5 言の葉なき者
「へぇ、そんなことがあったのね」
宿飯を喰らいながら、浅間が言った。
「浅間は何が分かった」
「そうね、四天王という人物たちの事はつかんだわ」
「四天王」
山菜飯をかきこむ手を止めて、八幡丸は聞いた。四天王、とはたしか仏教の言葉で、仏を守る武人たちの事だと聞いた。
「神を狩っているのは本当よ」
「そうか」
「穢れ、力がない神を組み入れ一時的に使と同じような力を手に入れるというのが四天王たちだと聞いたわ。頼朝を守る人物ともいわれているわ」
「俺達の敵なのか」
「そうね。私達はなんとしても、源氏が都に戻ってくるのを止めないといけないの」
「止めねばどうなる」
「あんたはそう言って、少しは自分で考えたらどうなのよ」
「俺には頭がないからな」
「そう言って逃げをうつ」
批難するように浅間がため息をついた。そう言われても、仕方ないではないか。浅間と違って自分は学問をしたことがない。頭の働かせ方を知らないのだ。
と、八幡丸の指がぴくりと動いた。浅間も何か気づいたようで箸を机に置いた。神が呼んでいるのだ。
「太郎坊! 二郎坊!」
浅間が外に向かって叫ぶと、二匹が駆けだす音が聞こえた。二人も二匹について行くように走っていった。夕暮れになりつつある山の仲は薄暗く、二匹の黒い毛並みが時折見えなくなるほどだ。
「どこだ!」
八幡丸は浅間を追い抜いて、一人で駆け上がっていく。すると、いきなり突風が吹いて、八幡丸の体が軽く浮いた。
「なにっ!?」
慌てて空を見ると、黄金色に輝く鳥の形をした髪がのたうち回るように空を飛んでいるのが見えた。八幡丸は神を襲っている人間がいないか探した。先程のつむじ風は先ほどの神が起こしたもので間違いはないだろう。
「八幡丸!」
追いついてきた浅間が八幡丸の近くまでやってきた。
「敵は?」
「太郎坊に追わせてる。こっち!」
浅間が駆けだそうとしたとたん、何者かが飛んできて辺りが煙のように立ち上った。
「煙玉か!?」
八幡丸が目線をそらさないように腕で顔を庇っていると、目の前に刃が差し出された。
「!」
慌てて上半身をそらすと、視線の先に大ぶりの刀が現れた。後ろに転がり、体勢を立て直すと、八幡丸は刀の主を見定めた。
「浅間!」
浅間の言葉が返ってこなかった。犬たちの姿も見えない。
分断された、か。
煙によって、浅間と自分を引き離し戦力を削ぐ作戦か。八幡丸は肩を抜いて、相手の刀に斬りかかった。
「お前は誰だ!」
相手は何も話さない。数合打ち合いを続けているうちに、煙がだんだんと晴れてきた。間をとるように後ろに下がると、その姿が夕日に照らされた。
黒い、鬼、と思った。
大鎧、と呼ばれるものを着込んだ漆黒の武士が八幡丸の前に立ちふさがったのだ。面をかぶっているせいで、八幡丸にはだれかは分からない。ただ、分かるのは武士は太刀を二振り両手に持っているということだ。
二刀流か。
「!」
八幡丸に斬りかかってきた武士の刃を受け止める。その重さに、八幡丸はじりじりと後ろへ下がってしまう。相当な使い手だということが分かった。
頭上で、神の苦しげな声が聞こえてきた。
「お前が神を狩っているのか!」
キラリ、とめんの奥の目が光った。肯定、という意味に八幡丸は捕らえた。弾き飛ばされるも、とっさに姿勢を立て直し、短剣を投げた。
かきん。
と短剣は切り伏せられる。
「答えろ! 神を狩って何をする!」
武士は何も答えずに八幡丸に向かってくる。不気味さを感じ、八幡丸は怯みそうになるが、神を救わなければとおのれを奮い立たせた。
八幡丸の刃は武士には届かず。また、武士は八幡丸の刃を片手だけではじいていく。それがだんだんと焦りへと通じていく。
武士が両腕を振り上げて、八幡丸の頭上へと振り上げた。それを八幡丸はよけた。片腕だけで止められる力を振るわれれば、ひとたまりもないだろう。
「お前が四天王か!」
「…………」
言葉を失っているようにも見えた。もしかすれば、神を取り込み過ぎて言葉を失っているのかもしれない。八幡丸はとっさに駆け出し、武士へと斬りかかった。大鎧の弱点である鎧の継ぎ目に刀を差した。どろりとしたものが八幡丸の頬にかかった。
まだ生暖かいそれを八幡丸は拭うまでもなく刀を引き抜いた。武士はけがを負わされたというのに、うめき声一つ上げない。
その代わり、八幡丸に向けて刃を振り上げた。片腕だけだったので、それを両腕で受け止める。
「しまった!」
八幡丸の腕がふさがっていることを見逃さなかった武士は、余っている方の左手の刀で八幡丸を切りつけた。右胸のあたりにぱっと赤い血が飛び散った。
その時、大きな声を上げて神が八幡丸の背後にどしゃりと落ちた。膝から崩れ落ちた八幡丸はぼんやりと武士が神に向かって歩いていくのを見た。
「まて!」
八幡丸が手を伸ばそうとしたところで、武士は止まらない。神の首をつかんだ。そして、喰らうように上を向いた途端、暗がりから犬が飛び出した。武士の体に体当たりをした二匹の犬がうなり声を上げる。
犬はいつも見ている大きさの倍は大きくなり、足の所に浅間と同じ紋が浮かび上がっていた。
「神犬・阿號、吽號!」
浅間の激が飛んだ。浅間には武器はない。ただ、獣に使としての力を分け与えて戦うことができた。浅間の力を分け与えられた太郎坊と二郎坊は勇ましい遠吠えをして、武士に威嚇した。武士は二匹に斬りかかろうとするも、素早い二匹はそれをさっと避けていく。
「八幡丸!」
「浅間、お前どこに行ってた!」
「手当てするわ」
八幡丸に肩を貸しながら、浅間は立ち上がらせた。二匹が武士をけん制していけば、すきはできる。
けものの俊敏さにはさしもの武士も手を焼くらしく、むなしく宙を薙ぐ音だ響いた。八幡丸はどうすきをつこうか考えた。
じりじりと脂汗が浮かんで、たらりと流れていく。腹を切ったから、同じところを反対側から斬ればこちらが勝てる。
八幡丸は刀を持ち、ゆっくりと武士へと向けた。
と、八幡丸の視界が揺れた。八幡丸は痺れが走った左の脇腹を見た。そこには、小さな楔のような物が刺さっていた。
吹き矢、か。
「浅間!」
声を張り上げ、八幡丸が後ろを見ると、浅間はすでに倒れこんでいた。浅間の術が切れたので、二匹の大きさも元に戻ってしまった。
「ちく、しょう」
もう一人いたのか、と八幡丸はかすれつつある視界で森林を見渡した。しかし、何者の気配も感じない。
邪魔者がいなくなったことに気が付いた武士は、倒れた神のもとへと進んでいく。
「やめ、ろ」
八幡丸は一歩、一歩と武士に近づいていく。しかし、武士は八幡丸など意に介さず、神の首を持ち上げる。
がぶり。
神の首を噛み千切った。すると、神の体が光となって消えていった。
「あ、あ……」
喰われた。
「あああああ!」
八幡丸はしびれる体を振り払い、駆け出した。紋が強く光り、刃に光が宿った。それを振り下ろそうとして、八幡丸は腹に強い力がかかるのを感じた。武士の刀が八幡丸の腹に突き刺さったからだ。
「くっ」
どしゃり、とその場に倒れこむ八幡丸に武士は何も言わずにその場を立ち去った。
さらさらと、周りの木々の葉が一斉に枯れ始め、乾いた山肌を晒し始めた。
その晩、八幡丸は痛みで目が覚めた。
「目が覚めた」
ぺろぺろと太郎丸が八幡丸の頬をなめているのが分かった。ガタガタと揺れるのは、おそらく荷馬車に乗っているからだと思った。
「どこに行く気だ、浅間」
「都だよ」
浅間にしてはそっけなかった。八幡丸がその意味を問おうとしたところに、浅間はすぐさま答えを言った。
「清盛さまが亡くなったの」
「清盛さまが?」
「使はいったん集まるようにと命令だよ。調査は中止」
「……」
八幡丸は体を起こし、腹や腕の傷に手をやった。あれからどれくらいたっだろうか。ここからでは外が見えない。
「俺達は関係ないだろう」
「関係あるの。使は清盛さまの命令でつくられたものだからね」
「だが、都の役所だろう」
「とりあえず、都に向かうわよ」
「…………」
八幡丸は何も言い返せなかった。