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14.まねかれざる客

 呆然と老人を見送りつつ、毛先のはね上がっている髪を手櫛で整える。

 背後を振り向き洋館に視線を向けると、建物内から足を踏み出す警察官が視界に入り込む。

 理人の攻撃を受け、意識を失っている男が建物内から運び出されていくのを横目見た。


 警察官に連れられて洋館から足を踏み出したのは監禁されて衰弱していた少女。身の安全を確保して、安堵の表情を浮かべる少女と見事に視線が交わった。見事に無表情である。


 まさか視線が交わる何て思ってもいなかったため、思わず表情を強張らせてしまう。足を引いてしまった。


 無意識の行動だったとはいえ、足を引いてしまったことは相手に対して失礼だっただろうかと考えていれば、俺の咄嗟の行動を眺めていた少女が口を開きかけた。


 そして、何やら考える素振りを見せる。


 視線が交わってすぐ、咄嗟に足を引いたことに対して文句を言うつもりなのだろうかと考えていれば、少女の中で結論が出たのだろう。

 開きかけていた口を閉じると、身を翻した少女が警察官に連れられてパトカーに乗り込んだ。







「なんて……呑気に眺めている場合ではないか」

 既に授業は終わり、生徒達が帰宅を始める時間帯。

 学校へ戻るために身を翻す。

 

 既に大通りは帰宅する生徒達で賑わっていた。




 大通りを一直線に突っ切ると、やがて目の前に交差点が見えてくる。

 青信号になり、横断歩道を渡るとすぐに巨大な学校が姿を表した。生徒達が下校し始める時間帯ということもあり人通りが激しい。

 校舎へ向かって足を進める俺とは逆方向へ足を進める生徒達と危うくぶつかりそうになる。

 右へ左へ体を動かして避けてはいたものの、見知らぬ女子生徒と激しく肩をぶつけあう。


 全ての生徒を避けることが出来なかった。




「ごめんなさい」

 慌てた様子で背後を振り向き、勢いよく頭を下げた女子生徒の反応に驚いてあんぐりと口を開いてしまう。


「あぁ。ごめん」

 予想していた反応とは違って深々と頭を下げて謝られてしまったため、咄嗟に戸惑いを隠すことが出来なかった。


 悲鳴をあげて逃げ惑う女子生徒の姿を思い浮かべていたのだけど……。


「俺は平気。君は?」

 勢いよく肩をぶつけてしまったため怪我はなかったのだろうかと考えて問いかけてみると、すぐに返事は返ってきた。


「私は平気!」

 表情に笑みを浮かべた女子生徒が胸を撫で下ろす。

 深々と一礼すると、友人の元へ向けて駆け出した。


 足を止めて到着を待ってくれていた友人に勢いよく手を振る。


「ごめん! お待たせ!」

 礼を言った女子生徒の表情は笑顔。


 友人と会話をしていたかと思えば、チラッと一瞬だけ背後を振り向いた女子生徒の行動により、一瞬だけではあったけれども視線が交わった。

 

 ペコッと頭を下げると、女子生徒は深々と頭を下げて返してくれる。

 


「佇んでる場合じゃなかった……」


 ふと我にかえって背後を振り向いた。

 校舎へ向けて足を踏み出すと同時に玄関から勢いよく飛び出してきた女子生徒と視線が交わることになる。


 何を急いでいるのか分からないけれど、随分と走り方が格好いい。

 下校をしようとしている妙子だった。また何時ものようにちょっかいをかけてくるのだろう。


 目が合えばニヤニヤとした表情を浮かべて駆け寄ってくる。

 身構えていれば

「ん?」

 予想は見事に外れることになる。視線が交わったかと思ったけど、気のせいだったのか。

 それとも急いでいるようだし時間に余裕がないのか。

 瞬く間に真横を通りすぎて行く。


「素通りなんて珍しいな……」

 ポツリと本音を漏らしてみるものの、既に遠く離れた場所にいる妙子の耳には届かない。



 


「珍しく髪を下ろしてる。何年ぶりだろうね」

 いつの間に隣に佇んでいたのか。

 全く気配がしなかったため、突然兄に話しかけられて驚いた。


 咄嗟に構えをとって後ずさる。

 

 俺の反応は兄貴にとっては予想外だったようで

「酷いな。そんなに警戒をしなくてもいいでしょう?」

 肩を小刻みに揺らしながら笑いだす。


「ヘアゴムはどうしたの?」

 なかなか兄の笑いはおさまらない。

 腹を抱えたまま目に涙をためて、それでも言葉を続けた兄の指先が俺の頭に向く。


 腹を押さえて体をくの時に曲げる兄の姿を、滑稽だと思った人物がいたようで


「九条先生が一人で大爆笑してんだけど」

 遠くで俺達のやり取りを眺めていたのだろう。

 俺らの話し声が届いていたかは分からないけど、兄を指差しているのはがたいの良い男子生徒だった。


「本当ね。九条先生の話し相手は真顔なのに……。ねぇ、あんな子いた?」

 男子生徒の隣に佇んでる女子生徒の視線が、兄から俺へと向けられる。

 彼女とは同じクラスであるはずなんだけど……。


 ふて腐れていれば、隣に佇んでいた兄貴が突然噴き出した。

 

 あの子は同じクラスだったよね?

 首をかしげて問いかけてきたものの、あははははと声を上げて笑いだした兄が人差し指を目の前に差し出してきたものだから思わずパシッと音をたてて払ってしまう。


「今の真面目な会話の中に笑う要素はあったか?」

 何て真面目な顔をして問いかけてみたものの

「うん。無いね」

 にやにやとしまりのない表情を浮かべる兄に即答される。

 全く説得力がない。


「ヘアゴムは教室。俺は教室へ向かうから……じゃあな」

 言い逃げである。

 兄が口を開く前に身を翻して教室へと急ぐ。


 校舎内へ足を踏み入れると走る勢いはそのままに、勢いよく階段をかけ上がる。

 階段を上がるとすぐに見えてくるのは無人となった教室。

 扉を開き室内へ足を踏み入れると、一つだけ鞄のかかった机があった。


 机から鞄を取り外して中をあさるとすぐにヘアゴムを見つけることに成功する。

 ヘアゴムを取り出した。


 下りていた髪を頭の上で結ぶと同時に背後でガラッと勢いよく扉が開かれた音がした。


 すぐにガラッと音をたてて勢いよく閉じられた扉がバンッと音をたてる。


 忘れ物をした生徒が戻ってきたのだろうかと思い、頭の上で結んだ髪を両手で握りしめたまま……手を離すことを忘れていたんだけど、背後を振り向くと

「ね? 彼、面白いと思わない?」

 一人扉の前で佇んで、何やら独り言を漏らしている理人と視線が交わった。

 いつの間にか指をさされている状況に陥っていることに気づく。


 突然、ね? 彼、面白いと思わない?と言われても返事に困るのだけど。


「は?」

 思わず、考えをそのまま口に出してしまう。

 

 たった一言だったけれど、俺の反応に対して疑問を抱いた理人が背後を振り向いた。

 

「あれ? 一条?」

 どうやら理人はすぐ背後に一条がいることを前提にして話をしていたらしい。ここでやっと一条が教室に足を踏み入れる前に扉を閉めてしまったことに気付いた理人の表情がくもる。


「あ、一条が教室へ入る前に扉を閉めてしまったみたい」

 淡々とした口調だった。


 本当につかめない奴というか、何を考えているのか分からない。

 

 小さなため息を吐き出すと共に閉じられていた扉を開いた理人が手招きをする。




 気がつけば日は沈み、教室内はほんのりと薄暗くなっていた。

 表情をピクリとも動かすことなく友人に向かって手招きをする理人の視線の先でひょこっと顔を覗かせたのが一条なのだろう。


 女子生徒達が騒ぎ立てるほどの美形が登場するのかと思っていれば、予想していた人物とは真逆。体調が悪いのか、驚くほど白い肌。真っ青な顔をした生徒が姿をあらわした。




 理人に呼ばれるがまま、教室内へと足を踏み入れようとしている一条が背負っているものは一体何なのか。


「待て……」


 入ってくるなと、考えるよりも先に声が出る。




 ずっしりとした重さはないのだろうか。見ているこっちが息苦しくなってくる。


 制止の言葉も聞かずに室内へ足を踏み入れた一条の顔色は真っ青にもかかわらず、何故友人である理人は友の変化に気づかなかったのか。理人の目には一条がいつも通りの元気な姿でうつっているのだろうか。




「なぁ。お前ら、この近くで肝試しをしたか?」

 おかしな光景を目の当たりにして、抱いた疑問を問いかけてみる。

「僕はしていないよ。一条はクラスメート2人か3人で井原の道トンネルで肝試しをしたようだけど……」

 すぐに返事を返してくれた理人の言葉を聞き原因が分かることになる。

 

「あぁ。そん時に連れてきちまったんだな」

 一人で納得。頷いていると、手にしていた携帯電話を制服のポケットの中へしまった理人の視線が一条へ向く。


「もしかして、一条に何かついてきちゃった?」

 理人には見えていないのだろう。

 後ずさる理人は表情には現れてはいないものの、一条の後をついてきてしまったものに対して怯えているようで、一条から距離をとり始める。


「え? 危険な状況?」

 後ずさる理人には見えていないため状況が分からないのだろう。しかし、問いかけられても安全か、そうでないかは俺には判断することが出来ない。

「分かんねぇ」

 素直にそう答えるしかなかった。




 やがて理人が俺の元へとやってくる。


「君には何が見えてるの?」

 こっそりと小声で問いかけてくる理人はどうやら状況を知りたいらしい。


 素直に答えてもよいものだろうか。それとも、俺の見違えだと今さらだけど嘘をつく方がよいのか。


 悩んだすえに結論を出す。






「無いんだよ」


 ポツリと呟くと理人が首をかしげて見せた。


「一条が背負ってるものには首が……無いんだよ」

 小声で言葉を続けると、理人の顔からサーッと血の気が引いていく。



 

「それって不味い状況でしょ……明らかに」

 理人に肩をわしづかみにされる。ものすごい握力で肩を捕まれて痛みに表情を歪めると、ごめんと素直に謝られてしまった。





 何て呑気に会話をしている余裕はないか。


 俺たちの背後にあるのは一定間隔をあけて備え付けられた窓。

 教室の出入り口は一つしかない。一条が出入り口の扉を背にして佇んでいるため教室から抜け出せる気がしない。


 密閉された空間で襲われたらたまったものではない。


 何て事を考えていれば

「助けてよ。君なら何とか出来るでしょう?」

 状況が分かっていないにもかかわらず、俺の言葉を素直に受け入れてくれた理人に助けを求められる。


「何とか出来るかどうかは分からないけど、放っておくわけにもいかないだろ……。かといって情報が全くないから下手に手を出すことは出来ないからな。とりあえず、今日はもう日がくれる。出直そう。明日情報集めをしよう。一条もそれでいいか?」

 言葉が通じるかどうか分からないけれど、試しに一条に声をかけてみる。


「あぁ」

 一言だけとはいえ、すぐに返事は返ってきた。


 一条は、背負っているものに意識を奪われているわけではないらしい。


「理人。いくぞ」

 手招きをする手に力がない。

 覚束ない足取りではあるものの、身を翻すと自分の意思でゆっくりと歩きだす。


「え……。君も一緒に来てよ」

 呼ばれた理人はというと、一条のもとへ向かうことを戸惑っている。チラッと視線を向けられたと思った途端一緒に来るようにと声をかけられたため驚いた。


 理人は華奢な見た目とは違って怪力である。

 腕を強く握りしめられているため強制的に理人や一条と共に帰宅することになるのだけど、理人に言っておきたいことがある。


 ギシギシときしむ骨の音。痛む腕を眺めて

「腕が折れそうなんだけど……」

 ポツリと呟くと前を歩いていた理人が勢いよく背後を振り向いた。


「うん。分かったから、静かにして」

 人の話を聞くきがないのか、それともテンパっているだけなのか。

 分かったと言ってはいるものの、力は緩められることなく足を進めることになる。



 

 夕暮れ時。薄暗くなり始めた空を見上げて小さなため息を吐き出した。

 疲れきった表情を浮かべる一条と、そんな彼の背中に覆い被さっているものは嫌でも視界の片隅に入り込む。


 理人には誘拐犯に襲われた時に助けてもらったため、借りがある。その仮は返すつもりでいる。


 明日になれば、一条が背負っているものの情報を集めることを約束をして、今日は駅前で解散をする。電車に乗ると言う一条や理人と別れて俺は一人、自宅へ向け足を進めた。






 この時俺はまだ、ことの重大さには気づいていなかったんだよな……。

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