第15話 遭遇。
諸事情でアップに遅くなりました。
――俺達は山道を歩いていた。
時間で言えば出発してから2時間くらいだろうか。時間の割に順調に距離を稼いでいるように思える。
整備された道どころか獣道すらも無かったが、草木が少ないお陰で山にしてはかなり歩き易い部類なのだろう。
しかしそれ故の弊害もあった。高い草木が無いという事は日差しを遮るものもないという事である。
太陽がジリジリと照りつけ、容赦なく体力を奪っていった。
ついこの間まで家すらまともに出た事がなかった俺にとっては拷問に近い。
「ミノル、大丈夫ですか?」
そんな俺に対してカノは全く辛そうな素振りを見せない。というよりは、平然とした表情を見るに実際それほど辛くはないのだろう。息切れも無く余裕そうだ。
それ以上に驚くのは彼女は今、車に積んでいた物の8割近くを一人で荷なっているという事だ。水や食料、着替えや本など色々なモノが詰まっているため、重さにして米俵1俵くらいはあるかも知れない。
もちろん強いと言っても女の子に荷物を持たせるのは忍びないし、最初はいくつか車に置いていこうかとも思った。しかし彼女から「このくらいならたぶん持てますよ」との大胆発言があったため、積んであった荷物のほとんどを持ってくることが出来ていた。
ガキを素手で3mほど吹き飛ばした時点で規格外だと思ってはいたが、まさかここまでとは。
「はあ……はあ……カノ、ちょっと休憩しない……?」
「ミノル、だらしないですね。まだ少ししか歩いてませんよ」
「カノが元気過ぎるだけだって……はあ…はあ……もう……ちょっと……」ドスン
俺の意思とは無関係に地面に吸い付けられるかのように腰が落ちる。
自分でも情けないとは思うが、実際3日前くらいから地味に身体に倦怠感を感じていた。頭もボーッとして上手く考えがまとまらないような気もする。
「ゴクッ……ゴクッ……ゴクッ……ゴクッ……プハァ!あ、もうカラか……」
照りつける太陽よりも深刻な問題が二つあった。水と食料だ。
こちらの世界に来てから数日経つが、その間の生活を全て蓄えておいたミネラルウォーターや缶詰などの食料などで賄っていた。
自分だけなら良かったが、カノやトガクシの分も全てそれで補っていたため消費がかなり早かったのだ。
この分だとあと数日は持つかもしれないが、この先何があるのかも分からない状態で無闇に消費するのは避けたかった。
出来ればどこかに水源があればどちらも確保し易いのだが……。
「カノ、村まであとどのぐらいかかりそうなの?」
「うーん、わたしが来たときはとちゅうで1回夜が来ただけでしたけど。ミノルといっしょだとおそいので、かなりかかると思います」
「カノでも2日かかったって事!?っていうかそんなはっきり遅いって言わなくても……」
これはマズイぞ。カノの言う通り確かにこのペースで行くと何日掛かるか分からない。という事はその分水も食料も無駄に消費してしまう。
「カノ、この辺に川とか湖とか、とにかく水があるところ知らない?もう水も食料も足りないんだよ」
「水があるところですか?うーん、ここらへんで見つけたことはないです」
「じゃあ村に行けばありそう?」
「村からもっと奥のほうまで行けば川があるんですけど、そこも村からとおいしけわしいしで村のみんなもなかなか行けなくてこまってるみたいです」
この分だと村に行っても安心とは言えないな……。
というかこのままじゃかなりマズイような気がしてきたぞ…‥。
遠くの小山を眺めながらそんな事を考えていると。
スッ
……ん?
ススッ
……んん?
スススッ
んんん!?
あの山動いてるのかッ――!?
それは信じられない光景だった。
その大きさは像なんてものではない。下手をすれば二つに重ねたプレハブ小屋よりもあるかもしれない。そんな大きさの岩山がゆっくりと動いていたのだ。
――俺たちは動く岩山の近くまで来ていた。
もちろん未知なる恐怖というのもあったが、それよりもどうなっているか見てみたいという好奇心が少しだけ勝っていたのだ。
カノはというと、満面の笑みで瞳を潤せている。正にワクワクドキドキといった感じだ。この岩山の正体が何なのか分かっているのだろうか。
更に近づくと、徐々に下の部分が現れてくる。
まず2本の細い……触覚?
次に2個の楕円形の黒い……目?
すぐ下に4本の……脚?
そしてその中央には巨大な2本の……ハサミ。
「なッ」
言葉を失う。
「ミノルッ!やっぱりカラコモリですッ!♪」
カノからどこで聞いたことのあるような単語が聞こえた。
「カラコモリ……って確かカノが前言ってた大きいハサミのッ……!こいつか!!」
興奮して思わず大きい声が出てしまい咄嗟に手で口を塞ぐ。
大きいと言っても所詮毛ガニくらいだろうと思っていたら、まさかここまでデカかったなんて……!
殻も貝殻だと思っていたがこれはどう見ても岩だ。どうやって被っているのか全く想像出来ない。
「大丈夫ですよミノル。カラコモリはまわりの音にはあんまり気がつきません。というかほかの生きものにはあんまりきょうみが無いみたいですよ。」
確かに王者の貫禄とでも言おうか、周りの事には一切目もくれずゆっくりと前に進んでいる。黒目を左右にキョロキョロと動かしながら、その口からはヤドカリと同じようにブクブクと泡を出していた。
「わたし今までで1回しか見たことなかったんですよ!生のカラコモリは大っきくてかわいいですね!ミノル♪」
嬉しそうに両手でチョキチョキしながら話すカノ。
彼女には申し訳ないが個人的にはどちらかと言えば気持ちが悪い。
カノでも1回しか見たことがないという事はかなり珍しい生物らしい。
もしくは普段は岩山に擬態していて気づけ無いのだろうか。
ここまで近づいてみると、殻になっている岩肌もよく見える。岩山の部分には他の山同様に草木が生い茂っているように見えるが、他の植物と種類が違うのか緑がかっているような気がする。そして所々に苔も生えている……?
そもそもヤドカリって基本的に海の中でしか生きられない生き物だよな?何でこんな乾燥した陸の上に……
ん?
ふと以前読んだ残骸の一つ「甲殻類~カニとエビだけちゃうねんぞ~」の1ページが頭に浮かんだ。
……いや、確かオカヤドカリという種類なら殻の中に水を貯める事で陸上でもエラ呼吸が出来たはずだ。
もしかして殻に生えている苔は……
「カノッ!このカラコモリに着いていけばもしかしたら川か湖が見つかるかもしれない!」
「ミノル、本当ですか!?」
「ああ!!」
――もう1時間くらいは歩いただろうか。
「はあ……はあ……一体……ぜえ……どこまで……はあ……行く……ぜえ……んだ……!」
その巨体さから移動もさぞ遅いだろうと思っていたが、歩幅が大きいためか人間の歩く速度よりも若干早かったため追いつくので精一杯だったのだ。
俺の足はもうフラフラだった。頭も朦朧とする。
そのときだった。
ガクッ
いきなり足の置き場が無くなり宙に浮かぶ。
「ミノルッ!!」
少し後ろを歩いていたカノが俺の手を取る。
「うわああああ!!」
「きゃああああ!!」
取る手虚しく二人もろとも崖から落ちる。
ズザアアアアアアア!!
「いてててて……!大丈夫かカノ!」
「ミノル、見てください!」
カノの目線に先を見ると、そこには青々とした湖が広がっていた。
「はは……あったぞ……水だ……」
その瞬間眼の前が暗闇に包まれた。
個人的には甲殻類は嫌いではありません。