学校生活を語ります(7)
「今日からお前等の担任になった小波 美空だ。担当教科は体術・武術。お前等、俺に迷惑かけんじゃねぇぞ。」
不機嫌そうな表情を崩さぬままにそう語ったのは、小波 美空という教師。
美空というかわいらしい名前とは裏腹に、その見た目は完全に殺し屋。
顔立ちは整っているものの学園1怖いといわれている教師であるために、あまり色めきだった人気はない教師だ。
(……そういえば、阿左美が担任教師に期待、とか言っていたけどどうなんだろう。)
先ほどの阿左美の言葉を思い出した俺は、目線を小波先生から阿左美にうつす。
阿左美はなにやら興奮状態にあるようで、満面の笑みを浮かべたまま俺の方を振り返っていた。
「…っ!?」
想像以上の気持ち悪さに若干引いた俺だったが、阿左美はそのまま小声でペラペラと喋り出す。
「つ…剣どうしよう。俺的にはすごい理想の教師来たんだけど。いや…最初はホスト教師がいいなぁ…なんて思ってる時もありましたよ?チャラいホスト教師がたまにみせる教師らしさにみんなクラクラしてくだせえ!みたいな感じね!!でも小波先生も悪くないよね!崩れた口調最高!!元ヤン?元ヤンなのかな??しかも、ちょっとだけスーツの着こなし方が夜の香りがしてそれがなお良いよね!か、過去あり!?自分の過去に踏み込んでこようとする生徒をぶっきらぼうに遠ざけつつも、内心では……やっべ…涎たれてきたわ」
「……阿左美、自重…」
どうやら阿左美の期待通りの先生だったようだ。
阿左美が嬉しいならばそれはよかったけど、俺と阿左美の間に挟まれている東条くんが泣きそうだからやめてあげてくれ。
話を戻すが、俺からするとあの先生は少し怖い。
決してヤンキーだからとか、突然の豹変っぷりに恐れおののいたということでは無くて、ただ単純にあの先生は怖い。
(それにしても担任が小波先生、か…。これははずれだな。)
実は、俺は小波先生が苦手だ。苦手というか、普通に怖い。
羽柴ノ学園の教師ともなればそりゃあ、皆それなりの実力者だけどもこの小波先生だけは格が違うように感じるのだ。
どちらかと言えば、理事長に近いレベルの先生のように感じるのだ。
少なくとも、小波先生の授業はサボったら殺されるとしか思えない。
そんなことを思いながら俺は、目線を今度は阿左美から左隣の空席にうつす。
ちなみに席は出席番号順で並べられていて、俺の席は教室の一番後ろの列の窓側から数えて2列目の席だ。
前には東条くん、その前に阿左美が座っている。
今の段階で空席ということは、本来ここに座るべき生徒が今は教室にいないということ。
不良とかだったら嫌だな、毎日喧嘩になりそうで。
そう考えていると、ふと教室のドアが開かれて1人の生徒が申し訳無さそうな表情を浮かべて教室に入ってきた。
「遅れてしまってすみません。」
随分とさわやかな声色でそう謝罪するのは、先ほど壇上で見かけた生徒会の庶務。
その庶務が入ってきた途端に皆、その姿に色めきだつ。
「あー、やっと来たか。とっとと座れ。」
「わかりました。」
庶務はそんなのお構いなしに教室を見渡すと、爽やかスマイルのまま歩き出し、俺の隣の席にストンッと腰を下ろした。
「……?」
「よろしくね、棟梁 剣くん。」
これはまた、波乱の予感だ…。
庶務が俺の隣に笑顔で座り声をかけてきたことで、クラスメートたちから悪意のこもった視線が向けられたのを感じた。
中には隣の席の人と一緒にコソコソと悪口やら陰口を言っているのもわかる。
普段から阿左美と過ごしているために、多少の悪意ある視線や陰口には慣れているものの、ここまで一斉に向けられると多少怖いものがあった。
でもまあいい。そんなことは今、大した問題ではない。
いくら暴言を吐かれようとも、前に座っている阿左美が興奮気味にペンを走らせていようとも、俺には関係ない。
ただ、今しがた教室に来たばかりのこの庶務が何故俺の名前を知っているのか。何故、わざわざ俺に声をかけてさわやかな笑顔を向けてくるのか。そして、なんで俺はそんな庶務の名前がわからないのか…。
それが問題だったりする。
そもそも、庶務は全校生徒の前で紹介されていたからわかるが、俺みたいな奴の名前をなんで知っているのかが理解できない。庶務とは1年生の時に関わりがあったわけでもないから、俺のことなんて知らないはずなのに。
「……名前…何で?」
「え?ああ、なんで名前を知っているかって?そりゃあ、君は自分で思ってるよりも有名だからだよ?あとは、さっきの風紀隊長との一連の出来事も見てたし」
なるほど。悪い意味で有名だし、さっき雨宮先輩との事件を見られていたから…ということか。
その疑問については納得した。
そして、俺が庶務の名前が分からないということに関して言えば、自業自得だ。
集会には参加していたし、寝ていたわけではないけども、自分には関係ないとばかり思っていたから、覚えてるわけがない。
しかし、何故わざわざ俺に声をかけたんだろうか。前の席の人に声をかけたっていいと思うし、近くにいる東条くんだっていいはずだ。というか、そうすればよかったのに…という思いにあふれている。
「………声…」
「何で君に声をかけたかって?」
…自分で言うのもあれだけど、よくもまあこんなしゃべり方で俺のいいたい事を理解してくれるな。
普通ならあまり分からないものではないのか?
そう思いつつ庶務の返事を待っていると、庶務は楽しそうな笑顔を俺に向けてからサラリと爆弾を投下してくれた。
「君と仲良くなりたいからだよ。」
別に仲良くなりたい、と言ってもらえることは悪い気はしない。
見るからにいい人そうだし、俺のいいたい事も理解してくれるから意思疎通だってできそうだ。
ただ、それを言った状況がよくなかったなぁ…。
案の定、クラスメート達からはどす黒いオーラと嫉妬の眼差しをひしひしと感じ、どことなく息苦しささえ覚える。
「ね?棟梁くん!…だから仲良くしよ?」
そんなことなどつゆ知らず。首を軽く傾けてそう言ってくる庶務の姿に教室中がざわめき、阿左美が荒ぶり始めるというカオスな状況。
正直に言うと、俺は反応に困っていた。先程も言ったとおり仲良くしようと言われて悪い気はしないのだが、いかんせん俺はこの人の名前すら知らないのだ。だからといって断れば周りに非難されそうだし、ここで応じても非難されそうだし…。つまるところ、俺はどう反応していいのかわからないのだ。
「……ぅ、あー…」
「ん?名前?…さっき集会で紹介してもらってたはずなんだけどなー。佑磨、葛城 佑磨だよ。よろしくね!」
(なんだ!?エスパーなのか、この人は!!??)
あまりの察しの良さに驚いて葛城くんを見るが、葛城くんは葛城くんで期待に満ちた眼差しでこちらを見ていた。
「か、………葛城……くん?」
「そう!よろしくね、剣くん!」
別に友達としてはきっといい人だと思う。思うけど、思うけど!!
俺が固まっていると、思わぬところから助け船が出された。
「…おーい、葛城。後にしろ。」
「あ、はい。すみません。」
おそらく小波先生は、ただ注意しただけのつもりだろう。しかしそれが、俺にとっては助け舟となった。
先生、ありがとう!そんな気持ちをもって先生の方を見ると、先生がこちらを見てにやり、とした。
(ま、まさか……俺が困っていると分かって…?な、なんてできた教師なんだ!)
「棟梁は今日の昼休み…雨宮逸輝との決闘で頭がいっぱいだろうから、そっとしといてやれ。な?というわけで、お前ら!今日棟梁が風紀隊隊長の雨宮逸輝と決闘するから見に行ってやれー」
…ちょっと待て。ちょっと待てよ。
「ちょっ……なんで…言っちゃうんだよ…」
前言撤回。この教師は最低最悪のクソ教師だ。
先程の一連の事件を知らない生徒もいたはずなのに、この教師のせいでクラス中に知れ渡ったじゃないか!
なんなんだ、今日は厄日なのか!?俺は神様を怒らせるようなことをしただろうか?
阿左美様、葛城様に加えて雨宮様も!?みたいなクラスメートの悪意ある視線が辛いです。
少なくとも、先生が今の話を暴露しなければここまで悪意のある視線を受けることはなかったはずだ。
「…棟梁くん」
ふと、葛城くんが心配そうな表情をして話しかけてきた。
先生にばらされたことで心に余裕は全くないが、無視をするわけにもいかないので、一度冷静になるようにと息を吐いてから葛城くんの方を見る。
「……何?」
「俺、応援に行くからね!勝ったらご褒美にご飯奢ってあげるよ!」
「応援、いらな……ん?奢り?」
聞き間違いでなければ、今葛城くんはご飯を奢ってくれると言わなかったか?
高校2年生男子。ただでさえ食べ盛りだし、俺は同年代でもかなり食べる方だ。中学時代の友人には底なし沼とも呼ばれているが、俺自身は自炊ができないため、食費はかなりかかってしまう。そんな俺に奢るだなんて…
「…お……俺、頑張る!ご飯のために!!」
視線なんて気にならなくなった。
誰だって、食欲が優先だろ?
この時のクラスメートたちは皆、同じことを考えていた。
(棟梁が餌付けされた…!?)