オカルト研究会
世の中にはオカルトと呼ばれる怪しいテーマを追求する人々が存在している。しかしオカルトと一言で言っても、心霊写真、地球外知的生命体との交信、超能力、古代超文明などなど、その内容は多岐に渡る。
つまりオカルトとは、時間が余ってる大学生にはうってつけの研究テーマなのだ。特に俺のような。
しかしキャンパス内を少し彷徨けば、オカルトなど信じない懐疑的な同輩後輩どもが山ほど転がっている。中には面白がって矛盾を指摘することを知的だと勘違いしている奴もいる。
「死んでいく我々の赤血球はどうなるのでしょうか?細胞一個ずつあの世に行っているのかしらん?」
と彼らに問われた事があったが
「その辺はフワフワっとしててもいいじゃないか」
と答えてやった。やっぱりオカルト探求者たるもの、厳密さは必要ではないのだ。
こういった真摯かつ曖昧模糊な姿勢でオカルトと向き合ってる俺は「時大オカルト研究会」のメンバーだったりする。迷うことなくこのサークルに入部したのは、俺がまだ新入生だった去年の4月。あれからもう1年が経ってしまった。
残念ながら今現在、このサークルの部員は俺を含めて3人しかいない。かつては大勢在籍していたサークルなんだけど。今となっては部室に残されていたアルバムの写真にのみその事実が刻まれている。
「昔はこのサークルにも大勢の部員がいたんですね〜。楽しそうだなあ。実に楽しそうだなあ」
と窓際でボヤくの俺を、少し不愉快そうな目で見てる漆黒のマッシュルームヘア男がいる。このマッシュルームヘア男こそこのサークルの部長なのである。名前は弘崎敏夫と言って年齢は30歳。年齢的には三十路なんだが、れっきとした大学4年生なんだな。5度の浪人生活と3度の留年の結果だそうだ。
部長は髪型と年齢だけで十分すぎるほど個性を発散しているのだが、その上に昭和風の黒縁眼鏡をかけており個性がさらに化学反応起こして爆発してる。
「八坂君。君は考古学というノスタルジックな学問を専攻しているだけあって、過去に拘る男だな」
などと俺を煙に巻こうとするのも三十路の余裕の為せる技なのか?すると横から甘い香りが漂ってきた。
「本当ですね。今とは全然違う賑やかさなんですね」
俺の肩越しにアルバムを覗き込んでいるのは研究会唯一の未成年女子。彼女は理学部の新入生、柳藍奈さん18歳だ。清涼感のある綺麗なショートヘアの持ち主で、全体的な雰囲気はそれはもうプリチー。彼女が入部してきたその日から、俺はこの子に恋をし続けていると言っても過言ではない。ハッキリ言ってメロメロ。デロデロ。
先輩という立場を大いに利用して彼女に好かれたいと画策するのだけれど、いつだって上手くいかない。小細工が全く通じない。思うに彼女はあまりにも眩しすぎるんだな俺にとっては。
「まあ去年は皆で7人はいたんだけどね。他は4年生ばっかりだったから皆さん卒業しちゃったんだな。部長を除いてだけど」
なんて先輩ぶっても内心では柳さんにドキドキしちゃう俺。しかし……アルバムをめくって写真をみてる内に気づいたが、他にも羨ましい要素で漲っているのだ。
「い〜なぁ。これは素晴らしいなぁ」
と呟いた俺に間髪入れずに
「クーラーのことか?」
と部長が尋ねたので柳さんと俺は顔を見合わせて頷いた。正解だ。伊達に30歳で大学4年生やってないね。実に察しがいい。
我々がいるこの部室にはクーラーがないのだ。というか窓すらない。春はまだいいが、これから梅雨や夏に入ると恐ろしいことになる。
何度も準廃部状態となってしまうほどギリギリ人員のサークルであるがために、数年前からオカルト研究会はクーラーもないこのような狭い部室に追いやられてしまってるのだ。なんてったって窓もない。本格的に夏がくれば熱中症になるかもしんないな。
「まあ部室で死んだら本望じゃないか。俺なら幽霊となって出てきてやろうぞ」
なんて部長が雑なオカルトな冗談を言っても、曖昧な愛想笑いしちゃう我々2人。いまいち冗談がヒットしなかったことを悟った部長は急に後輩を指導する先輩へと態度を変えた。
「君達は若いからサークル活動に求めるものが多すぎる」
「そうですかね」
「何しろここには団扇があるのだ。エアコンなんていらない」
さすがギリ昭和生まれは違うな。机の上のルーピックキューブをくるくると捻りながらエアコン不要説を解く部長の姿は凛々しく映った。ちなみに部長は暇さえあれば常にアレを弄くっているが、決してただ遊んでるわけじゃないと俺は思う。そこは新入部員の柳さんも気になるようでコッソリと尋ねてきた。
「ところで八坂さん、部長は四六時中ルーピックキューブやってますけど、あれはオカルトの研究と関係があるのですか?」
「どうかな。俺はそう思ってるんだけど確証は持てない……」
「では直接ご本人に。前から部長にお尋ねしたかったのですが、ルーピックキューブってオカルトに何か関係してるんでしょうか?」
「いや全然」
「失礼しました……」
柳さんはスススと後ろに下がり、俺に耳打ちした。
「違うんですって」
「ごめん。俺の考え過ぎだった」
ルーピックキューブの6面を揃え終えると、部長は机から立ち上がって急に研究活動の話をはじめた。
「そんな事より八坂君。例の御斗簿気寺に祀られていた河童の骨の分析は済んだのか?俺が四国まで行って実物の写真を撮ってきたんだよ」
待ってましたと俺は大学図書館から借りてきた巨大な書籍を次々に机の上に並べて広げてみせる。そこには様々な動物の骨格写真が載っている。
「結論から言わせて頂きますと、この河童の骨は偽物です。鳥類と獣の骨を組み合わせたものと見るのが自然だと思います。足の方はイタチの骨と確定しました。部長の四国遠征は無駄骨になりましたね。お疲れ様でした」
本に手を伸ばす俺の腕が視界を遮ってるようで、柳さんは小動物のようにキョロキョロと頭を移動させて図鑑を覗き込んでいた。
「おのれ……やはり偽物だったか」
部長はガックリとうなだれた。
「今にして思えばオカルト研究と言えども、もう少しリアリティのあるテーマを追求すべきだったのではないかと反省している。河童て。河童はなあ……」
ここで柳さんが他のテーマを提案した。
「部長。ライフワークの河童研究は諦めて、次は超能力研究はどうですか?」
「30歳過ぎて超能力研究ってのもなぁ」
30歳なのは部長個人の問題なんだけど。
しばし考え込んだ柳さんは、メモ帳を取り出して、彼女なりにピックアップしてきたテーマを我々にぶつけた。
「では最近噂の『呪いのルーピックキューブの噂』なんていかが?」
個人的にとても興味深いテーマであるが、部長はとっても怖がってしまったのであえなく却下されてしまった。