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やはりゴブリンは不味いという話


 イノシシがゴブリンを産み落としてから半年程経過した頃だった。

 偶々近くの山間部の農村付近でゴブリンの異常繁殖があり村が襲われる事があった。

 私はギルドに所属したままだった為にそこそこのブランクがありながらもゴブリンの討伐部隊の一人として参加することになった。

 どうもゴブリンの研究をしているのを知っていた職員が私の名前を出したのが原因だったようだ。


 当時の私はゴブリンの皮下油をどうにか口にできるように改良するための研究に取り掛かっており、研究者というよりもどちらかと言えば料理人に近いことをしていた。


「博士、期待していますよ」


 同道した冒険者が皮肉交じりに言うのを私は無視して懐から丸薬を取り出す。

 特殊な飴でゴブリンの体液を濃縮した物を飴でくるんだものである。

 これは大豆程の大きさではあるが、一つ服用すれば二日は活動し続けられる代物である。

 その分精神が疲弊してしまうという副作用があるが、効果は既に我が身で試してある。


「よく言う」


 しかめ面を作りつつも件の冒険者へと丸薬を渡す。


「何ですこれは」


 受け取ったそれを指先でつまみ、太陽にかざしながら冒険者は訝しげに私を見る。


「元気の出る薬だ」


 言って冒険者が見ている前で同じものを口に入れて見せる。

 だが、すぐには飲み込まない。


「へぇ、そりゃ有難い」


 冒険者が私を真似てそれを口に含み転がし始める。

 私は冒険者が口に入れる瞬間、視線が外れたのに合わせてそれを飲み込んだ。

 私は横目で冒険者の様子を眺めつつ頃合いを見計らって、


「そうそう、言い忘れておった。それは表面の飴が融けきる前に飲み込まねば酷い目にあうぞ」


 ニヤリ、と冒険者を見る。


「何ですって?」


 聞き返した冒険者は次の瞬間、嘔吐し始めた。


「言わんこっちゃない。さっさと飲み込まないからそうなる」


 同情するように悲し気な顔を作るが、ざまぁ見ろである。人を馬鹿にするからだ。

 濃縮されたゴブリンの皮下油はそのまま口にするよりも更に酷い匂いと味になる。

 言ってみれば半年ほどかけて腐らせた獣の内臓を煮詰めて煮凝りを作ったような感じの酷いもので、十数種の薬草を煎じて混ぜ合わせ作った飴で覆わなければ口にできる代物ではない。

 しかもこの飴にもきちんとした効果がある。

 それはこのゴブリンの皮下油が引き出す絶倫作用を抑えるというものである。

 おかげで皮下油の強壮効果を得つつテントを張らずに様々な活動に身を投じられるのである。

 因みにそっち方面の用途に調整したものもある。

 取りあえずそちらは父の伝手を使って一部の貴族へ提供しているが、どうやら好評のようである。


「は、はかったな」


 冒険者は恨みがましく私を見た。


「心外な事だ。どうだ、口直しにもう一つ。この飴自体にはその酷い味と匂いを抑えてくれる効果がある。口にしたときに臭みを感じなかっただろう?」


「そ、それしかないのか?」


 冒険者は涙目でえずきながら私をみる。


「これしかないのだ。まぁ十秒程口の中で転がして飲み込めばましになるだろう」


 そう言って冒険者へともう一つを手渡す。

 この冒険者は剣士だ。となればこの強壮薬との相性も良いだろう。


「くそ、覚えてろよ」


 冒険者は恨みがましく私を睨むとひったくるようにして丸薬を取り口に放り込んだ。


 私達が村へと着いた頃には国の巡回兵が村の門衛に立っていた。

 

「到着早々で悪いが、山狩りを行う。それぞれ準備を終えたら村の広場に集まってくれ」


 門衛は少し焦れたように言って我々を促した。


「聞いてないぞ! 仕事は暮れからだと聞いている」


 冒険者の中から不満の声が上がる。

 それもそのはずで、我々の予定は村に到着後仮眠を取ってその後暮れ時から山狩りを行う予定だったのだ。そのため、昨日の昼から村にたどり着くまでの間一度たりとも休まずに移動を続けている。


「すまない、本当にすまない。だが、村の娘が攫われてしまったのだ」


 門衛の言葉に冒険者は言葉を無くした。

 それが意味するところはつまり……。


「そんなら仕方ねぇ、野郎どもさっさと支度しろ」


 冒険者一行を率いる団長は声を上げて、不満顔の冒険者の尻を蹴り上げた。


 程なくして、山狩りの一団がゴブリンのコロニー目指して行軍を開始することになる。

 先導は村の狩人で、山の事を良く知っている者が務めた。

 その者の話では一週間前はゴブリンの群れはこの辺りには居らず、突然湧いて出たのだという。

 しかし、後にこの辺りの地域の事を調べてみると、この辺りには戦国時代の隠し鉱山がどこかにあり、幾つかある坑道を伝ってやってきたのだろうという事が推測された。

 本来国に管理されているはずの鉱山であるが、この辺りは終戦後に併呑されてしまった元は他国であるためどさくさに紛れて忘れ去られてしまったのだ。


 迷惑な話である。


 地元の人間からも忘れ去られて久しく、我々が山狩りで発見した際は坑道の入り口は蔦によって覆われており、その下部には人がようやく通り抜けられる程の穴が乱雑に切り空けられていた。

 ゴブリンの塒である。

 団長は慎重に入り口を調べさせ、それから班分けした冒険者に突入の指示を出す。




 山狩りが終わったのは夜も深まった頃であった。

 暗がりに松明の灯りがぽつぽつと浮かび上がり、時折魔法による明かりも人魂の如く揺れる。討伐を終えた冒険者たちのキャンプの灯りである。

 等間隔に焚火を囲み、干し肉と乾パンで腹を満たす。

 山を降りるのは被が明けてから。何しろ一昼夜行軍した挙句の山狩りである。

 屈強な冒険者と言えどさすがに疲労は誤魔化しきれなくなっていた。


 私が見知らぬ冒険者と共に焚火を囲み暖を取っていた時の事だった。


「クロード殿、お話が」


 団長の使いが呼びにやってきた。

 もしや、ゴブリンの買取の件についての話で何か問題でもあったのか、と思い立ち使いの後について行く。

 使いの者はキャンプから少し離れた所に設営された天幕の前で中に入るように言うとそのまま立ち去ってしまった。

 

「失礼する。団長殿はおられるかな?」


 私は天幕に入って、その空気の重さに少し気圧されたが、それも構わずに要件を済ませようと団長の元まで歩いていく。


「彼が、噂の……」


 天幕の中には数名の冒険者と、先導役の狩人が深刻そうな顔をして私を迎えた。

 冒険者は私の知る限り、ギルドでそこそこ重要な役職を与えられていた者達だったと記憶している。


「休んでいる所、呼び出して悪いな」


 団長はそう告げて座るように促した。


「構いませぬ。件の、買取の話でしたらこちらから提示する条件は特にはありません。揉めるようでしたら待ちますが、ゴブリンどもが腐る前には決めていただきたい」


 長話は好きではないので、こちらから話を切り出す。


「違うのだ、そうではない。そうではないのだ」


 団長は、横目で狩人を見る。

 狩人は幾分か迷いを見せた者の頷いて団長を見た。


「では、何の話でしょうかな。ここに呼び出される理由は思い当たりませぬ」


「貴方に問題があるわけではないんだ。……実は我々にクロード殿の知恵を貸してほしい。攫われた娘が、既に手を付けられていてな」


 団長は天幕の奥、分厚い布で仕切られた先に目をやる。

 意識をすればその先から衣擦れの音が聞こえてくるだろう。


「なるほど……」


 この時私は、被害にあった娘には悪いが、巡りあわせに心が弾んでいた。

 喝采を上げそうになるのを堪え、深刻な表情を作るのに苦労をしたのを今でも覚えている。

 団長と狩人が揃って話をしていたのは、このまま娘を村に返しては碌な目に会わないと判断したからで、もし、この魔物の子を宿したという事態を解決できるのであればそれに越したことはないという一縷の望みをかけて私に声を掛けたのだ。


 しかしながら、結論から言うと当時の私に娘を救う手立てはなかった。

 貴重なサンプルとの出会いに歓喜する私が居る傍ら、何もできず、経過を見守るしかできない己の無力さを呪ったものだ。

 私は渋る団長と狩人を何とか説き伏せて件の娘を引き取ることにした。

 娘の年齢は十五歳で、来春には山向こうの町へ嫁ぎに行く予定だったのだという。

 可哀想な話である。

 そんな娘にしてやれることは少なく、私は実験に協力してもらう代わりに事が済めば私の実家でメイドとして雇う事を約束した。


 とはいえ、すぐに家に入れるわけにはいかない。

 家の者達にもこの娘のおかれた状況を知らせるわけにも行かないのだ。

 私は、トレヴァー教授の伝手を使い、隣市の郊外に小さな家を借りそこを仮住まいとすることに決めた。はじめは娘と二人で暮らす予定だったのだが、私の事を信用しきれなかったギルドが護衛と称して女性冒険者を一人よこして来た。


 まったく、困った話である。



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