核爆発イベント
クライマックスを前に改めて我々の置かれた状況を説明したい。悠長なサクラ氏の解説によれば部長が有していたルーピックキューブは、未来のパーティー用グッズだったのである。刺激に飢えた阿呆な未来人達が目隠しして、ロシアンルーレットのように適当に回して遊ぶためのルーピックキューブだという。
この未来的パズルゲーム、手順をしくじれば様々なスイッチが入ってしまい、天災級のイベントが炸裂するんだそうだ。その1つが「核爆発」だった。他にも色々あるらしい。「火災」「地震」「竜巻」「周囲の人々が避難する」……。
てかいらんだろ……。なんだそのロクでもない不吉なイベントは!
「確かにこの時代じゃあ遊べませんねえ。西暦301世紀だと笑い話で済むんですけど」
と赤い中年は答えた。301世紀の人間にしてみれば核爆発に巻き込まれるなど、ブーブークッションに座るようなものだという。納得できないが人類の技術が進歩に敬意を表したい。
続いて赤い中年のサクラ氏が、あのタイミングで我々の目の前に現れた理由について語ろいう。ここで核ミサイル着弾を前にして、部長はヤケクソでルーピックキューブやっていたことを思い出して欲しい。部長は6面を揃えるべく奮闘していたわけだが、その課程で偶然にも「コールセンターへ連絡する」という謎のスイッチを入れてしまったという。
「驚きましたか?これは時空を越えて届く我が社のコールセンターに通じる、すばらしい仕組みなんです」
と彼は自慢した。う〜ん。不良品なのにそこはシッカリしてんだな。
「でも……。それだとパラドックスが発生しそうな……。それに連絡が入りっぱなしじゃないですか?」
という柳さんの疑問に対して、慌てて口に人差し指を当てたサクラ氏。
「しっ。そこは……フワッとした感じでなんとかなってるんです」
呆れたもんだ。どこまで本当の話か分かったもんじゃないな。まあ、こんな話はどうでもいいのだ。ここからようやく本題に戻ろう。結論から言えば、我々は助かったのである。あの時ほど俺は嬉しかったことはない。
「やったぞ!見てください部長!ミサイルの軌道が変わっていきますよ!」
夜空を見ていたが接近してきた累計25機のミサイルは急に円弧を描いて軌道を変えていく。そして鮮やかな光の軌跡を残しながら天空に消えて行った。
部長は天に向かってガッツポーズをした。
「やったぞ!私は運命を切り開いたんだ!ルーピックキューブ修行の賜物だ」
「部長!すごいです」
柳さんと俺は部長に抱きついた。30歳のオッサンに抱きついてどうするんだと言われるかもしれないが、命が助かった喜びを精一杯表したらこうなったのだ。
それから俺と部長と柳さんは、3人でオカルト研究会伝統の喜びのダンスを踊って喜んだ。傍目にはマイムマイム踊ってるように見えたことであろう。今回は柳さんも加わってくれて良かった。
(これは後々の新聞に掲載された情報であるが、ミサイルはそのまま重力に逆らって突き進み、月周回軌道に乗ったという。もちろん核ミサイルに月まで到達する燃料などありはしない。未来ルーピックキューブによる謎めいたパワーの為せる技だ)
「それでは商品を回収させてもらいますね〜」
喜びのダンスを踊る我々を尻目に、回収を急ぐ赤い中年。
今更どうでも良いのだが、まだ疑問は残っていた。まず運命の神バグーである。なんだったんだバグーって?この問いにサクラ氏は営業スマイル全開で答えてくれた。
「バグーというのは、お客様が手に持ってるルーピックキューブの名前です。この時代で言うと980円のお手頃価格の商品です。他のシリーズもありますので買いますか?」
柳さんの髪が、不意に吹いた夜風に靡く。
「じゃあ……運命の神って、部長のルーピックキューブのことだったのですね」
俺は柳さんに見とれる気持ちを誤魔化しながら、彼女の問いに答えた。
「そうだったんだな。なんで予言されてたのか知らないけど」
すると先程までルーピックキューブ求道者だった部長が突然にオカルト研究者に戻った。
「そうだ。一体どういうことなのだ。そこ説明してくれサクラさん」
部長に詰め寄られ、赤い中年は困った笑顔を浮かべた。
「あの〜。そもそも運命の神ってなんの話でしょうか?そんな怪しいモノに我が社は一切感知しておりませんよ。本当にこれはただのパーティー用玩具なんです」
驚いたことに予言等については未来人のサクラ氏も全く説明できないという。謎は残ったままか……。
この時、サクラ氏の手の中にあったルーピックキューブのブザーが再び鳴りだした。
「しまった!」
次の瞬間、ルーピックキューブはサクラ氏の手を離れてフワフワと浮いてしまった。巨漢のサクラ氏が必死にジャンプして掴もうとするが4メートルは浮き上がってしまったがために、もう届かない。必死な彼に俺は尋ねた。
「何これ?どうしたんですか」
「これはですね……さっそく誤作動起こしてるんです!このタイプは浮遊機能が壊れてますから、コントロールが効かなくなるんです。誰か虫取り網持ってませんか?」
「浮遊機能ですか?凄いな〜飛べるんだこれ」
「そんな悠長な事言ってる場合じゃないんですよお客さん達!」
サクラ氏は電柱に登ってまでルーピックキューブを掴もうとしたが、キューブは彼の手から逃げるようにフワフワと空中を漂った。そしてあろうことか道路に打ち捨てられたままに炊飯器の中に入ってしまったのである。
「え!?」
我々は慌てて炊飯器の中を覗き込んだ。サクラ氏も電柱からドスンと飛び降りて慌てて我々の元にかけよった。息切れする彼が柳さんに尋ねた。
「キューブは!?キューブはどうなりました!?」
「中に入って消えちゃったみたいです。大丈夫なんでしょうかサクラさん」
ずっと営業スマイルを保っていたサクラ氏から笑顔を消えた。
「はぁ。はぁ。これはマズイですね。回収品が再び時空の狭間に落ちてしまうとは……。しかもよりによって古代メソポタミア方面に向かってしまったようです」
「古代メソポタミアだって!?」
この瞬間、我々は全てのを察した。つまり未来ルーピックキューブが今からバビロンに災いのイベントをもたらしに行くってことである。なんか因果関係がおかしいけど仕方がない。サクラ氏は大いに動揺していた。
「まずいぞまずいぞ!このままだと古代メソポタミアの都市が滅んじゃう。私の責任だっ!」
サクラ氏の発言を我々は不思議に思った。
「それどういうことだ八坂君」
「あれ?変ですね部長」
「そうですよ。何かおかしいです先輩方」
サクラ氏が両手で俺の肩を揺すって必死に尋ねる。
「それってどういうことなんですか!?」
「いやだから。元々、手遅れってこと。だって記録に残っちゃってるわけだし。たぶん向こうの誰かがスイッチを入れちゃったんだよ」
「そんなことはない!それはタイムパラドックスだっ!」
未来から来た紅い中年は因果律にあくまで戦いを挑むらしい。
「6面全ての色を揃えればリセットは可能性なんです。でも私には無理ですけれど。そこのマッシュルームヘアが素敵なお客さん、一緒に来てください!我々で災厄のイベントを阻止しましょう!」
そう部長に言い残して彼は炊飯器の中に飛び込んだ。
「行っちゃいましたね……。どうします部長」
多少の責任を感じたのか部長は、悩む表情を浮かべている。
「むう。イベントを食い止めるのは因果関係上無理だとは思うのだがな……。しかしオカルト研究者としてはこれは行かないわけにはいくまい」
この言葉に俺は痺れた。そうだ。我々はオカルト研究者なのである。例え危険が待っていようと、このような超常現象を放っておく手はない。というわけで俺も部長についていくことにした。
「仕方ない。俺も行ってくるわ。後は任せたよ柳さん」
「行っちゃうんですか先輩方!?」
我々は一か八か炊飯器の中に飛び込んだ。今気づいたが、中に入る分には入り口がちょっと広がるなこれ。
炊飯器内のタイムトンネルに飛び込んだ我々を、柳さんが手を振って見送った。
「先輩方!おたっしゃで」