終末予言
まず我々は誰もまだ手をつけていない部分の解読を試みることにした。ネットで公開されてる10万にも及ぶ膨大な粘土板画像の内、No.87704からNo.88000までの粘土板写真、約300枚を早速プリントアウト。(何故この部分を選んだかと言われると、まだ誰もダウンロードしていなかったからという理由意外にはないのだ)これから我々3人は蒸し暑い部室に篭り、徹夜で解読作業に没頭することとなる。この300枚の中に噂されているオカルト情報が記されていればいいのだが……いなかったら完全に無駄骨だ。これは危険な大博打。
ところで「楔形文字の解読なんてお前らにできるのか?」と問われればできるのである。時大オカルト研究会の部員たるものこのぐらいの作業は造作もない。と言っても俺は初歩的なことしか分からないのだが……。どういうわけか理学部の柳さんはその辺、俺よりも詳しかったので何も問題はないのだ。
ただ問題は解読のスピード。やはり専門家のようには行かないので遅々として進まない。
「よっしゃあ1日で30枚終わり。いや〜、はかどったなあ君たち。このペースなら順調に進よね」
「俺が12枚解読して、柳さんが17枚。そして部長が残り1枚なんですけど」
「まあ、全体で上手く言っていれば問題ないよ」
部長は机の上でルーピックキューブを回す方に力が入ってる気がするが仕方が無い。河童を諦めてくれただけでよしとせねば。
解読も順調に半分が過ぎたところで、予想されていた問題がくっきりと浮かび上がってきた。粘土板の文章ときたら、解読してみれば実務的な記録ばかり。祭りの時に神に捧げられた牛の数とか。法律の話とか。暦の話とか。どこが神秘なんだ。どこがオカルトなんだ。いや勝手に俺が期待してたんだけどさ。
噂はやはりテキトーな噂だったのか!?
解読箇所を外したのだろうか?いや、もともとただの噂に過ぎなかったんじゃないのか。確かにこれはこれで貴重な記録なのだろうが、我々が追い求めているものとはかなり違う。大事な夏をこのまま楔形文字解読に費やしてよいのだろうか?
「俺は一体何を調べてるんだ……。牛の頭数はもういいんだが……」
と思わず呟いてしまった夕暮れの部室(窓はないが)。ああ、やはり部長に従って南九州の河童研究を進めるべきだったと後悔しながら水無月は過ぎていった……。
○○○
解読作業も終盤に差し掛かり、時は7月3日になった。
今日も灼熱の部室での作業は続く。相変わらず不毛な作業が続くと思いきや、この日は僥倖が我々を待ちうけていた!解析して10日目のことである。
「部長!ちょ……ちょっとこれを見てください!」
「なんだなんだ八坂君。バビロンに河童でもいたのか」
俺は興奮しながら、No.87795の粘土板の写真を部長に見せる。
「3行目です。『運命を支配する神バグー』が都バビロンに出現したとあります」
「バグー?河童かそれは」
いやもう河童から離れてくんないかな。とりあえず俺は和訳メモを読み上げた。
「バグーとその僕は、前1715年にサムス・イルナが治めるバビロンに壊滅的な打撃を与えた。バグーの力によりバビロンの都は焼け落ち人口は100分の1にまで減った……そうです」
隣の机で作業していた柳さんが俺の傍にかけよった。
「凄いですね八坂さん!大発見です」
ありがとう!俺は素晴らしい粘土版を発見したんだ!こいつは超自然の匂いがプンプンしてくる。でもあくまで解読は慎重に進めたい。運命の神バグーという響きは強烈なのだけれど、実在性に関しては河童の骨よりも弱いよね。
俺と柳さんは、検証のために続きとなっている粘土板解読に着手する。前後からの文脈からしても実務的な記録としての要素が強いことが判明してきた。しかし……気になる文章が見つかった。
「部長また発見しました!ここに不吉な予言が記されてますので見てください」
「予言だって?」
続きの文章によれば『破壊者となりしバグーは、地上に再び現れることを約束して消え去った』と記されているのである。
「あれだな〜ノストラダムスの大予言的なヤツか。これは興味深いな」
「驚くべきことに、神が再び現れる日付も具体的に粘土板に記されてるんです。今からちょっと計算してみますね。サムス・イルナの即位から……えっと……」
俺は古代の暦を西暦に換算するためにホワイトボードを使って筆算を始めた。そして導き出された答えは……2017と7と3。
「計算してみたら西暦2017年の7月3日って出ちゃいました。あってますかね?」
「それって今日じゃね」
「うん、今日ですね」
2017年が遠い未来であればオカルトロマンが炸裂してたはずだ。だが残念ながら予言された日は2017年の7月3日。それはつまり今日なのである。柳さんも検証してみたが、やっぱり予言される日とは今日のことなのだ。
「今日って、なんかあったか柳さん……?」
「確かソフトクリームの日です。今食べたいですね」
な……なんて当たりそもない予言なんだよ!ああ10日間に渡るロマンスを追い求める3人の努力は水の泡か。しかしまだ諦めないぞ。我々はもうちょっとだけ粘ってみたのであった。するとご親切になことに、バグーが再出現する場所まで予言されていることが判明した。これがさらに我々を、いや俺を困惑されることになるのだ。
出現場所は「ヴィローッサック・ドウシノン・ベア」という地名らしい。そこは何故かクフ王のピラミッド中心部の座標を起点として記されている。我々は記されていた距離を現在の単位に換算し、運命の神が出現する緯度経度を割り出した。
「それにしても妙ですね八坂さん。やたら具体的な数字が記されてます。予言って言われてるものは普通もっとぼやかすものですけれど。これはピンポイントですね」
「本当に特殊な予言だな。こんな変わってるの、俺も見たことがない」
いくら正確に計算したところで、もちろん誤差は生じるに決まってるはずだ。誤差を勘案しないなんて初歩的な間違いを犯してはならない。だからこの結果を信じるのは馬鹿げてると思った……。
「東経138度○○北緯35度××でパソコンに入力と。ポチッ。あれ?柳さん、これってもしかしてアレ?」
「驚きましたね。場所は日本です!もっと拡大してみましょう。これは結構近所ですよ」
「いや、嘘だろこれ」
パソコンの画面上に記されたポイントを、どんどん拡大していく。驚くべきことにこの大学近辺が表示されていく。限界まで拡大しきった地図上に指し示しされた地点。そこには「コーポレーション風嵐地月」という如何にも安アパート風の名前が記されているのだった。
「これって部長。もしかして……」
「うん……俺が住んでるアパートだね」
「マジですか!?信じられない超展開ですね。ということは、この予言は本物なのか!?」
「これは君たちのドッキリじゃないだろうな」
ここまでピンポイントだと、我々は予言の書に弄ばれているとしか思えない……。
俺は改めてバグーが出現する地名を読み直した。「ヴィローッサック・ドシノン・ベア」という響きにどこか聞き覚えがある。必死に記憶を手繰り寄せる内に気づいた。これって部長の名前の弘崎敏夫じゃないか。これは……弘崎敏夫の部屋ってことなのか。何故に日本語なんだ!?発見チームのだれか悪戯で仕込んだのか?だがそれも偶然すぎやしないか。
こうして、多くの謎を抱えたまま物語の舞台は蒸し暑い部室から、さらに蒸し暑い部長のアパートへと変わるのであった。