15 千回る、万、巡る
気づいた時、八幡丸は見知らぬ場所に閉じ込められていた。暗がりの中で朱塗りの鳥居が何本も続いている場所に出ていた。鳥居と鳥居の間には松明が揺らめき、前後に広く伸びている。そして、鳥居の両端にはうっそうと茂る森が続いている。
「どこだここは?」
「僕の力です。あまりにも敵意が強すぎるので、隔離させてもらいましたよ」
「どこにいるんだよ!」
「それを教えると斬りかかってくるでしょう。そんなことはさせませんよ」
どこかからかうような声で青年が言った。八幡丸は声のする方向を必死に探った。しかし、その声はまるで天から降ってくるように聞こえてきて、どこから聞こえてくるのか分からなかった。
「浅間! 諏訪!」
八幡丸は大声で叫んだ。しかし、その声は反響するだけで、何も起こらなかった。しかし、だんだんと視界が暗くなっていく。松明が消されていくのだ。
そして、最後の一本が消えたと同時に八幡丸の意識も途切れた。
「なにこんなところで寝てるのよ」
「はっ!?」
八幡丸が目を覚ましたのは、もう朝日が昇るころだった。浅間が八幡丸をのぞき込んでいた。慌てて周りを見渡すと、昨晩青年と会ったところだった。
「外で寝るなんて、風邪をひきたいの?」
「そうじゃない。四天王がやってきたんだ」
「四天王が!? それで、負けたの?」
「負けてない、ただ、やつの術にかかったせいだ」
負けたというんだよ、という浅間の言葉を聞き流し八幡丸は思案した。あの術もおそらく墜神の力であることは間違いないだろう。ならば、神の名前を特定することだって可能かもしれない。
「神が分かるかもしれないぞ、浅間」
「本当? じゃあ、すぐに調べなきゃね」
浅間が駆けだそうとしたとたんに、太郎坊と二郎坊が低く唸り声を上げ始めた。そして、身をかがめ、どこか虚空を睨みつけていた。
「どうしたの、お前達」
浅間が二匹のもとへと駆け寄ろうとしたとたん、二人の周りの景色が一変した。それは、昨晩八幡丸が見た光景と同じだった。まるで、水の上に油を落としこんだかのように、歪んでいく風景に、二人は目を閉じた。
「奇襲か!」
「そのようね! 太郎坊! 二郎坊! 注意しなさい!」
浅間の声が響き終るころには、八幡丸はあの空間へといざなわれていた。前に見たのと同じ、丹塗の鳥居が整然と並ぶ空間だった。先程までは朝だったのに、もう夜になってしまったかのように暗い。太郎坊たちの方を見ると、やはり奥の方を見てうなっている。
「行くしかなさそうね」
「あぁ、やつは姿を見せない敵だ。気を抜かないようにいくしかないな」
八幡丸たちは、歩きはじめた。時折めまいに襲われそうになるものの、それでもしっかりと前を向いて走った。太郎坊たちが先に行き、二人はその後をついていった。
「このさきには、なにがあるのかしら」
「分からん、だが、二匹を信じよう」
「そうね」
どれくらい走っただろう。二人の息が大分上がってきたところで、鳥居の終わりが見えてきた。そこはどこかの貴族の邸宅ではないかと思うような広々とした邸宅だった。八幡丸はふと、白河で継信と出会った屋敷を思い出した。あの場所によく似ている。一つ違う点を挙げるとすれば、その邸宅はまだ人の気配を残していた。もしかして人が住んでいるのではないかと思わせるようだった。
「ここ、どこよ」
「俺に聞かれても分からない」
二匹の様子を見ると、立ち止まってはしきりに地面の匂いを嗅いでいる。しばらく二匹は地面を嗅いでいると、邸宅の中へと入っていった。八幡丸たちもそれに続いた。
人の気配がするとは言っても、それはどこかまやかし鳴ていて八幡丸たちは土足のまま上がり込んだ。八幡丸たちはまずは手近な東側の館から探索してみることにした。
広々とした板張りの空間には、見事な几帳がいくつもかけられており、視界が悪かった。この布の向こうから戦いを挑まれれば、と八幡丸は思案した。急に、二郎坊がとある几帳に向かってほえたてた。それは季節外れの桜の絵が描かれていた。
「これはいったい?」
「二郎坊が何か言っているのなら、墜神の力の一部かもしれないわね」
浅間が慎重に几帳に触れてみるも、何も起こらなかった。ほっとするのもつかの間、八幡丸は身をひるがえした。八幡丸の頭に向かって矢が飛んできたからだ。その屋は勢いよく向こうの柱に突き刺さり、かすかに震えた。
「罠が多いって事ね。慎重に行きましょう」
浅間の言葉に八幡丸もうなずいた。今まで戦ってきた中で、あの墜神の戦い方は八幡丸たちとの戦いとは少し違っていた。姿を見せずに、一方的に攻撃を仕掛けてくるとなれば、この視界の悪い建物の中は相手にとって有利だ。
この条件を覆すには、相手の居場所を突き止めるしかない。そのために、太郎坊たちは必要だ。
「お前達、頼んだわよ」
浅間が二匹を屋敷に放った。二匹は小さなつむじ風を起こしながら邸宅の中を走っていった。八幡丸たちも何かするべきだと考え、慎重に邸宅の中を歩いていった。
いろいろな部屋を見て回るにつれて、八幡丸はある違和感を覚えた。初めに抱いた感覚が間違っているのではないかという、ぼんやりとした違和感だ。
「ここ、人間が住んでいないんじゃないか?」
「そう?」
「さっきから、廂ばかりで人間が住むのに必要な食物や厠が見当たらない」
八幡丸の言葉に浅間が足を止めた。
「それもそうね。ここは術の中だからかしら」
二人は北の館へとつながる廊下を歩いていると、向こうから太郎坊たちが駆けてきた。二匹は何かを見つけたようで、二人を誘導するように歩いていった。
「向こうに本体がいるって事ね」
「あぁ」
八幡丸は小太刀を、浅間は笛を握りしめて歩き出した。なんとなくだった気配がだんだんと確かなものになっていく。それは、あきらかな殺意だった。
普通の貴族の館であるならば、主人の寝室となるまに八幡丸たちはたどり着いた。そこにあるはずの寝台はなく、またがらりとした空間だけがあった。厨子がいくつも積み重なり、ほんの少しの暗がりに明かりをともしている。
「どこにいる!」
「答えるわけにはいきません。ここに来たのなら、戦ってもらいますよ。使の子ども達」
「私はもう子どもじゃないわ! さ、行きなさい!」
ひゅんと浅間が笛を吹いた。それを合図に二匹が、白い気をまとって空間を無尽蔵に駆けだした。八幡丸は浅間を守るようにそばに立った。
「あいつは遠くから狙ってくる。お前は二匹の指示を絶やすなよ」
「分かってるわ」
「少年にはこっちと戦ってもらいますよ」
八幡丸の前に、どすんと何かの象が立ちふさがった。それは仏教でいうところの天部とよばれる者達の像の一種だった。大きさは6尺もありそうだ。巨大な肉厚の剣を持ち、憤怒の形相で八幡丸に向かってきた。八幡丸は像が動くのならば、ここは術の中ではないかと思うようになった。ならば、と八幡丸は気を高めて高く跳んだ。思ったよりも大きく、そして身軽になった。
もしかすると、この墜神は人の夢の中で戦うものではないかと思った。そして、仏教にも力を貸しているともなれば、寺ともつながりの深い神ということだ。
八幡丸は考えるよりも先に、像に向かってどのように攻撃していけばよいか考えた。幸いにも、像の動きはどこかぎこちなく、八幡丸の方が速く動けた。それでも、力は相手の方が上で、空振りした剣が床に叩きつけられた時、床が割れた。
「八幡丸!」
「あなたにはこちらです」
と、浅間の方にも何かの像が襲い掛かっていくのが目の端に映った。それでも、本体である青年の姿はどこにもない。これでは神を祓うことも身削ぐこともできない。太郎坊たちが本体を見つけてくれればと思ったが、浅間にも天部の像が向かったということは、それも難しくなってくる。
「なら、これを壊して浅間の加勢をしなきゃいけないよな!」
八幡丸は天部の振るった剣を転がりつつ避けた。そして、小太刀を構えなおすと、天部の足の部分に向かって駆けだした。八幡丸の小太刀から放たれた気が、天部の右足を砕いた。そして、大きく像は後ろに倒れて砕け散った。
「やった」
八幡丸が息を整えている間に、天部の像がカタカタと震えはじめ、そして見る見るうちに組み上がっていった。そして、砕けっ知たところも元のようにふさがっていった。
「なっ! 元通りになっただと!」
「八幡丸! 多分、そいつらは式神の一種よ!」
「式神?」
元通りになった像の攻撃を避けながら浅間が叫んでいた。浅間も手にした棒で何とか像の攻撃をしのいでいた。しかし、浅間はこのような戦い方には慣れておらず、時折力負けし、棒を床に落としていた。
「陰陽師が使う術式の一種よ! きっと、あの四天王は仏教にも、陰陽道にもつながりの深い神を取り込んでいるのね!」
陰陽道という言葉なら、なんとなく聞いたことがある。確か、星や暦を作ることにたけた、算学者たちの集まりだ。今はそれほどではなかったが、昔は大きな力を持っていたとも聞いている。
「浅間、分かりそうか!」
「分からないわ! でも、今はこれを何とかする方が先でしょう!」
倒しても倒しても修復されて襲い掛かってくる像に、八幡丸たちはだんだんと疲弊していった。何か、変わることはないか、どこかに弱点はないか、と闇雲に戦うことをやめていったのは、単に戦い疲れただけではないようだ。八幡丸は、巴と勉強した時のことを思い出した。
考える、ということを。
八幡丸は像の攻撃を受け流すことに決めた。決して立ち向かわず、柳の様にかわしていくことを決めた。そして、その中から突破口を見つけようと考えたのだ。式神であるなら、不滅ではないはずだ。どこかに弱点があって、それを掴みさえすれば倒せるだろうと。
「どこだ、どこにあるんだ……」
八幡丸は乱れ始めた呼吸を整えながらつぶやいた。そして、あるものを見つけた。天部の眉間の間に白く光る弾がある事を。それは天部の力を示すものだと、昔旅の坊主が言っていたのを思い出した。もしかすると、これではないか、と思うようになった。
物は試し、と八幡丸は像の動きの隙を狙った。それでも、顔を攻撃するのは難しそうだった。なにせ、像は八幡丸の背をゆうに超えているからだ。それでもやるしかないのだと、八幡丸は自分に言い聞かせた。
「浅間! 眉間に何かあるぞ!」
「眉間……そうね! 二郎坊!」
浅間が二郎丸を像に向かってけしかけた。太郎坊がその支えをし、天部の気をそらしている間に、二郎坊から気をそらさせた。
「俺も、やってみるか」
八幡丸はまずは像の足を破壊することに気を傾けた。足は先ほど壊したことがあるので、勝手は分かっている。まずは動きを不規則にし、相手の動きの隙を作りやすくする。
相手の動きは重いが、鈍い。そんな相手に、同じく力で立ち向かう必要はない。こちらがより、しなやかに、軽やかになればいい。受け流し、そらし、動かせばいい。
「足をもらったぜ!」
八幡丸が、足を破壊し、そして揺らいだ像の眉間にありったけの気を込めて撃ちこんだ。すると、天部の体は四散し、辺りに砂ぼこりをまき散らしながら沈んでいった。
「よし!」
「よしじゃないわよ! 相手の本体はそっちよ!」
浅間が八幡丸を引っ張り、奥をさした。太郎坊たちが人影に襲い掛かっている。人影は大きな太刀を振り回し、犬を追い払っている。間違いない、あの時の武士の青年だ。
「お前達、よくやったな!」
「く、像を破壊するとはよくやりましたね」
「分かりやすい手口だったな。あんたが術者じゃないのが災いしたな」
「そうでしょうとも。ですが、これではどうですか?」
青年が距離を取ると、手を鳴らした。すると、背後から浅間の声がした。
「浅間!」
天部に捕まった浅間がいた。二体の像に囲まれ、腕をつかまれている浅間がいた。
「お前、武士か」
皮肉を込めた八幡丸が毒づいた。それでも青年は全く答えていなかった。むしろ開き直ったかのように言い放った。
「ここはこの世の理から離れた場所、ならば武士の理を守る必要もなし」
「確かにな。ようやっと合点がついたよ」
「さて、私の主の邪魔をするものが少なくなるように、ここであなた達を始末しなければなりませんね。幸い、ここは何が起こっても誰も気づかない空間。ならば、いかようにしてもかまいませんよね」
「太郎坊! 二郎坊!」
八幡丸は二匹を呼んだ。二匹は攻撃の手を止め、八幡丸の方へと跳んできた。八幡丸は、後ろにいる浅間を何とか救い出そうと思い、考えた。
「考えているつもりでしょうが、あなたにはここで負けてもらいます。私達の弱点を握っているあなたは、我が主の不安材料になりかねませんから」
「そうかい。俺もずいぶん高く買われたものだな」
「ええ。少なくとも、奈良で出会ったときのあなたとはまるで別人のようですよ。何か、師についたのですか?」
「師匠ではないが、勉学をしたぞ。巴という女から習った」
「なるほど、あの男の妾ですね」
「誰だ、あの男というのは」
「我が主の前に立ちふさがった障害、とでもいうべきでしょうが。まぁ、墜神になった私達の敵ではありませんでしたが、小癪な男でしたよ。策をもちい、私達をおいつめました。あと一歩、というところで私の毒にやられて死にましたが」
「今回はその毒を使わないんだな」
八幡丸が言うと、青年はにやりと笑った。含み笑いを漏らし、そして静かに指を八幡丸に向けた。
「やれ、お前達」
その言葉を合図に、いままで青年に向かっていた太郎坊たちの体の向きが変わった。そして、風邪のような速さで八幡丸の前にやってきて、牙を剥いた。
「なっ!」
「私は兄とは違って、力が強くありませんから」
「くっ! 正気に戻れ、お前たち!」
目を赤く光らせ、八幡丸の体を引き裂こうとして来る二匹に、八幡丸はどうすればよいのか分からなくなった。普通の犬であれば蹴れば大人しくなるが、この二匹は神の力を宿した犬だ。頑丈で、さらに速い。八幡丸の太刀でようやく並ぶか、といった具合だ。
狗を操る神などいただろうか。いや、犬に近しい生き物を操る神ならいた。
「そうか!」
「私の神を当てたところで、祓わなければ、意味がないのですよ」
「分かっているさ!」
八幡丸は太郎坊たちをどうやって気絶させようか考えた。墜神ではないから、祓うわけにもいかない。浅間の力をそいでしまうことにもなるからだ。それは、さけたい。
像は動きが鈍かったが、犬たちはそうはいかない。それに、八幡丸の事を知っているからか、動きのくせも見切っている。八幡丸が後ろへ逃げれば、片方が後ろに回り込む、互いに動きを読みあうようなことがいくつも続いた。
八幡丸は小太刀を鞘に収めて、太刀を構えた。巴から譲り受けた刀だ。その刀には何かの力が宿っているわけでもない。ただ、小太刀よりも性質の方がよいのではないかと思ったからだ。八幡丸は、太刀を構え、二匹を睨みつけた。
「こうやるのも、夕餉の肉を取り合うぐらいなものだろう。なぁ、お前達」
八幡丸はわざと笑ってみせた。余裕を見せておかねば、野生の世界では弱った方は死ぬしかないからだ。人間であっても、どこか野生で生きてきたような八幡丸だからこそ分かる理だった。
「これでも食ってろ!」
八幡丸は短剣を太郎坊に投げた。それをひらりと交わした太郎坊の眉間を太刀の鞘で思いっきり叩いた。ぎゃん、と大きな声を出しながら太郎坊は床に転がった。その反動で、もう一匹の二郎坊にも鞘を食わせた。
「ごめんな。あとで肉を買ってやる」
二郎坊を庭の方に向かって蹴り飛ばし、八幡丸は改めて青年の方へと駆けだした。青年は急に現れた八幡丸に目を見開いた。
この青年が取り込んだ神の名を、口にする。
「稲荷神よ、鎮まりたまえ!」
八幡丸は太刀を抜き、青年を下から上へと切り上げた。
「あああああ!!!」
青年の悲鳴が屋敷全体から響いた。それに呼応するように、屋敷の周りの景色が歪みだした。この空間が消えようとしているのだ。
「大丈夫か、浅間!」
「太郎坊たちのこと、赦さないからね。でも、すぐにいきましょう!」
天部たちの瓦礫の中から現れた浅間が悪態をつき、そして八幡丸たちは庭へと出た。すると、そこに見慣れぬ大男が立っていた。
「四天王が一人、弁慶。八幡丸殿、手合わせ願おう」
「なっ!」
「こんな時に四天王ですって! なにが目的よ!」
浅間に答えるよりも早く、弁慶と名乗った男は八幡丸に襲い掛かった。八幡丸は太刀を抜いて、弁慶の薙刀を受け止めた。重い、そして腕がしびれた。
「我が同朋を二人も打つとは、あっぱれなり。しからば、私が貴殿を倒すのも、仕方ない事ではあるまいよ」
「ああ、そうだな!」
のぼせたように、体が熱い。八幡丸は、その熱のまま、太刀を振るった。弁慶は、八幡丸の太刀を受け流すと同時に、刃を振り下ろしてくる。隙の無い、無駄を徹底的に省いた動きだった。
「この場を取り持つのは、我が力。ならば言おう、我が取り込んだは菊理媛神。境界を司る神である」
「はぁ!」
「酔狂だと思うかもしれぬ。それも結構!」
弁慶のはなった気に、八幡丸は弾き飛ばされた。
「八幡丸!」
「浅間、あいつ。自分から取り込んだ神を名乗ったぞ」
「ええ。それほど、あいつらはあんたを買っているって事よ。あたしはこの場所から抜ける道を探すから、あんた、すぐに着なさいよ」
「ああ、すぐに終わらせる」
「すぐにとは、笑止!」
がちん、と薙刀と太刀が重ね合う。弾き飛ばしても、すぐに振り下ろされる刃に、八幡丸は防戦一方だった。どこかにスキはないか。自分から名乗ったということは、いちいち考えなくても済むということだ。それに、名乗ってもらわなかったらきっと神を当てることはできなかっただろうと八幡丸は思った。
それならば、と八幡丸は太刀を構えて集中した。よけるばかりでは話にならない。どこか攻めの起点となる動きを作らねば、と思った。先程の四天王は自分から身を晒したということがあだとなったが、この男には身を晒してもなおあまりある武力があった。
「なぜ、こんな場所にやってきた。弁慶!」
「知れたこと。お前達を始末しなければ、源氏の戦歴に傷がつくかもしれぬのだ。我が主は、源氏の覇道のため、身を捧げる覚悟でいる。それの邪魔をするものであれば、我々が排除する」
「覇道だと?」
しかり、と弁慶が八幡丸を吹き飛ばし、薙刀を地面に突き立てた。
「貴族による統治は最早失墜し、今や武士こそが政を行う時になっている。平氏は貴族となることで政をしたが、源氏は武士による武士のための政を行うのだ」
「なに?」
八幡丸にはとても大きなことを言っているのだろう、ということだけが分かった。政のことなどよく分からない、ひとつわかることがある。
農民の子は、一生農民のままではないか、ということだ。
少し前まではそれが必然ではないかと思っていた。だが、いまでは違う。農民の子であっても、こうして勉学をしていくうちに、少しずつ違う道があるのではないかと思った。ただ土を耕すにしても、もっと別の方法があるのではないかと。水争いをするよりも、水源を整える方がよいかもしれない、と。
八幡丸は、ただの農民の子にしては多くの事を知り過ぎたのではないかと思うようになった。八幡丸は太刀を振るった。それは、一刻も早くこの場から抜け出したいという気持ちでもあったし、改めてこの戦は意味がないのではないかという思いもあった。
「俺は、この戦がどうなるかは分からない。だが、一つだけ聞きたい」
「なにを?」
「この戦で源氏がかったとしても、民は救われないってことだ!」
八幡丸が太刀を握りしめ、気を最大限まで高めて振りかぶった。
「菊理媛神、鎮まりたまえ!」
八幡丸の掛け声とともに、弁慶の気が散った。そして、八幡丸は浅間と合流し、抜け出すことができた。




