イツミ、自己設定考える。
水浸しになった食堂をイレーユさんが黄色の魔法で水分を飛ばして乾かす。私は倒れた椅子とテーブルを元に戻して、イレーユさんの魔法に見とれていた。
すごいよ!
目の前で、風に乗った水がクルクルとすくい取られるように舞い上がり、空中で蒸発していく。その流れがとっても綺麗で、ため息が出る。
「魔法ってすごいですね。」
「……イツミさんこそ、すごい魔力の持ち主ですよ。驚きましたよ……。もしかして、記憶をなくす前は賢者様だったんじゃ?」
ただの主婦です。はい。
説明がつかないから記憶喪失を装っているだけです。もしかしてあれでしょうか。異世界人だからでしょうか?
「これ初級の魔石ですよ。これであの威力……」
イレーユさんは、水分を綺麗に飛ばした食堂を見回してから椅子に座った。私もイレーユさんの向かいに座り直す。
「なんか、すみません。」
「謝る必要はないわ。驚いたけど、それだけの魔力の持ち主ならすぐに身元も分かると思うわ。これは喜ばしいことよ!」
「そうなんですか?」
「そうよ。魔力は多い人は高い地位についているか、その血筋の人が多いのよ。街に戻ったらギルトで分かるかもしれないわ。」
うーん。どうしよう。なんか、すごーく面倒な気がする。
自分の身の振りは、もう少しこの世界の事を知ってからの方がいいよね?うん。面倒は嫌だ。
「あの、イレーユさん。すみません。なんて言いますか、あまり大っぴらにしたくないというか、どうしてかそう思うんです。だから、ひっそりと家族を探したいと思うの。」
「……そうね、分かったわ。何か理由があってここにいるのかも知れないしね。記憶もないのじゃ、不安に思っても仕方がないわ。」
「すみません。」
「いいのよ。ギルトではさりげなく探ってみたりするくらいが安心かも知れないわね。」
私の状況が状況だから、訳ありかもと察してくれたみたい。ありがたい。
「でもギルトには登録した方が、何かと便利よ。情報も入るしね。」
「そうなんですか・・・」
「ちょっと登録料はかかるけど、詳しい身分証明みたいなものはいらないから基本誰でも登録できるし、連絡手段にもなるし、色々な機能があって捨てがたいわよ。あ、でも登録して長く何も活動していないと除籍通知がくるけどね。もし持ち合わせがないなら仮登録もできるから大丈夫。冒険者として活動してお金を貯めてから正式に登録する方法もあるわよ。」
イレーユさんがずいと身を乗り出して注意するように声のトーンを落とす。
「でも仮登録の間は、制限も多いの。ギルトカードの機能は使えないし、受けられる依頼もずっと少ない。あくまでも、登録料を貯えるための期間措置だから。」
「ギルトに登録するのが一般的なんでしょうか?お店を経営しているサーラさんとかも?」
「サーラは商業ギルトに登録しているわよ。そうね、そこから説明が必要ね。」
イレーユさんは、ギルトとお金の事を教えてくれた。
まずギルトはいくつか種類があって、冒険者ギルト、商業ギルト、学院ギルト、国民ギルトの4つ。
冒険者ギルト
国や国民などからの依頼を受けて報酬を得たり、ギルトカードの機能を使える。
他国で身分証明代わりにもなる。
その為、入国料が免除される。
街に入る時、身分証明ができない人はお金が要るみたい。
ギルト登録料は金貨1枚。
商業ギルト
商いをする人は登録が必要。
ギルト登録料は金貨10枚。
学院ギルト
学校へ通えるようになる。学院ギルトのカードは、課程を修了したら修了証明がギルトカードに記載される。ただし、学院ギルトに登録するためには国民ギルトの登録が必要。
ギルト登録料は金貨5枚。
国民ギルト
土地と家の購入ができる。
国民としての身分証明ができる。
医療費の補助が受けられる。
学院へ行く資格が得られる。
ギルト登録料は金貨10枚。
大まかにまとめるとこのようになる。
冒険者ギルトの登録料が他のギルトに比べて安いのは、その他諸々の費用全て自分持ちだからだ。安全に旅をするために必要な装備品、宿代、食費、なにかとお金がかかる。金貨1枚は、色々な機能のついたギルトカードに、それくらいのお金がかかっている。
ギルトとしては、依頼をこなしたり、魔物を倒してくれる人がいる方がいいらしいので、登録料はギルトカード作成の必要経費のみとなっているようだ。
ただし、依頼はランクごとに受けられるものが決まっている為、実績と信頼の積み重ねで、ランクも依頼内容も報酬も上がるようになっている。
そしてお金。
貨幣は銅貨、銀貨、金貨の三種類。
銅貨10枚で銀貨1枚。
銀貨10枚で金貨1枚。
それぞれ半銅貨、半銀貨、半金貨もある。
日本で言うと、銅貨は百円、銀貨は千円、金貨は一万円。
半銅貨は五十円、半銀貨は五百円、半金貨は五千円。
分かりやすい!
お金って、単位は違っても世界共通なのね!
ということは、冒険者ギルトに登録するには一万円に当たる金貨1枚が必要なのね。
ちょっと分かってきたわ。この世界のお金はもちろん持っていない。小さなバッグしか持っていなかったから、日本のお金もない。まあ、あっても使いようがないだろうけど。街へ行く前に、お金作れたら作っておいた方がいいよね。
何か方法はないかな。まだ時間はあるみたいだから、とりあえずここのお手伝いをしながら考えよう。
今私が、街へ行く前にしなければいけないのは、
サーラさんの宿屋のお手伝い。
お金を貯める。
そのためには、どんな物が売っていたりするのか、このキャラバンのお店を見て回ろう。街へ行ったら、冒険者ギルトで登録する。いつまでもサーラさんにお世話になる訳にはいかない。食べて行くためにはお金が要るわ!
もしかしたら、急に目眩でも起こして元の世界に帰れちゃった……なんて事があるかも知れないし。
とにかく、帰れるまでは食べていくための準備はしなくちゃね。
ギルトの依頼を受けながら、旅をしています。……って設定でいいか。
いつ居なくなってもおかしくない設定にしておいて、と。そのうち帰れたらいいな。
……帰る方法も探せるものなんだろうか?
街へ行けばまた情報も入るでしょう。その時に考えよう。うん。
ちらほらと宿泊客が食堂に集まりだしたので、イレーユさんにお礼を言って別れた。イレーユさんはダンさんのところへ戻っていった。ミリさんがテキパキと朝食を、席に着いたお客様のところへ運んでいく。この宿屋自慢のスープのスパイシーないい香りが立ち昇る。
朝なんだなあ。
どこでも朝は同じだね。
1日の始まりに美味しい朝食を食べて、その日のエネルギーになって頑張れる。
夫と娘と過ごした朝を思い出し、少し遠い昔のようで切なくなった。