プラモデルをつくりましょう
「さて、それじゃあプラモデルを作りましょうか」
放課後の校舎の中、地学準備室の隣の空き教室で軽やかな声が響く。
綺麗な黒髪とそれなりに整った容姿のタミヤ先輩がセーラー服を揺らしながら机の上に長方形の箱を置いた。
「先輩、これは?」
「いい質問ね万代くん。いいえ、バンダイくん」
「なぜ名前を言い直したのでしょう」
「さて、これは何か。という質問だったけれど。これはガ〇プラよ」
タミヤ先輩は僕の最初の質問のみに答えた。
「ガン〇ラですか。先輩の名前的に車や戦闘機のプラモデルが出てくるかと思ったので意外です」
「プラモデル初心者のバンダイくんには、〇ンプラが丁度良いの。HGあたりが丁度良いのよ」
タミヤ先輩はプラモデルの入った箱をあけた。
「ちなみにこれはジム寒冷地仕様というキットよ」
「あ、名前伏せなくて良いんですね」
「伏字にして喋るのが面倒になったの。ガンプラ!」
「うわっ、いきなり叫ばないで下さい」
僕は中身の残念な先輩の顔から視線をずらし、キットの中身を見つめた。
「私、実はこのキットがガンプラで一番好きといえるかもしれないわ」
「というと?」
「まずはデザインね。シンプルイズベスト、しかも普通のジムよりもカラーリングがちょいカッコいい。ほら、このランナーの成型色を見てみなさい」
プラスチックのパーツがくっついた枠を持ち上げて、タミヤ先輩は恍惚の表情を浮かべた。
「灰色と白がメインですね」
「そうなの。見事に寒冷地仕様よね、だというのに持っている盾は普通に赤かったりするところもポイント高いわ」
「……ちょっと何言っているか分かりませんね」
「それとね、バンダイくん。このキット、何より安いの、場合によってはワンコインで買える可能性すらあるの。これが何を意味するのか分かるかしら」
「んー、小隊を作りやすいとかですか?」
僕が何となく口にした一言にタミヤ先輩は満足げに頷く。
「いい線をいっているわ。量産型のモビルスーツは数を揃えたくなるものだけど、値段がかさばると学生にはつらい。それに、パーツ数が多いと作るのも面倒だったりするけれど、このジム寒はそのどちらの問題にもやさしく応えてくれるの」
「なるほど」
僕はジム寒冷地仕様の略し方に疑問を持ちながらも、それ以外のタミヤ先輩の言い分には概ね納得した。
「あと、このキットが少し古い事もおすすめの理由の一つね」
「そうなんですか?」
「ええ。誰でも一定以上のクオリティでキットを完成させる事が出来るのがガンプラの凄い所なのだけれど、最近は特に技術の進歩が著しくて合わせ目消しとかの必要すらないのだけど。……このキットは、私に合わせ目消しをさせてくれるのよ」
「……そうですか」
先輩の言葉から察するに『合わせ目消し』という作業工程は、面倒な事であり、やらずにすむのならそれが一番なのではと思ったのだが、はぁはぁしている先輩を見る限りそうでもないらしい。
「えっと、その合わせ目消しというのは?」
「そこはほら、まず普通に組み立ててから、その必要性を感じましょう」
そんなわけで、とりあえず僕はジム寒冷地仕様を説明書通りに組み立てる事にした。
「あ、パーツを切り取る時は二回に分けて。でも、ランナーの太い所を切るとニッパーを痛めるかもしれないから、その細い所を二回よ」
「おっと、二回に分けるとは言ったけれど、二回目の時もほんの少しだけパーツから距離を空けて切り取って、最後にデザインナイフで面を削ってあげると綺麗になるわ」
「ちなみに、ジム寒が初心者におすすめの理由の一つとして、パーツが白い部分が多いからゲート処理を上手く出来なくても、その部分が目立たないという事があげられるわね。ほら、その同体の灰色のパーツ、切り取ったところが少し灰色になっているでしょ、ここを白くならないように上手く処理するのが上達への近道よ」
「…………」
この先輩うるさいなぁ。
と、思いながらもパーツの少なさも相まって徐々に、いやトントン拍子でジム寒冷地仕様は出来上がっていく。たしかにこのジム、白と灰色のカラーリングと頭の部分のグリーンのクリアパーツが中々良い色合いで格好いいかもしれない。
「このクリアーパーツの奥に、シールの端の銀色の部分を張ると、光を反射して良い感じになったりするわ」
「先に言ってくださいよ」
「この経験が明日に生きるのよ。まあ、何はともあれ綺麗に出来上がったわね」
「はい。それで、合わせ目消しって言うのはいったい」
「それはね」
タミヤ先輩は机の上のジム寒冷地仕様をじっと見ると、頭、胸部、腕、足に指で触れていった。……なるほど、そう言う事か。
今、タミヤ先輩が触れた部分はパーツとパーツの合わせ目で、薄っすらと隙間の線が見える。
「どうやら分かったようね。そう、ここよ。こういった部分。一度気になると、すっごく気にならないかしら」
「たしかに。本来は無い線だと思うと余計に気になりますね」
「でしょう。そして、そんな違和感を消すのが合わせ目消しという訳なのよ」
「なるほど」
「さて、ここで合わせ目消しの原理をさくっと説明しましょう」
タミヤ先輩は両方の掌をパンと重ねた。
「これが、パーツが合わさっている状態。そこに、あるモノを挟み込むの」
タミヤ先輩は手を自由にし、ポケットからタミヤセメント、つまり接着剤を取り出した。
「接着剤を挟むんですか?」
「そうよ。そして、ここをよく見て。溶剤、とも書かれているでしょう。つまり、溶かすの、溶かしてくっつけるの。すると、どうなると思う」
「えっと」
「そうよ、パーツ同士の合わせ目が消えて完全な密着状態になるの」
「まだ何も言っていないのですが。……まあ、おおよそ分かりました。確かに、溶かしてくっ付いたら、合わせ目は無くなりそうですね」
と、僕が感心したように頷くとタミヤ先輩が嬉しそうに笑う。そして。
「さて、それじゃあパーツを分解しましょうか」
「――――え?」
僕はせっかく作ったジム寒冷地仕様を解体し、センパイの指示通りに合わせ目となる部分にタミヤセメントを塗っていく事になった。
少なすぎず、多すぎず。パーツを合わせた時にムニュッと接着剤が出てくる程度が適量らしい。
「はぁ、このタミヤセメントの匂い。癖になるわ」
「換気しましょう、換気」
窓を開け、外の桜を見て一息ついた僕は作業を再開する。
「まあ、この合わせ目消しを覚えてしまうと一つの弊害があったりするのよ」
「なんですか、それ」
「合わせ目消し前提で組み立てるから、接着剤が乾くのを待つのが面倒だなぁって思って、最終的にプラモデルを組み立てる事自体が少し面倒になるの」
「えぇ……」
「まあ、目立つところだけ合わせ目消しするだけでも大分見栄えは良くなるのよ。そして、こうしてひと手間加える事で愛着が沸いたりするの」
タミヤ先輩は僕の作業を見つめ、一通りのタミヤセメントを塗る作業を見終えると立ち上がった。
「先輩?」
「今日は此処までよ。あと一、二時間すれば接着剤の表面は乾くけれど完全に乾くまではそれなりに時間がかかるの。とりあえず、三日後、この続きをしましょうか」
三日後の放課後。
「さて、特に何も無く三日後が訪れたわね」
「はい。続きをやりましょうか」
「熱心な事は良い事ね。さて、では今日はコレを使います」
タミヤ先輩は袖の中からタミヤ製の紙ヤスリを取り出した。
「どこから何を取り出しているんですか」
「袖からヤスリよ。因みに、裏面の数字はヤスリの目の粗さを示しているわ。あと、こちら。鉄製の棒ヤスリ、もちろんタミヤ製品よ」
「なんですかそのこだわり」
「とりあえずタミヤ製の工具を買っておけば間違いないという話。とはいえ私、家ではグッドスマイルカンパニーのニッパーやwaveのカッティングマットを使っているのだけど」
「節操ないなぁ」
僕はそういいながら、部室の棚に飾られていたジム寒冷地仕様を持ち出した。
ムニュッと飛び出た接着剤は完全に固まっているようだ。
「このムニュッとした部分をヤスリで削るんですか?」
「その通りよ。あと、ノリで鉄のヤスリを出したものの普通に紙だけで十分よ」
「…………」
「あ、でもそこの腕のところ。少し、接着剤が多めに飛び出ているから、そういう部分はデザインナイフで少し削ってからやると良いかも。接着面だけを削るつもりが、別の所をうっかり削って形がいびつになる可能性があるから気を付けて」
「りょーかいです」
「足の曲面も慎重にやった方が良いわ。紙ヤスリの柔らかいという利点を生かして削るべきね」
「ああ、なるほど。棒のヤスリだと変になっちゃいそうですね」
「ええ。棒は棒で便利なものだけれど、とりあえず今日は紙で十分ね。とりあえず神ヤスリの400番の荒いやつから、じょじょに600、800、1000と言った順番で表面を滑らかに処理していきましょう」
机の上に、四種類の紙ヤスリが並べられていく。
「結構な数を使うんですね」
「この辺りは好みね、600からでも良いかと思うけど」
「なるほど。上達すれば自分で何を使うのか判断できそうですね」
「その通り」
僕はタミヤ先輩に見つめられながら、ジム寒冷地仕様の合わせ目を消していく。
「……おぉ。ホントに消えてる」
隙間一つ無くくっ付いたパーツを見た僕の口から感嘆が漏れる。
「ふふふ、ようこそ、こちら側へ」
「どっちですか。いやでも、これは確かに一度知ったらやりたくなる工夫ですね」
「でしょう、このジム寒の場合は特に脚よ。膝から脛にかけて伸びる合わせ目を消したら、それはもう綺麗な曲面が姿を現すのだから」
タミヤ先輩はうっとりとした表情で、僕が処理したジム寒冷地仕様の足を指でなぞった。僕は、その表情をみて引いた。
「なんだか、1000番で表面を磨くとシットリ、というか何というか、質感が良くなった感じがありますね」
「いわゆるつや消し、ってところかしらね。スプレーでも似たような質感を表現できるけれど、私は全身ヤスリ掛けするのが好きだったりするわ」
――――そして、ついに合わせ目消しが終わった。
「で、出来た」
「よくやったわ、とても綺麗なジム寒冷地仕様が出来上がったわね。グッジョブよ。さすがバンダイの名を継ぐもの。部活に勧誘した私の目に狂いは無かったわ」
「そんな理由で引っ張り込んだんですか」
「もちろんっ」
桜が咲いたような華やかな笑みを浮かべるタミヤ先輩に僕は思わず見惚れた。
「さて、それじゃあ次は墨入れの練習用のジム寒をつくりましょうか」
「へ?」
「うっかりしていたのだけど、ヤスリ掛けした後に墨入れをすると汚くなってしまうの」
「そもそも、墨入れというのは?」
「それはね―――――」
~完~