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炊飯器の中から

[chapter:その4炊飯器の中からこんにちわ]


 我々が発見した終末予言が示す災厄の日は、あまりにも直近過ぎるが故に信じがたいものであった。


 一方で出現場所に部長のアパートが選ばれている……。しかもご丁寧に名前まで入って。この偶然はどう解釈して良いものか分からない。まあ考えても仕方がない。結果はじきに判明するのだ。部長のアパートで……。



「はじめて部長の部屋に来ましたけど、いい風合いですね〜。大学生って感じっスね」


「私もそう思います。懐かしい昭和の匂いがします。素敵ですね」


「君たちは私の部屋をバカにしてないか?」



 終末予言が炸裂することを楽しみにしている俺と柳さんは、しっかりと部長の部屋に上がることにした。そしてこの部屋で運命の神・バグーの降臨を見届けようと息巻いている。



「いやいや。バグーて。そんな物騒なもんにこの部屋に降臨されても困るから。そいつが河童なら歓迎するけどね」



 部長はオカルト研究会のメンバーらしからぬ発言をして、不貞腐れたように畳の上に横になった。



「悪いけどさ。冷やかしで来られても困るんだよね、暑いから。何しろ私の住む六畳間はエアコンがないので、この季節は普段でも蒸し暑くて往生するんだ」



 確かにこの部屋は暑い。窓を開け放ってるのに室温は35℃近いのである。長くいると救急搬送されそうだ。部長の傍にちょこんと正座した柳さんが恐る恐る質問した。



「ちょっとよろしいでしょうか部長」


「どうした柳君」


「このアパートの周りって妙じゃなかったですか。人は全然歩いてませんでした。車も通ってないんですね」



 そう言えば俺も気になった。大学から部長のアパートに向かう途中、何故か誰にも会わなかったんだ。



「暑いからな〜。外歩く奴もいないんだろう」


「いや部長。柳さんの指摘を軽んじるべきではないです。やはりこれはバグーの匂いですよ」


「君達は予言を意識し過ぎるから、そんな事も予兆に思えるんだよ。あんなピンポイントに私が被害を被る予言なんぞ当たってたまるか」


「ですが部長の部屋にバグーが現れるとしたら、これはオカルト研究者として名誉な事ではないでしょうか!?」



 寝転がっていた部長は、起き上がり我々と向かい合うように胡座をかいた。



「予言を信じてるのか信じてないのかよく分からない態度だな……。本当に神が現れたら破壊的な事になるということを、君たちは分かってるんだろうか?」



 俺と柳さんは顔を見合わせた。確かに本当に来たらヤバイんだけど……。



「その辺はまあ……。好奇心が勝ると」



 柳さんもウンウンと頷く。部長は呆れてしまった。とりあえず部長はテレビをつけて録りためてあったオカルト番組を流した。これが結構面白く、我々3人は見入ってしまったのであった。



 気づけば時刻は既に午後7時となる。



 柳さんは床に正座したまま、キョロキョロと部長の部屋の中を眺めていた。



「部長の部屋には色んなオモチャあるんですね。棚の上はルーピックキューブだらけです。5個はあるんでしょうか」



 部長は眼鏡のブリッジを押さえて得意そうな顔をした。



「まあね。練習用に、観賞用、学校に持っていく用。あと4✕4キューブの練習用と観賞用あるんだ」


「マジですか部長?1個で十分でしょ」



 部長は鞄から「学校に持っていく用のキューブ」を取り出して、柳さんの前で高速でカチャカチャと回してみせる。あまりに速いので部長のマッシュルームヘアも揺れる。



「一瞬で一面を青色に揃えてしまうこの才能。私にかかれば、こんな作業は5秒もかからない」


「凄えっス!就活に全く役に立たない才能だけれど、凄いな〜」



 部長はとっとと一面揃えたところで、キューブをポケットにしまった。心なしかそのルーピックキューブの色が不気味に輝いていたように見えたが。まあいいや。仕様なんだろう。


 部長は立ち上がった。



「よし。運命の神を待つまでの間、レトルトカレーでも食べよう。暑い時にこそカレーってね」


「え?作ってくれるんですか部長」


「ご馳走様です部長」



 しかしそんなに甘くはなかった。



「でも飯は今からこの部屋で炊く。そもそも炊飯器に電源は入ってない」


「この蒸し風呂状態の部屋で炊くんですか?しかも今からだと1時間ぐらいかかっちゃいますよ部長!」


「まあ気長に待とう。しかし予言も日付ってのみってのが良くないよね。待つ方の事を考えて出現時刻も書いておいてくれないと親切じゃないな」



 我々2人が頭を抱えてしまったその時、スイッチが入っていないという炊飯器からブザーが鳴りはじめた。これは米が炊けたことを意味するメロディーである。



「やだなぁ部長。もう炊けてるんじゃないですか。我々をカラかうのやめてくださいよ」


「……バカな」


「部長、お米炊けたんですね。でも蓋が開きっぱなしです。不思議ですね」



 部長の膝がガクガクと震えていた。そしてスライディングするように炊飯器の傍に滑り込むと、すぐに蓋を閉めてコンセントに入ってないコードを掴んで我々に見せた。



「そんなはずはない!炊飯器の電源なんて入ってないだろ。ほらコードが抜けてるし。っていうか炊飯器の蓋なんて誰が開けた?八坂か?」


「俺じゃないですよ!部長の家なんですから」


「違うよ私じゃないって。私は蓋を開けっ放しなんてしない」



 そんな事を言われてもなあ……。しばし部屋に沈黙が訪れる。ここで導き出される答えは唯一。



「も……もしやこれはオカルト現象ですか部長!?」


「嘘……だろ。なんて地味な……そして嫌なオカルト現象なんだ」



 柳さんは慌ててスマホを取り出した。



「これが噂のポルターガイスト現象ですね。動画撮影します!」



 さりげなく俺の背中に隠れてしまった部長から励ましの声が飛ぶ。



「よし!頑張ってくれたまえ柳さん」


「部長、声が震えてますよ。あと俺を盾にしないでください」



 大学生の男2人が炊飯器にビビってる姿はさぞかし滑稽だったろう。そんな我々とは対照的に柳さんは1人でグイグイ炊飯器に向かっていった。



「や……やめとけ柳さん!何故か釜の蒸気口から湯気が吹き出してるし危険だ。俺がいく」


 

 柳さんを危険に晒すわけにはいかんと、まずは俺が炊飯器を確認してみる。止まらない電子メロディーを聞きながら、軽く炊飯器の外わく部をコンコンと叩いてみたが何もない。そこで思い切って蓋を開けてみた。一旦中から湧き出る湯気で何も見えなくなったが、しばらくすると晴れてくる。そこで目にしたのは衝撃的な光景だった。


 炊飯器の中にあったのはお釜ではなく、どこまでも果てしなく広がる空間だった。上空5000メートルにどこでもドアを設定してドアを開けたような景色。まるでどこまでも続くお空なのだ。どういうこと?



「こ……これはっ……。見てください」



 俺は蓋を開けた炊飯器を抱えて、中の様子を2人に見せた。部長は顎が外れそうなほど、口を開いて驚いている。



「な……何故に我が炊飯器の中が異界になっているんだ……。炊飯器って長いこと使わないと異界に繋がるのか?取説には書いてなかったぞ」


「驚きですね……」



 ありていに表現するなら炊飯器の中は異次元の世界と言ったところか。「異次元って何だ!時間含めて4次元だ」という野暮なツッコミはしないで欲しい。



 部長はマッシュルームヘアをかきむしりだすと、突然に何か閃いたようだ。



「はっ!これが運命の神バグー降臨の予兆なのか!分かったぞ皆。これが神が通ってくる道なのである」


「どゆことですか部長?」


「だから、バグーはここから現世に出てくるの。やだ怖いっ!」



 急にオネエキャラになった部長はさておき、なかなか説得力のある仮説だと思った。



「柳さんはどう思う?」


「私もそう思います」



 柳さんが言うなら間違いないな。これはいよいよ予言が本物である公算が高まってきたぞ。こうなるとバグーが部長の部屋に降臨してくるわけか。先程まで好奇心でいっぱいだったが、こうなってしまっては好奇心を優先させてる場合ではない。運命の神・バグーの降臨を阻止せねばいけない。


 ここで俺に名案が閃いた。



「ここからバグーが出てくるって寸法なんだな。ならば今の内にこの炊飯器を破棄してやる」


「そんな勿体無いことするんじゃない八坂君!歴史的大発見なんだぞ!終末予言が正しかったという証拠なんだ。これはとっておこう」



 部長は俺から炊飯器を取り上げた。



「ちょっと!さっきと言ってることが違いますよ部長!」



 この瞬間、この世のものとは思えない凄まじい咆哮が炊飯器の中から聞こえてきた。その獣な迫力たるや凄まじく、震え上がってしまう。



「きゃあっ!」



 さすがの柳さんも耳を押さえて畳の上に蹲ってしまった。



「部長!それ捨てましょう。ヤバイって!」


「いやっ!捨てるったって君。どこに捨てるんだ!今日は粗大ゴミの日じゃないんだ」



 部長はラグビーボールをパスするように俺に炊飯器を渡してきた。とりあえず俺はもう一度だけ炊飯器の中を確認してみた。遠くを漂っているのでよく分からないが、それが咆哮主のようだ。この炊飯器の中に巨大な生き物がいる。



「な……なんだアイツは!?」



 比較しうる建造物などあまりない世界を漂っているヤツなので推測しかできないが、ワニの何十倍もある生き物のように見える。何者かは分からないが、その細長い風貌からここはオカルト研究会らしく「竜」と呼ばせてもらおう。(西洋タイプのドラゴンではなく東洋タイプの竜だ!)



「竜だ……!竜がいますよ部長。見てください」


「無理だ八坂君!私は爬虫類が駄目なんだ!」



 部長はそう叫ぶと俺の後ろに隠れてしまった。



「河童研究に勤しむ人が爬虫類苦手てどういうことだ!?どっちも緑色してるのにっ」


「分かった分かった。見てやる」



 部長は恐る恐る炊飯器の中を覗き込んだ。



「確かに竜だなこれは……。なかなかエキセントリックな風貌してる」



 竜と表現したものの、その動きと言えば実に不気味だった。ユスリカの幼虫の如く、その細い体をくねらせている。さらにその体は半透明で、臓器も丸見え。様々な発光器がついており、そこから強烈な青色光を放っており、深海生物のような様相である……。



「よしっ!写真に撮ってやるぞ。これが動かぬ証拠になろうぞ!」



 部長はガラケーを取り出した。しかし何故かフラッシュを炊いて撮影してしまったのである。



「ちょ!部長!」




 お陰で竜は俺たちの存在に気づいてしまった。すぐさま不気味なその巨大な口を全開にして、猛烈なスピードでこちらに接近してきた。



「やべっ!」



 しかしながら……異界との出入り口たる炊飯器の釜は小さい。


 つまりこんな巨大な竜に通り抜けることはできないのだ。こちら側を攻撃しようと竜が何度も顎を上下させて噛もうとしても、向こうの世界とこちらを繋いでいるのは炊飯器の釜だけ。当然届かない。


 これならば安心安全である。ところが不運なことに牙の一つが、炊飯器の中から飛び出してきたのだ。その長さは1メートルはあるだろうか。飛び出した牙は俺の頬をかすって、部屋の柱に刺さった。



「大丈夫か!八坂くん」


「きゃぁ!八坂さん!」


「くそっ」



 牙が釜の中へと引っ込んだ瞬間、俺は全力で炊飯器の蓋を閉めた。全身から冷や汗が流れてくる。だがもう咆哮は聞こえなくなり、電子メロディも止まってしまった。



「はぁっ。はぁっ。ようやく静かになりましたね。蓋さえ閉めとけばなんてことなさそうだ」


「八坂さん!頬から血が出てます。部長、部屋に絆創膏はないですか?」



 突然のことに驚いたが、ようやく騒ぎは収まった。もう危険は感じられない。柳さんは濡らしたタオルで俺の顔を拭いて、それから絆創膏を貼ってくれた。我々はいったん畳の上に座った。


 


「あ……あの竜がバグーなんですかね部長?」


「そうだな。あれがバビロンの都を焦土にしちゃったんだろう」



 部長は気持ちを落ち着けるべく、ズボンのポケットからキューブを取り出した。そしてカチャカチャと弄ると僅か3秒で再び赤面だけを揃えた。



「急にどうしたんですか部長」


「いや!これは俺のルーティーンなんだ。これで平静が保てるのだ」



 心を落ち着かせた部長は、再びポケットにキューブを仕舞った。そして炊飯器を持って凛々しく立ち上がる。



「へへへ。蓋さえ閉めておけば何も怖くないってことはだね…… 諸君。我々は超常現象の証拠となりし炊飯器を手に入れたわけだぞ。冷静に考えれば、これはノーベル賞ものの大発見じゃなかろうか!」



 だが俺と柳さんはとても部長に同意できる気分じゃない。



「何故だね君たち!?我々の長きに渡る苦労が報われるというのに」


「部長は野心家ですね……。僕はもう怖くてそれどころじゃないですよ。その炊飯器、とっとと捨てましょうよ。使ってないんでしょ部長」


「何を弱気な事を。これは比類なき大発見なんだぞ。我々の勝利だ!」



 部長がやけにハイテンションになってきた。あんな事があったのに、ここまでポジティブにものを捉えるのはある意味で凄いな。



「我々は終末予言にうち勝ったのだ!バグーの降臨は阻止された。何よりも我々「オカルト研究会」は、人類世界に新地平を齎すような大発見をしたわけだから、これから栄光の道を驀進するはずだ。大学だって、あの蒸し暑い部室にクーラーぐらい用意してくれるに違いない!」



 演説してる部長を前にして、俺と柳さんは顔を見合わせてため息をついた。

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