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神祓ノ使~源平争乱絵巻~  作者: 森岸 真鳴
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14 野分の航海

 八幡丸がたどり着いたころには、もう嵐はすぐそばにやってきていた。びゅうびゅうとたきつける風は、八幡丸の体を吹き飛ばしてしまうかのようだった。道にそびえる木々も、時折みしりと音を立てて、細い枝が何本も突風にあおられ曇天に消えていった。

「八幡丸!」

「浅間、諏訪!」

 人より遠くに離れていた船着き場に二人は八幡丸の到着を待っていた。

「なぜ、残っていた?」

「そんなことはいいから早く乗りなって!」

「そうだぞ。八幡丸。浅間はお前がいなければ、戦いに負けると思っているんだからな」

「そうなのか?」

「ええ、もちろんよ。今まで誰もかなわなかった四天王を、犠牲は出したものの打ったのはあんただけだからね」

「…………」

 あれは敦盛の機転のお陰だと言いたかったが、八幡丸は口を閉ざした。

「八幡丸。このまま俺達は九州へ向かうぞ」

 諏訪の言葉に八幡丸は目を丸くした。近江の片田舎から、九州まで来るとなれば、もうほとんど旅ではないか。九州なんて、話でしか聞いたことがない。どのような場所なのか、何一つも知らないのだ。

「そこまで戦況が苦しいのか?」

「ええ、はっきり言って。あんたが抜けた後、四天王が陣を攻めてきたのよ」

 浅間が語って聞かせたのは、八幡丸が抜けた後の顛末だった。船の操縦は浅間が買って出た。さすがは水運の町に生まれているだけあって船の扱いはうまかった。八幡丸には船の扱い方は分からないので、二人に任せることにした。諏訪が水の流れを読み、風邪を市の力を使って操った。諏訪の神は、どうやら嵐に関係している神のようだった。浅間はその合間を縫って船を操っていく。

「知盛さまはどうしている?」

「平氏の将はほぼみな屋島に避難して、先に九州に行っているわ。先程、屋島も狙われたって話だけれどね」

 浅間が悔しそうに顔をゆがめた。源氏の中に四天王が混ざっているかもしれないという話が聞こえてきたからだ。それも、吹き矢と毒を使うという。その四天王は数か月前、浅間が名を借りている神を荒御魂にした男に間違いない。

「浅間、右にずれてくれ。風を送る」

「分かったわ」

「浅間、諏訪。四天王の弱点が分かったぞ」

「なんですって!」

「どういうことだ、八幡丸?」

 二人が八幡丸の方を一斉に向いた。そのせいで、一瞬船が大きく傾いた。慌てて浅間が元に戻した。心もとない小船では嵐の中を突き進むのは不可能に近いだろう。しかし、こうしている間にも本隊との差は開いていくばかりだ。それに、四天王が真っ直ぐ本隊を狙っているというのなら、のんびりとと追い付くわけにはいかなかった。一刻も早く、九州にたどり着かなければ。

「四天王は墜神を取り込んでいるだろう」

 八幡丸は巴から教わったように話してみることにした。巴は八幡丸の喋り方にも指導を入れた。八幡丸はこれまでぼそぼそと喋っていたのだが、それではいけないと巴が八幡丸に教え込んだ。声を変え、呼吸を入れ、八幡丸はしゃべりだした。

「ならば、神を祓えば力もそがれるのではないか?」

「それはそうだが……」

「そんなに簡単にいくのかしら。なにせ、相手は神の名を隠しているのでしょう」

 たしかに、八幡丸や浅間、諏訪のように神の名をそのまま借りているのならばまだしも四天王に至ってはどのような名前なのかすら分からない。

「だが、神の力を使っているというのであれば、神を祓い、みそゲバ力もそぐことができるとお前は思うんだな」

「まさか、それでこの間の何もしゃべらない四天王も?」

「ああ。その通りだ」

「なんの神だったんだ?」

「布津神だと言っていた。刀剣の神だと言っていた」

「なるほど、布津神か。他の四天王の力も、もしかすれば神の名を明かすことができるかもしれないな」

「でも、そんなに簡単にいくかしら」

 浅間の言う通りだった。もし、これで分かったとしても祓うとなればまた違うものだ。何よりも、四天王はそれぞれが強力な力を持っているからだ。八幡丸は、思い出せる限りの四天王の事を諏訪に聞かせた。

 諏訪は黙ってそれを聞いていた。諏訪は代わりに二人に思い付くかぎりの神の事を伝えた。八幡丸はそれを聞きのがすまいとじっくりと聞いていた。それを浅間は少し気味が悪いと言った。

 

 八幡丸たちが詞をに向かい、たどり着くころには嵐は過ぎ去っていた。去れども、蒸しかえるような暑さはそのままだった。

「ここが九州か」

 八幡丸はふとそういうことを口にした。思えば遠くまで来たものだ。ほんの少し前までは近江の片田舎で一生田畑いじりをするものだと思っていたのに、今では戦の兵士としてこんなところへいる。

 あなたはもう、農民の子ではありません。

 巴が言っていたのはこういうことなのだろうと、ふと思った。どうやら、もう、自分は農民の子ではないようだ。農民の子ですらないなら、自分は何になるのだろうか。

「八幡丸」

 知盛の声に八幡丸は振り返った。

「知盛さま」

「どうした。このような場所に戻ってきて」

「知盛さま、四天王を討つ方法が見つかりました。ですから、俺を使ってください」

「お前がそんなことを言うとはな。お前はそういうことにはとんと興味が無いものとばかり思っていたが」

 たしかに、本の前まではそうだったかもしれない。けれども、今はそうではないだろう、という思いが駆け巡っている。全身に流れている血が、違うのではないかというと駆り立てていく。

「お前は戦で功を立てるつもりはないのだろう」

「功よりも、周りの神々の安泰と、民の平安を守りたいと思っています」

 ふ、と知盛が笑ったような気がした。そのまま何も言わずに知盛は去っていった。どうやら、八幡丸を再び加えてくださるのだということだった。八幡丸は、安堵よりも先に、それほどまでに追い詰められた平氏は見ていられないというような感情が湧いた。

 確かに、平氏がなぜ恨まれるようになったかは分からない。しかし、今こうしてみると民をいたずらに傷つけている源氏が完全な正義だとは思えなくなった。そもそも、奈良にいた頃はまだ目立った行動はしていないはずだ。

「八幡丸、無事についたんだね」

 先に九州に渡っていた、出雲と再会した。出雲は八幡丸が再び戻ってこれるということを我が事のように喜んでいた。少し違うのではないだろうかと八幡丸が思っていると、出雲は今は手が足りていない、それに平氏が落ち目だと知り、いくつかの将が離れていっているとも聞いた。ここにいるのは、平氏に縁の深い者か、それ以外に行く当てがない者ばかりになっていた。

「ここではどんなことをすればいい?」

「ここを守ってくれればそれでいい。お前は何せ四天王の一人を撃ったと聞いた。それだけでも、こちら側には心強い」

「実はその事だが、俺に神の事を教えてくれ、出雲」

「うん? 珍しい事もあるものだね」

 出雲が書物を広げている手を止めて八幡丸を見上げた。たしかに、今までは勉強が嫌だった。何かの教えを乞うなんて、ついぞしたことなどなかった八幡丸にとって、初めての体験だった。しばらく驚いていた出雲は、それでもふと考え込み、手早く書物をまとめだした。

「どうした?」

「いや、お前が勉学をする気になった事がうれしくてね。こちらも、片手間でするのが申し訳ないと思ったのだよ。お前がそういうということは何か考えがあってのことだろうからね」

「あぁ。四天王を倒して、この戦を止める」

 出雲の目が丸くなった。

「戦を止めるだって? お前が?」

「不可能か?」

「不可能かどうか、それは私にも分からない。けれど、以前までのお前なら、そんなことは言いっこないだろう。せいぜい、故郷に帰りたいと言うだけだ。何があったんだい?」

 出雲に言い当てられ、八幡丸は巴という女に会ったこと。そして、その女から多くの事を学んだということ。そして簡単な兵法も学んだという事も。おそらく四天王はかなりの兵法家であることは間違いないだろう。八幡丸の覚えた書物の中にも、似たような行為が載っていたのを思い出した。

「巴という女人、おそらくどこかの武士の妾だったのだろうな。武士の妾の中には、そのように兵法に通じているものも少なくないという。中には実際に戦ってみせるほどの剛力を持つ者もいると聞く。お前があったのもその中の一人かもしれないね」

「そうなのか」

 てっきり武士の子だと思っていたのだが、そのようなこともあるのか、と八幡丸は思った。しばらくして、出雲は八幡丸に神々の事を説いて聞かせた。相変わらず書物は読めない八幡丸にはて個づっているようだったが、以前よりかはすんなりと覚えていくことができた。

 その様子に出雲は感心しきっていた。そして、そのようであれば、変な維持など張らずに素直に勉学に励めばよかったものを、と半ばあきれながら言われた。

 あの時は本当に要らないと思っていたのだ。農民の子として生まれ、結局は故郷に戻ると信じていた自分には勉学など必要ないと考えていた。

 だが、そうではなかった。八幡丸は使だ。八幡丸の助けを待っている神々は少なくない。八幡丸に優れたものはない、だが、神々が助けを呼ぶ声を聞くといてもたってもいられなくなる。この身がすぐに動き出してしまう。故郷にとどまっていても、その衝動は止むことはないだろう。

「これが天孫降臨までの流れだ」

 出雲が語り終えると、八幡丸はぐったりと倒れこんだ。神々の話というのは、こうも長いものだと思った。八幡丸にはあまりなじみのない神神も多く、覚えるまでが大変だと思ったが、それもよいかなと思った。

「八幡丸、お前は少し変わったな」

「うん?」

「良い師に出会えてよかったな。私は少し不安だったのだよ。知盛様から追放された後、お前が何をするのだろうと想像すらつかなかったからね」

「どういう意味だ」

 からかうような口調でいう者だから、八幡丸はつい口をはさんでしまった。だが、出雲は何も言わずに立ち去ってしまった。

「なんだっていうんだ」

 八幡丸はごろりと床に寝転がった。陣の中なので広くはない。書物が山のように積まれているから、八幡丸の体が収まるだけで星五敗と言ったところだ。ここは部屋ではなく、書庫なのだから仕方ない事だろう。途中からやってきた八幡丸が入れるところなどなかった。ならば、と出雲が書庫に八幡丸を押し込んだのだ。

「この書物はすべて京から持ってきたんだよな」

 あの戦乱の中からどうして書物という余計なものを持って来るのだろうと、巴に会う前までは思っていたが、今は違う。この書物があるからこそ、平氏の方が正当なのだと主張ができるのだ。字は分からなく巴なら分かるので、八幡丸は一つ一つ書物を紐解いていった。

「これは、葵祭のものだな。そして、これが新嘗祭のもの……」

 八幡丸は記憶の中のそれと照らし合わせながら、書物を眺めた。書物はすべて、宮中で行われる重要な祭典や儀式にまつわるものが多かった。これが無ければ、源氏がたとえ都を占拠しても正しい順序が分からない。そのようなものを正当なものだと判断するのは、難しい、そういうことだ。

「書物ひとつで、変わるものなのだろうか」

 そこも八幡丸にはよく分からない。八幡丸が帰って来たときから、仲間が口々にお前は変わったな、というのだ。八幡丸にはよく分からない。ただ、知りたいと思うことが増えただけだ。

 故郷にいたときは、その日を生き抜くだけで精いっぱいだったから、考えるということがあまりできなかった。今は違う。

 考えれば考えるほど、知りたいと思うことは増えて仕方がない。覚えたことが増えれば、それを使ってまだ知らないことを知ろうと思えるようになった。

「それがちがうというわけか?」

 八幡丸は起き上がって陣の外までやってきた。なんとなく、人の多い所にいる意味が分からなくなったからだ。やや涼しくなった森の中を歩いていくと、八幡丸はふと違和感を覚えた。

「誰かいるんだろう?」

 返事はすぐに聞こえてきた。

「ご明察です。使の少年」

 細身の青年が、拍手をしながら八幡丸の方へと歩み寄ってきた。八幡丸はとっさに小太刀を構えて身を低くする。

「あぁ、戦うつもりはありませんよ。だって、僕の力は姿を晒すと意味がなくなるので。今宵はよい夜です。一回くらい言葉を交わしたいと思っていたのですよ」

 八幡丸はそれでも姿勢を崩さずにじっと前を見つめた。すぐにでも戦闘が始められるように呼吸もとと萌えた。

「僕は兄上とは違って、言葉を交わせるのですから、少しは有効に使ったらどうですか?」

「お前達が田畑を荒らすせいで、荒御魂が多く出現するようになったぞ」

「くく、始めの台詞がそれなんて、変わった子もいるものですね。私達はとうの昔に人を捨て、半神になった者同士。今更普通の民と同じような考えをするのはよくないと僕は思いますけれどね」

「黙れ。俺は、お前達を倒して田畑を荒らすような戦乱を鎮めていく」

「学のない者とわかっていましたが、ここまでとは、呆れを通り越して感心しますね」

 青年がくくと袖で口元をおさえて笑った。女のようなまねをする、と八幡丸は思った。

「戦うつもりがないなら、なぜきた」

「興味があったからですよ、少年。なぜ、私達の弱点を暴けたのか、そして、どうやってそれを達成できたか」

 青年がにこりと笑うと、夜の森に溶けるように消えていった。

「それを今、証明してもらいましょうか」


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