風紀隊長を語ります(1)
とうとう来てしまった昼休み。
逃げることはかなわないだろうし、そもそも俺の辞書には逃げるという選択肢はない。
仕方がないので、戦いの前の腹ごしらえとして学校の敷地内にあるコンビニで購入したおにぎり4つを胃袋に収め、俺は決闘場へと足を運ぶ。
服装は朝から変わらずの制服に、少し履き古されたローファー。
そして、戦いにおいて最も重視すべき武器なのだが、今回俺は普段使いとして愛用している金属ポール(ホームセンターにて1本980円)を選択した。
俺の戦い方のベースは剣道になるために、本来は竹刀や木刀を好んで使うのだが、基本的に俺は長い棒なら何でも扱える。
相手が風紀隊長であるため最初は木刀にしようかとも思ったのだが、あいにく木刀も竹刀も寮に置きっぱなしにしていたため、ロッカーに入れていた金属ポールしか選択肢がなかったのだ。
俺が金属ポールを手に決闘場に足を踏み入れると、そこにはすでに風紀隊長である雨宮先輩が待ち構えていた。
雨宮先輩も俺同様に制服・ローファーという出で立ちだが、唯一違うのは先輩が武器を持っていないということ。そして、武器の代わりに厚手のグローブをはめているだけ。
雨宮先輩は俺が入ってきたことに気が付くと、にやりと口角を挙げてこちらを見据える。
「棟梁、よく逃げなかったな。」
「…(コクリ)」
「お前も知ってるかもしれないが、俺は空手ベースだから武器は使わない。だが、お前は武器を使ってくれて構わない。」
「…(コクリ)」
「もちろん、それをハンデだというつもりもない。俺もお前も、ベストな戦い方がある。それにあわせた武器を使ってくれ」
「…(コクリ)」
先輩の言葉にうなずいてから周りの状況を確認すると、かなりの数の生徒がこの試合を見に来ていた。
皆、空気を読んでいるのかしんと静まり返っているが、どことなく居心地は悪い。生徒だけでなく先生の姿もちらほら見かけるし、もちろん阿左美と葛城君の姿もあった。
俺は緊張を和らげるように一度息を吐いてから雨宮先輩の方に視線を向ける。
雨宮先輩も俺の方に視線を向けると、先ほどよりも笑みを深めた。
「…それにしてお前、さっきから全くしゃべらないな。そんなに戦いたくて仕方ないのか?」
「……」
違うんだけどな。俺はただ無口の口下手なだけだし、仮に俺が普通にしゃべるやつでもこんな状況ではそう喋れたものではない。
だからといってそれを雨宮先輩に伝えるつもりもないので、俺はうなずくことはしないままに雨宮先輩をまっすぐ見つめた。
「…じゃあ、そろそろ始めるか必ずお前を副隊長にしてやるからな。」
雨宮先輩がそう言った瞬間、先輩のまとっていた空気が変わった。
一気に冷え切った空気をまとい、こちらをにらむようにして構えの姿勢に入った雨宮先輩と対峙するこでひしひしと圧力を感じる。
「……っ」
(なるほどな。…さすが風紀隊長に任命されるだけある)
手のひらにじんわりとにじんだ汗をぬぐってから、俺も無言で構えに入る。
それから右手に持っていたポールを、孫悟空の如意棒のようにヒュンヒュン回して雨宮先輩を睨みつけた。
いつでも飛び込めるように。いつでも先輩の動きに反応できるように。
「行くぞ!棟梁!!」
「…ん、来い!!」
先に動いたのは雨宮先輩だった。
さっきまで、かなりの間合いがあったというのに、一瞬でかなりの距離を詰められる。
雨宮先輩は流れるような動作で右脚を振り上げると、迷うことなく俺の首元を狙ってきた。
俺は雨宮先輩の脚をしゃがんでよけると、その低い体勢のままポールで左足を狙う。
しかし雨宮先輩もそんな攻撃は見通していたようで、振り上げていた右足を垂直におろして、俺が持っているポールの動きを止めた。
そして今度は雨宮先輩の拳が上から俺を狙うため、俺はとっさに後方に飛んで距離をとる。
「…っ、ぶね…」
今の拳はあたったらやばかっただろう。
空を切る音が明らかに普通と違い、いかに重い拳なのかをものがたっていた。
俺は距離を取った後に体制をととのえ、再度ポールを振りかぶる。狙いは変わらずに足だ。
雨宮先輩の戦い方は肉弾戦の近距離戦法。かくいう俺は中距離戦法。雨宮先輩に距離を詰められすぎるとうまく立ち回れなくなるのが目に見えているため、まずは間合いを詰めにくくするために動きを封じる。
もちろん雨宮先輩もそんな俺の安直な考えは分かりきっているんだろう。
俺が振るうポールは全然あたらず、ただただ俺の体力だけが削られていく。しかし、それは雨宮先輩も同様だ。
雨宮先輩の拳や蹴りを俺もなんとか回避し続けているため、お互い決定打やダメージを与えることができないまま、疲労だけが蓄積されていた。
「……くそっ…」
最初は負けても「こんな弱い男は風紀にいらない」となるからいいと思っていたけど、やっぱり勝負には負けたくない。
一度スイッチが入ってしまうと、意地でも負けたくないと思ってしまうのだ。
(このままじゃ埒があかない。…仕掛けるしかないか!)
俺はポールによる攻撃を中断すると、足に思いっきり力を込めて後方に大きく飛ぶ。
雨宮先輩は距離を取らせないためにと、瞬時に俺に合わせて突っ込んできた。…それが俺の狙いだと知らずに。
後ろに飛び退く俺と、つっこんでくる雨宮先輩の間にはわずかな距離。
俺は今度は前方に飛んで、その距離を自らうめた。
「…っな!?」
その動きに驚いた表情をする雨宮先輩。
まさか今の状況で自ら距離を埋めるとは思わないだろう。さらに言うなら、俺は今"摺り足"という歩き方で距離をうめた。
戦闘の中で不意打ちのように"摺り足"を使用するのは、相手の動揺を誘うには効果的だ。
そして驚く・動揺するということは、相手に一瞬の隙が生まれるということ。
…俺はその隙を見逃すほどお人好しではない。
ポールを竹刀のように持ち替えた俺は、面を打つように雨宮先輩の頭目掛けて思いっきり振り下ろした。
もちろん、俺の勝利を確信しながら…
バキッ!!
「………へ…っ!?」
最初、何の音か分からなかった。
ただ俺の視界には、にやりと笑う雨宮先輩の顔と、俺自身の手に握られている短くなったポール。
ポールを握っていた両手はびりびりと痺れていて、与えられた衝撃で体は後ろに傾いていく。
後ろに傾くことで視線が少し上向きになり、そこで日の光を反射させながらくるくると宙を舞っているポールだった棒を認識した。
(………?…ポールを、折られた?)
ポールを折られたと理解するまでのわずかな隙。
雨宮先輩ともあろう人がそんな隙を見逃すわけがなかった。
「っ、らあ!!」
「…がぼっ!?」
腹に丸太を打ち込まれたのか!?と思うくらいの衝撃を感じたあと、俺の体は勢いよく後方に飛ばされた。
浮遊時間はほんの数秒。俺はさっきの衝撃で意識ははっきりとはしないが、それでももはや戦闘本能というやつか。
地面に叩きつけられぬようにと地を蹴って体制を整え、二本の足で地を踏んだ。
それでも衝撃は収まらず、俺の足は地面を軽くえぐる。
「…っ、ぐぅ…」
地面に踏ん張った衝撃が腹部に響いて痛みを訴えるが、何とかそれを食いしばって視線を前方に向ける。
(まだだ。まだ負けてない。ポールは折られたけど俺は折られていない。)
そう思ったのだが、その時俺の後ろからカンッという金属が何かにぶつかったような音が聞こえた。
思わず戦闘中ということも忘れて振り返ると、どうやら折られたポールが決闘場に置かれている用具達に当たったようだ。
なんだそれだけかと再度戦闘に戻ろうとしたが、用具たちがグラグラと揺れているのが視界に入る。
どう積み重ねられていたのか分からないが、上空から落とされたポールでバランスが崩されたのだろう。
そしてその用具の近くには戦闘を見に来ていた生徒たち…
「…っ、…よけろ!」
俺は戦闘そっちのけでその生徒たちの方に駆け寄ると、倒れ込んでくる用具からかばうように覆いかぶさった。
次の瞬間ものすごい痛みと衝撃が俺の体を襲い、次いで周りからすごい悲鳴があがる。
俺は自分の体に乗っかっている用具を落としてから立ち上がり、かばった生徒に怪我がないことを確認してから先輩の方に戻ろうとした。
(勝負はまだついてないからね…)
雨宮先輩はそんな俺の行動を呆然と見ていたが、そのうちハッとした表情を浮かべ、今度は焦りの表情に変化してから俺の方に手を伸ばす。
(…なんでそんなに焦ってるんだ?)
そう思いつつ足を一歩踏み出したところで、視界がぐにゃりとゆがんだ。
「…?……??」
体はいうことを聞かず、そのまま俺の体は前方に倒れていく。
俺が意識を失う前にかろうじて認識できたのは、倒れかけた俺の体を支える体温と、必死に俺の名前を呼ぶ雨宮先輩の声だけだった。