学校生活を語ります(6)
勢い良く芝生に体をたたきつけられた俺だが、雨宮先輩は雨宮先輩で勢いを殺せずにそのまま俺の上にのしかかる形で倒れこんできた。
「…グッ…!」
「ぐえっ!?」
あまりの衝撃に思わずうめいてから脱力する俺だったが、雨宮先輩はハッとすると上半身だけを起こして俺に馬乗りの状態になるとそのまま俺の肩をガシッと掴む。
その瞬間、校舎から悲鳴がたくさん聞こえて来た。何を言っているのかまでは聞き取れないけど、まあ『なんで逸輝様が棟梁なんかと…!』みたいな感じだろう。
それはそれでなんとかしたいものだけど、今はそれどころじゃない。
「…重い…っす…お…降りて…」
いい加減、雨宮先輩が重いのだ。
スタイル抜群な雨宮先輩ではあるが学園No1の強さを誇るだけあって筋肉はしっかり付いているだろうし、なにより普通に人が1人腹に乗っているという状況は重くて辛い。
それだけじゃなくて、このままだと嫌な方向に行きそうな気がするのだ。
俺の本能が『逃げろ逃げろ!』と囃し立てるも、この状態から逃げ出すことは困難。
(いわゆる詰み?)
「…ちょ…おも…雨宮先輩!降りて!」
「棟梁。お前、俺の部下になれ」
雨宮先輩の凛とした声はそこまで大声だったわけではないものの、5階の校舎まで聞こえていたようで、一拍を置いてから上から悲鳴が聞こえてくる。
俺はそんな悲鳴に意識を向ける余裕もなく、ただただ呆然と雨宮先輩を見上げるだけだ。
「………はい?」
「だから、部下になれと言っている。…棟梁 剣。お前を風紀隊の副隊長に任命する、と言っているんだ。」
上から聞こえる悲鳴の声が少し大きくなった気がしたが、俺は混乱状態のまま首を振る。
「いやいや……え…俺…なんで?…」
俺が選ばれる理由なんてまったく無いはずだ。なぜなら俺は、そういった役職に選別されるリスクを少しでも無くすために、平凡ステータスと認識されるように努力してきたのだから、。
だって、俺は授業でも極力目立たないように努力しているし、戦闘実技では勝てそうな相手でもある程度のところで負けて、中間の順位を保っている。
そんな努力も実って、俺のステータスは平凡と皆に知られていたのに、なぜそんな俺が風紀隊に所属する流れになるっていうんだ!
そういう意味で雨宮先輩にそう言ったのだが雨宮先輩はニヤリと笑みを浮かべると、俺の肩を掴む手にぐっと力を込めて前のめりになる。
「始業式のとき、お前は俺の殺気を感じ取っただろう?お前自身がそれなりの強さを持っているからこそ、そういうものを感じ取れるってことだ。」
「…それだけって…」
「俺と遭遇した時に咄嗟に臨戦態勢をとって月島 阿左美をいつでも守れるように構えていた点も評価に値するだろう。」
「……いや…」
「それに、まだ1年じゃ基礎しかやっていないはずのパルクールに関してもあそこまで応用できているし、廊下を走る時に人にぶつからないように相手の動きを見極めて最低限の動きで衝突を回避していた。」
「…あの……」
「お前自身はその強さを隠しているつもりだったのだろうが、それでも随所随所で隠しきれてないんだよ。…だが、その詰めの甘さも嫌いじゃない。」
「…俺…話…聞いて……」
「一言で言うと、俺はお前を気に入った。今期は俺とお前の2人体制となるだろうが、お前と俺の実力があれば大丈夫だろう。」
ちょっと待ってくれ!!!俺が副隊長?しかも風紀隊は雨宮先輩と俺の2人だけ???
おいおい、そんなの誰も喜ばないぞ。いや…阿左美しか喜ばないぞ。
雨宮先輩には見抜かれてしまったようだが、学校全体として俺のステータスは見た目は×、実力は平凡といったところ。
俺と雨宮先輩が2人で風紀隊ともなれば、周りの生徒たちは黙っていないだろう。
「きょ…拒否権…拒否権は?」
「あ?お前、拒否するつもりか?」
「ひっ!?」
俺が拒否しようとした瞬間にものすごい形相で俺をにらむ雨宮先輩。その背後からは黒いオーラのようなものが見えたように感じた。
「んー…そうだな。拒否権なしっていうのはよくないよな。でもこの学園の生徒なら、必要な権利は実力で勝ち取るべきだよな。」
「……?」
「よし、決めた。俺とお前とで真剣勝負して、お前が勝ったらいいよ。諦めてやる。ただし、俺が勝ったらお前に拒否権はなし。」
…ということは、俺が勝てばいいんだな。俺が勝てば風紀隊やらなくていいんだな?
しかも仮に負けたとしても、そうすれば「実力がない男を副隊長にしなくてもいいか」と思ってもらえるかもしれない。
(これはチャンスか?)
「…わかりました。」
「…時間は今日の昼休み。場所は第二決闘場。武器の使用は、戦闘実技で許可されているものなら何でも」
「……了解」
「…待ってるぜ、棟梁。」
「…というわけ」
「なるほど。その場のテンションと勢いだけで勝負受けちゃったんだー。」
「…(コクリ)」
「控えめに言って最高なんだけど。胸熱じゃん!」
阿左美は「それは大変だったね」とか言ってくれるかな…なんて思ってたんだけど、まあ…期待した俺がバカだったよ。
先ほどはチャンスと思って勝負を受けてしまったが、冷静になってからは勝負を受けたことを後悔していた。
「……」
満面の笑みで飛び跳ねながら喜びやがって…。
確かに阿左美が喜びそうだな、とは思っていたけど、そこまで全面的に喜ばなくてもいいじゃないか。
思わずジトッと阿左美を睨むが、阿左美はさして気にすることもないまま俺の背中をパシパシと叩く。
「ま、昼休みまでは時間があるんだしさ!!今は気持ち切り替えよ!!」
「………あぁ…」
「なんてったって、このあとは担任発表!!うっひょー…これ以上、何があるっていうんだ…どれだけ俺を萌えさせれば気が済むんだいこの野郎め…ぐへへへ…」
「………阿左美…涎…」
奇妙な笑顔を浮かべて涎を垂らしている阿左美にティッシュを差し出していると、バンッと激しい音をたてて教室の扉が開かれた。
その音に驚いたのは俺や阿左美だけではなかったらしく、教室にいた全員が肩を揺らして扉の方に視線を向ける。
そこにはツンツンした茶色い髪にスーツを着崩した男性が立っていた。
「よし、全員席についてるようだな糞ガキども!今からホームルームをはじめっぞ!!」