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現在二

 あのときたあちゃんに五百円でももらっていたら、もう会わなかったんだろうな。

 カップ麺を買い物かごに二つ入れながらそう考えた。たあちゃんは神さまのお恵みに違いない。

 小さい布の入れ物に二千円入っているけれど、千円でも十分足りた。お札をありがたく思いながら、レジに出した。千円はカップ麺二つと小銭に変わった。まだ千円残っている。

 たあちゃんが朝アタシに二千円渡して、

「これで夕飯の材料買って作っておいてくれ」

と言ったんだ。奥さんになったような気分で買い物をした。半分も使わないで残したから、節約できるいい奥さんだって褒められるかもしれない。


 期待して待っていたけれど、夕飯をこれから作ると言ってカップ麺を取り出したら、たあちゃんはいい顔をしなかった。

「俺夕飯作れって言ったよな?」

「だから、夕飯。これ」

「まともな食事したかったんだけど」

「だって料理とかできないもん」

 急に空気が硬くなった。たあちゃんの顔を見られなかった。そうだ。叱られているときはこんな気持ちになるんだ。顔を上げられない。もうこんな思いしなくて済むかと思っていたのに。

「なにお前、料理もできねえの? 学校の家庭科の時間に習っただろ」

「そんな昔のこと忘れちゃったよ」

「でも親に教わらなかったか」

胸にとがった棒が深く突き刺さった。

「親いないもん。いなくなったもん!」

 言葉の途中から泣き声になって、目の底が火のように熱くなって、アタシは水風船が割れるように泣いてしまった。空気が入ってくるより早く涙が湧いてきてしまう。泣きわめきながら、自分がまだ全然大人になりきれていないことに気づいた。

「そうか。お前親いねえのか」

 たあちゃんが呆れた声を出しても、泣き止むことはできなかった。 この人はアタシが落ち着くまで待っていてくれた。

「何、親いないって、高校出たら追い出されたとか?」

横隔膜を痙攣させながら、アタシは答えた。

「追い出されたんじゃなくて、アタシが自分で出ちゃったの。小学校一年の時まではお父さんの家に住んでいたんだけど、二年生のときにお母さんと二人でアパートに引っ越して、最初の頃はお母さんずっと家にいたんだけど、夜の仕事が始まって、家に帰ってもいなくなって、昼間はいたのかどうかわかんなかったけど、あんまり会えなくなった。でも菓子パンとか置いてあったから、それ半分とか食べて……。それで七月に担任の先生に『お風呂入ってる?』って聞かれたから、入ってないって言ったら、その日は夜まで保健室に残された。それからなんか病院みたいなところにいって、アタシ逮捕されちゃっのかと思ったけど、逮捕じゃありませんよってそこにいたおばさんにほっぺなでられて。それからしばらくしてすみれに移った。中学校卒業するまですみれにいた。そんな感じで自分で家を出ちゃったんだ。突然いなくなったから、お母さんびっくりしたと思う。でもあれから一度も会っていない。アタシあんまり話さない子どもだったから、お母さんもお父さんも忘れちゃったのかな?」

 たあちゃんはいつの間にかカップ麺にお湯を注いでいた。お茶をコップに注いで出してくれる。

「サクは苦労したんだな」

「そうかな」

「そこまで苦労してる奴もあんまり聞かねえ。ほらもうできたろ、食えよ」

 カップ麺の湯気で曇るから、眼鏡を外した。息を吹きかけて冷ましながら、麺をすすって食べた。泣いた後だから、食べにくかった。 眼鏡をしない方がかえってよく見える気がした。度なんて全然合わなくなっているんだから。

 また泣きそうになったけれど、息を止めてこらえた。

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