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河童よ、さらば

 こうして次の研究テーマも決まらないまま時だけが無駄に過ぎていった。そして水無月に入っていく。しかし今年は空梅雨でやたらに気温が高くて困るね。既にもう夏と言っても過言ではない。


 そんなうだるような暑い日の朝のこと。素晴らしい発見の知らせが全世界を駆け巡った。たまたま図書館の入り口でその大ニュースを知った俺が1人で小躍りしていると、不運にもたまたま中から出てきた柳さんにその姿を見られてしまった。彼女の傍らにいた女友達がかなり俺を不審がっていたのは辛い……。



「ああ、いやこれは……。と……ところで試験勉強かい?柳さん」



 本を抱えた柳さんは、爽やかな笑顔でグイッと顔を近づけてきた。



「何かいいことあったんですか?八坂さん」



 あったんだなこれが。彼女にも伝えねば!



「うむ。後で柳さん時間いい?これが大変な話なんだ!イラクの砂漠で……」


「知ってます!知ってます!大発見ですよね!」



 彼女もニュースを知っていたので話が早い。我々は昼食時に学食で会うことを約束し、その場は別れた。そしてお昼休みに学食内で打ち合わせをすることにした。我々2人の中で次のテーマは明確に決定したのだけれど、河童好きの部長にどうやって説得するのかが問題だった。



「このニュースは部長に上手く伝えなければなりませんね」


「そうだな。あの人の考えを俺達で変えないと。それではまた授業の後で」



 そして各々4限の授業を終えると我々は再会し、工学部のサークル楝の2階にあるオカルト研究会の部室に向った。我々は部室前の廊下で、部長説得のシミレーションを念入りに行った上で部室のドアを開けた。


 すると部長ときたらサウナのように暑苦しい部室で、一人汗だくでオカルト情報誌をチェックしながらルーピックキューブをグルグルと回している。その異様な姿と室内の熱気に思わず、ドアの後ろに下がってしまった。後ろにいた柳さんが『頑張ってください』という目で俺を見た。



「う……うむ。行くよ。もちろん行くよ」



 新入生の彼女のためにもここで引いてはならない。張り切っていこう。



「興味深いニュースですよ部長!これ見てください」



 そう叫ぶと俺はいきなりスマホの画面を部長に見せた。



「なんだ八坂君。ガラケーユーザーの俺へのあてつけか?」


「いえ、そうではなくて!この記事みてくださいよ」



 スマホ画面には、某ポータルサイトが表示されており『古代バビロニア時代の粘土板。約10万枚が発見される』という刺激的な考古学ニュースの見出しが踊っているのである。



「凄いですよ〜。大量の粘土板が砂漠の下に隠されてたそうなんですよ!」



 部長は眼鏡のブリッジを人差し指でクイッと上げた。



「おぉぉ〜砂漠の下に。ってそれが凄いのか?河童よりも?」



 柳さんがすぐに部長の傍にかけよった。



「もちろんです!河童より凄いんです」



 ここでニュースの重大さを部長に我々は力説した。歴史学コースの俺よりも、理学部の柳さんの方が饒舌に説明できていた。まあなんでも良い。とにかく部長に河童から離れてもらいたいのだ。



「これがですね部長。柳さんが色々ネットをチェックした結果、どうやら超自然的な記録が粘土板に記されているらしいということなんです。まだ噂なんですけれども」


「これを次の研究テーマにしたら良いんじゃないかなって。どうですか部長?」


「これをテーマに?でもそんな時間ないぞ」



 確かに普通に考えれば時間はない。なにしろ古代の粘土板は解読されて初めて意味のあるものとなるのだ。10万枚の粘土板の解読を待っていたら、3人とも大学を卒業してしまうかもしれない。しかしここで柳さんが畳み掛ける。



「そこでですね……そこは我々自身の手で解読してみたら良いのではなかろうかと思いまして」


「解読……?冗談だろ」



 俺はずいっと部長に顔を近づけた。



「いや、真面目な話です」


「全力で却下する。次のテーマは南九州の河童伝説に決定した」


「部長、お願いだからもう河童はやめてくださいっ!」




 とにかく我々2人がかりの説明で、どうにかこうにか頑固な部長を説得することができたのであった。



「分かった分かった……。君たちがそんなに乾ききった粘土板の文字なんぞに興味を持っているとは呆れたよ。仕方ないな。それで行こうじゃないか。でも夏は河童に限ると思うんだがなあ」



 しかし問題は解読なんてどうやってやるのか?


 実は粘土板の発見チームは粘土板の写真を一枚一枚全てネット上で公開している。したがって大元の資料は手に入るのだ。なにしろ発見された粘土板があまりに膨大である。故に全容解明のために世界中の有志の協力を求が必要だというこなのだ。要するに俺はオカルト研究会もこの解読ボランティア作業に参加すべきだというのが我々の考えなのだ。



「だって解読したところで、宇宙人には会えないんだろ?超能力者はスプーンを曲げないだろ?普通に考古学研究じゃん」


 

 確かにそうなる確率も高い。しかし河童伝説を再調査するよりかは、実りある成果が得られるかもしれない。



「仕方がない。次の研究テーマはそれでいい。ただし期間は2週間に限定しよう」


「ありがとうございます部長!」


「やっと河童から開放されましたね私達!」



 とりあえず俺と部長はオカルト研究会ダンスを踊った。これは先輩方が宇宙人との交信を試みた時に編み出した踊りらしい。柳さんにも加わるように言ったが、丁重に断られた。



「ごめんなさい。私はまだ若輩者ですから」



 残念ながら柳さんは加わらなかったが、次の研究テーマが見つかったことに俺は満足。そして部長はルーピックキューブを鞄の中に放り投げた。さあ仕事だ。

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