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帰ってきた男たち

 2017年7月4日の午後3時。クーラーのない灼熱の部室で俺は、汗だくになりながら粘土板の写真資料の後片付けをしている。そして柳さんは流し台で部長の炊飯器の釜を洗っている。でもって部長は河童の資料を机の上に並べていた。


 実は先程、部長と俺は例の炊飯器から飛び出してきたところなのだ。あの後で、炊飯器を大切に持ち帰った柳さんが、部室に保管していてくれていたので我々の帰還場所も部室となった。しかし着地が問題だった。


 机の上に置かれていた炊飯器から我々は勢い良く飛び出したものの、しばし宙を舞った後に床に背中からダイビング。俺と部長はしばらくエビ反りで悶絶していたのである。



「だ……大丈夫ですか?おかえりなさい」


 

 その様子を心配そうに覗き込む柳さんの顔をみて、ようやく現代に戻ったことを実感できた。


 痛みが収まったところで我々の帰還を待っていてくれた柳さんにこれまでの経緯を説明することにした……。



「それで八坂さん。炊飯器の中に飛び込んだその後はどうなったんですか?」


「全く酷い目にあったよ。あのタイムトンネルってのは、古代の水瓶に繋がってたんだ。いや出口が狭くてね。どうにかそこから体を出したらもう古代のバビロンの路地なんだな。あれはちょっと感動したね」



 この時、責任者たるサクラ氏は体がデカすぎて35分間も水瓶から外に出られなかった……。



「それから色々探し回ってキューブを見つけたんだけど、もう手遅れだった。ちょうど路地のバビロンの子供が掴んじゃって。しかもグリグリと回しちゃってるもんだから、罰ゲームスイッチが入ってしまって」


「まあ!」


「そこから未来の過激イベントが発動だよ。青空からいきなり火の玉が無数に降ってきてバビロンの街は燃えだしたんだ。いや地獄の光景だったな。すると今更ながら肝心の部長がいないことに気づいたんだ」



 部長は資料をファイルに閉じながら、バツの悪い顔をしていた。



「どういうわけか私だけ、タイムトンネルの出口を間違えてしまったんだ。厄災の次の日のバビロンに降り立ってしまっていた……。完全な焼け野原にポツンと立ってた……」


「それじゃあ火災を止めたのは八坂さんなの?」



 つまりそういう事だ。我こそがヒーロー。



「うん。すぐに子供からキューブ奪って。火災旋風から全力で逃げながら20分かけて6面揃えた。それが唯一のリセット方法ってことで。まあ結果ほぼ都は全焼なんだけど……。しかし人的被害ゼロだったのは幸いだったが……」



 粘土板の記録によればバビロンの都の人口が100分の1に減ったとあったのだが、あれは単に住民がしばらく他の街に避難した結果なのである。行ってみなきゃ分からないもんだね。



 でもって一晩明かした後に、次の日にタイムスリップしてきた部長と合流。再び水瓶の中に飛び込んで……どうにか現代に戻ってきたというわけなのだ。


 部長は落胆して項垂れた。



「結局、私はなんのために古代のバビロンまで行ったのだろう……。滞在時間も3分ぐらいだったし。瓦礫しかなかったし……」


「いやいや助かりましたよ。部長が水瓶から飛び出して来なければ焼け野原からアレを探し出すのは大変でしたし」

 

「しかしバビロンで河童を見つける予定が……」



 向こうで河童を見つけるつもりだったのか!そりゃ無理じゃないか!?



 釜を洗い終えて、机の上にポンと置いた柳さんが、我々にねぎらいの言葉をかけてくれた。



「部長、八坂さん、お疲れ様でした。無事に帰ってきてくれて私は嬉しいです」



 彼女はニコッと笑った。


 その柔らかな笑顔を前にして思わず彼女の手をとって、しばし2人で見つめ合いたいと思った……。隣でバビロン河童の想像図を描いて俺に見せてくる部長さえいなければ。



 河童の絵の出来に満足した部長は、急に思い立ったように俺に質問する。



「しかし……粘土板に記されていた予言とはなんだったんだ?八坂君教えてくれ」


「そこなんですよ部長。これが全部サクラ氏のせいなんです」


「どういうことだ」


「バビロンの街が炎に包まれてる時に、ようやくサクラ氏が水瓶から出てきたんですけど。でも彼は完全にオカシクなってました。服を脱ぎだしてエルヴィス・プレスリーの歌を熱唱しただしたりして。恐らく火災の恐怖と、バビロンを焼け野原にしてしまった自分の罪に耐えられなかったのでしょう……」



 部長はしばし腕を組んで考え込んでいた。

 


「それがと予言とどう関係があるのだ?」


「いや彼がですね。火災が収束した後で、何故かバビロンの民衆の前で演説をはじめたんです。『自分は予言者である!次は西暦2017年に運命の神・バグー様は現れる』とかなんとか」



 部長は呆れた表情を浮かべた。



「なんだそれは……。あの人、古代バビロンの言葉も話せるのか」


「はい。でも迷惑な人なんですよ。あのオッサン」



 つまり人騒がせな予言を残したのはサクラ氏だったのだ。もう順序が逆すぎてわけが分からないけどね。



「じゃあ……人類は彼の残した言葉を必死に解読してたのか」


「ええまあ……。しかし『どうせなら』とついでに俺も便乗してしまいまして……」



 実は俺もあの人騒がせな予言に一枚噛んでいる。



「正確なバグーの出現場所をですね……。たまたま覚えてたもんでして……。サクラ氏を通して民衆に伝えてしまったんですけど」



 一応反省はしている。



「え!?それじゃあ……あの正確な予言って先輩が!?」


「うん……。申し訳ない柳さん。あれは俺の仕業だったわけだね。ゴメンねなんか」


「し……しかし君は予言に書かれていた出現位置を覚えていただけだよな。じゃあ一体誰がクフ王のピラミッドから私の部屋までの距離を……」


「まあまあ部長。その辺は深く考えずに」



 もうパラドックスだらけなんだけど、それはもうフワっとね。オカルト研究者たるもの大らかな気持ちを持たねばならない。



 とりあえずこれにて一見落着。


 残念なことに部長の炊飯器は、我々が飛び出てすぐに再び普通の炊飯器に戻ってしまったのである。時空のトンネルが繋がる現象は不安定らしく、部長の炊飯器を使って時空移動できたのは時間は僅か1日半だったのだ……。



 結局、今回の件で得たはずの超常現象の証拠が全ての失われてしまった。柳さんの撮ったスマホ動画もあるが、残念ながら加工の疑惑を持たれればそれまでである。


 偉大な発見をしそびれた我々は、これからも蒸し暑い部室でサークル活動に励むしかないわけだ。それにしても暑いね〜。



「今日は本当に暑いですね」


「そうだな柳くん。バビロンも暑かったが、この部室はそれ以上だ。うえっ」



 団扇をバタバタと扇いで涼しさを得ようとするマッシュルームヘアの部長の仕草が、心なしかより部室の暑さを倍増させる。このままでは熱中症になってしまうので、俺は部室の冷蔵庫を開けることにした。



「もう我慢できない。コーラを飲もうっと」



 しかし中にコーラは無かった……。その代わりに冷蔵庫の中にあったものは……。



「ちょ……ちょっと2人とも来て!これは……」



 2人も冷蔵庫の中を覗き込むと俺の意見に同意した。



「うむ。あれだな八坂君」


「これは……アレですね八坂さん」



 冷蔵庫の中に無限に続く青空が広がっている。うんタイムトンネルだ。また繋がったのか。結構繋がるもんなんだな。



「ドアを閉めよう八坂君。放っておけばそのうち消える」


「そう……ですね部長」



 俺が冷蔵庫の扉を閉めた瞬間、何者かがドアを蹴破るように飛び出し、そのまま部長をはね飛ばしてしまった。この球体のような丸っこいものはゴロゴロとそのまま勢いよく壁にぶつかった。



「な……なんだ今のは……」


「部長!見てください!奴です!」




 部室の壁の傍に倒れていたのは、赤い帽子を被って、赤いネクタイをつけ、赤いスーツを身に纏う巨漢のサクラ氏だ。彼はしばし体を痙攣させていたが、すぐに起き上がって我々に向かって一礼してみせた。



「いったぁぁっ!おおおおっ。ああ、これはどうも。いつぞやのオカルト研究会の皆様。お久しぶりです」



 なんだ!?一体なんの用事なんだ?



「ど……どうしたんですか。もう我々は呼んでませんよ?キューブもないですし」


「違うんですよ。実は私はあの件で、玩具メーカーをクビになりまして。今はペットショップに再就職しています」



 彼はスーツについた埃を払うと、要件を述べだした。



「えっとですね……。皆様、我が社の名物ペットを見かけませんでした?実はまたやらかしまして私。クビになるかどうかの瀬戸際なんですよ!」


「ペットって……?なんですかそれは」


「いや、私が探してるのは301世紀の人気ペットなんです。ちゃんと首輪してなかったものですからタイムトンネルの中に逃げ出しちゃったっていう……」



 俺達は顔を見合わせた。ペットなんかに全く心当たりがない。



「本当に知りませんか?すごく可愛い子なんです!竜のペットなんですけど」


「竜!?」


「八坂さん……まさかそれって……」


「うん。見たな昨日。すごいグロい奴」



 サクラ氏の探してるペットとは炊飯器の中で見た昨日の竜のことらしい。てっきりバグー本人だと思い込んだまま有耶無耶になっちゃった竜だ。



「もしかして……コレのことかな?」



 部長は昨日ガラケーで撮影していた竜の画像をサクラ氏に見せた。



「そうそうっ!これです!次郎がやっと見つかった。あ、次郎ってのはこの子の名前なんです。私が名付け親で」



 俺は巨大な牙で殺されかけたような気がするが、サクラ氏の説明によればそれはアマガミで愛情表現ということらしい……。



「ところで、次郎がどこに向かったか分かりますか?」



 我々は首を横に振った。



「むう……次の就職先を探さないと……」



 サクラ氏は振り返って、手を降り、寂しく冷蔵庫の中への帰ろうとする。



「どうします部長?」


「そりゃ……八坂君。探すの手伝うっきゃないだろ!河童にも会えるかもしれん」




 そして柳さんの目も輝きだした。



「お2人とも行くんですか?なんか面白そうですね!私も一緒に行きます」


「いや、でも危ないよ柳さん。バビロンじゃ俺は死にかけたし」


「どうしても!私だって部員なんですよ八坂さん」



 彼女は両手で俺の手を握ってきた。なんだなんだ!?突然のことに俺の心は大いに動揺。ここまで彼女の熱くせがまれて断る理由は、もはやなにもない。



「よ……よし。じゃあこっち。中は意外とバランス取るの難しいから気をつけてな」


「はい。お願いします!」



 俺は柳さんの手を引いて冷蔵庫に向かった。



「君たち。ついでに河童も探すからね。忘れないようにしてくれよ」



 サクラ氏の後を追って、我々三人も冷蔵庫の中に入っていく。我々のオカルト研究は始まったばかりなのであった!

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