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神祓ノ使~源平争乱絵巻~  作者: 森岸 真鳴
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1.使


「だから、気にすんなって、これくらい普通だって」

 和御魂に戻った神に手当てされ、八幡丸は手を振った。小さな村の土地神は、手のひらに乗るくらいの大きさで、きゅいきゅい、としかしゃべることができなくなっていた。荒魂になっていた頃は、大樹の姿をしていたが、和御魂になった今は行者の姿をしていた。大樹の枝が八幡丸の腹にあたり、血がにじんでいるあたりを和御魂は丁寧にさすっている。

 だんだんと痛みが引いているところを見ると、八幡丸はだんだんと申し訳ない気持ちになってきた。

「なぁ、あんた」

 きゅい、とさする手を止めて土地神が黒豆のような目で八幡丸を見た。言葉は通じているなら、聞きたいことがある。

「信仰されなくなって、神通力も剥がれているのに、なんでここにいるんだ?」

 神は信仰されることによって存在を保つことができる。だが、この神がいたのは誰もいなくなった村だった。ひび割れた土と、放棄され野草の生い茂る田畑が延々と続いている。荒御魂になったから人がいなくなったのか、それとも人がいなくなったから荒御魂になったかは分からない、けれど信仰してくれる人間がいる所にいるべきだと八幡丸は思っている。

 きゅい、きゅい、と神が答えた。

「ごめんな、分からないんだわ」

 神祓ノ使は神職ではない。だから、どんなに話しかけられても聞く事はできない。見ることや触れることはできても、何を望んでいるのか何を伝えようとしているのか分からない。何か必死に話しかけてくれてはいるのだが、鳴き声にしか聞こえない。

「ん? ついてこいって?」

 八幡丸の小太刀の飾りの房を引っ張り、土地神が何か誘導しようとしている。八幡丸はついて行くと、森の奥深くへと入っていった。

 初夏の風がみずみずしい新緑のにおいを運んでくれている。小さな土地神を見失ってはいけないと、八幡丸は右手に土地神を載せた。時折、右に行け、左に行けと指をさすのでその通りに歩いていく。どうやら山の頂上まで連れていくつもりらしい。

 程なく歩いていくと、水の音がしてきた。

 ぽこ、ぽこ。と水が湧く音だ。

「水源か」

 八幡丸は水の音がするところへと歩いていくと、そこには湖があった。広さは大体3畝程だろうか。大きくはない。麓の村の生活用水として引っ張ってくるだけで精一杯だろう。土地神はこの水源を信仰することで出現した神なのだろう。行者の格好をしているのは山の神というのを体現しているからだろう。

行者といえば仏教のイメージが強いが、この時代は仏も神も同一視する思想が一般的だったので、このように混ざり合った姿をする神も少なくはない。そもそも、八幡丸の名のもとである八幡神も、人の手によって表されるときは袈裟姿である。

「あんたはここを守りたいんだな。いつか戻ってくるかもしれないから」

 こくり、と神がうなずいた。だが、大風によってなぎ倒された木々が水源の水を止めており、下に流れることはなさそうだ。

まさか、と八幡丸は思った。

「これ、片づけろとか言いませんよね……ね?」

 にこり。

「さすがに、俺一人じゃ無理……なんて……ね?」

 にこにこ。

「あの、神祓ノ使って行っても、ほとんど普通の人っていうか……」

 にこにこにこにこ。

「あぁ、そうだよな。神様に人間の常識なんて通じないよな」

 八幡丸は神を近くの切り株に乗せると、腕を伸ばした。ぱきぱきと筋が伸びる音がする。八幡丸は、水をせき止めている木々や枯葉の山を片付けていく。もう何年も人の手が入っていないのだろう、だからだろうか。人に気づいてほしくて、神は荒御魂になってしまったのか。

(結局、人間の勝手なんだよな)

 使になってから、八幡丸は思ったことがある。末世となり、人々が極楽浄土を祈る分、現世への厭世感がはびこっているのだ。厭世的になるのは、無理もない事だ。

 神は現世を、仏は来世を守る、という考え方は互いの教えの足りないところを補っていて、よい事だと八幡丸は思っている。来世ばかりに気をとられ、目の前にある神々を見捨ててはいないだろうか。この国の神は自然から生まれる神が多い。自然の力を体現したものであるから、力がなくなれば守る力もその分減ってしまう。そのことに、人間は気づいていない。

 その流れを平家の頭、平清盛は憂いていた。

 安芸の国にあるという、厳島神社もその流れに対する一種の警告だと八幡丸は思っている。神を見捨ててはならぬ、という清盛の考えから神祓ノ寮が生まれている。その考えに八幡丸も賛成している。

「最近、荒御魂が増えているよな」

 先月も、一柱の神を祓ってきたばかりだ。京の都でさえこの多忙なのだから、使の目が届かない東国は一体どうなっているのだろう。

「これでよし」

 八幡丸が最後の大岩をどかしたところで、水が勢いよく下流へと流れだしている。ふと、目をやると神が両手を挙げて喜んでいる。これで、この神の祓いは完了だろうか。

「祓いたもう!」 

 パン、と八幡丸が柏手を打った。威勢の良い、小気味よい音だ。柏手は神に己の存在を示す行為である。


「で、またタダ働きしてきたんだね」

 団子屋で大量の団子をかきこむ娘が八幡丸を茶化すように言った。

「浅間、おめぇまた給金を全部団子に費やしやがって」

「いいじゃん。私が働いた金子だもん、好きに使っていいでしょー」

 薄い茶をすすりながら反論する八幡丸など全然気にしていない様な浅間はけらけらと笑った。元は山賊の娘というから、粗野なところがある浅間だが、使としては八幡丸より先輩である。何かにつけて八幡丸にちょっかいをかけてはからかう性格をしている。

「で、どこにいってきたって?」

「知らねぇ……鈴鹿のあたりの山ん中だ」

「お人よしもいいけれど、依頼以外の事をし続けると私達の方まで被害くらうんだからね。私達は便利屋じゃないって」

 浅間の言葉に、八幡丸はへいへい、と投げやりに返した。と、浅間の手がふと止まった。

「禿の奴らだわ」

「…………」

 赤い服を着た童子姿が3人組で団子屋の中を見ていた。禿は平家が独自に組織した治安部隊である。使とは違い、人に対しての取り締まりを行っている。最近は犯罪者の取り締まりだけではなく、平家に敵対する組織への弾圧も行っているという。使と禿は互いの専門が違うので不干渉を貫いているのだが、街中ですれ違う時にはなぜだかこっちの方が気が引けてしまう。

 それは終始何もしゃべらず、また集団で動く不気味さがそうさせているのだ。使は基本的に単独で動く。町の人からの言葉もよく聞くので、そういった点でも何となく差別化されていた。

 浅間は右腕を、八幡丸は右手を見せた。せめてもの反抗のつもりだった。

 禿たちは、紋を確認すると興味が失せたように踵を返した。

「やだやだ。都を守っているのはあんたたちだけじゃないってのに」

 団子をほおばりながら浅間が言った。

「あんただってそう思うでしょ。こっちはあんたらが見えないものを相手にしてんのに、どうしてペコペコしなきゃならないのって」

「俺は……」

 まだしたっぱの八幡丸には、都の中心部にまで踏み入ったことはない。都だって庶民がうろつく7条のあたりまでしか行ったことがない。

 なかま、なのか?

 八幡丸には分からなかった。


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