう手遅れだ。我らは、もうすでに都へ向かっている」
「な!」
男はすらりとした太刀を空に掲げた。
「我が名は義経! 四天王の主である!」
「義、経」
八幡丸はその名前を初めて知った。
「ここに集った、われら四天王が平氏に終焉をもたらすとな!」
「あんたたちが、神を食らっている奴らか!」
「食らう、など下賤な言葉を使うな。我らは、本来の神の力を得ているに過ぎない」
八幡丸はぎり、と奥歯をかみしめた。あの時、食われてしまった神の悲鳴を思い出したからだ。神は最後まで自分に助けを請うていた。なのに、自分は何一つできなかった。それだけではない、浅間の家にいた浅間様だってそうだ。
「浅間様を荒御霊にしたのもあんたたちのせいよね! 浅間様はあんなひどいことをする方じゃなかったわ!」
「あれはあの神の本来の願いを現したに過ぎない。神は畏れられるからこそ、神なのである! それを忘れた者たちのことなど、そうなってしかるべきだろう」
「なんですって!」
「お前たち、戦をする気か!」
「むろん、そうなるだろうな」
「そうなれば、より多くの神々が荒御霊になるだろう。お前たちは、結局神の力を奪うために戦にしたいんだろう?」
「致し方ないことだ。平氏を倒し、新たなる世を拓くためには必要なことだ」
「そんなことさせない!」
浅間が犬たちをけしかけて、義経に向かわせたが何かの力によってか弾き飛ばされてしまった。
「この私に犬をけしかけるとは、面白い。犬とはこう使うのだ!」
義経が笛を取り出すと、高く澄んだ音色を奏でた。すると、地面から青白い獣が生み出された。犬よりも細くとがった外見に、八幡丸はぞっとした。
「浅間! 狼だ!」
「!」
「いずれ、相まみえるだろう。そのときは、容赦はしない」
男たちは風に紛れて姿を消した。八幡丸たちは、義経が呼び出した獣たちを斬り捨てていった。狼は犬と同じように疫病のもとになる。一匹一匹はそう大したものではないのだが、その数は少なくとも30は超えている。それを一つ一つ対峙していったのでは、時間がかかる。これは、逃げるための時間稼ぎだろうと八幡丸は思った。それに乗せられてしまったのがなんとも悔しい。
最後の一匹を切り伏せ、八幡丸は小太刀を杖代わりに立った。塚の先端に額を乗せ、深く息を吸い込んだ。
「逃げられた」
「そのようね」
「あいつら、都に向かったんだろうな」
「ええ、私たちも急ぎましょう」
「そうだな」
八幡丸は刀を収めると、宿へと向かった。夜明けが近い。少し休んでからすぐにでもここを発とう。でなければ、遅くなってしまうからだ。あの力、普通の武士ではないはずだ。